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動画「潮のまち」(三十と一夜の短篇第50回)

作者: 猫の玉三郎

 この町は潮のにおいがする。

 波の音と、低いうなり声のようなものも聞こえた気がした。しかしこの辺りに海なんてない。ここは山に囲まれたごく小さな町だ。村といってもいいのかもしれない。古くさい木造の役場は映画のセットにも使えそうなくらいに雰囲気があり、まわりの景色も静かでどことなく暗い。さっきまで晴れていたのにここの空は灰色の厚い雲におおわれていた。


 孤立した場所にもかかわらずバスは通っていない。駅でひろったタクシーの運転手に行先をつげると乗車をことわられたのだが、一台だけ、妙に魚顔の男だけはこころよく乗せてくれた。


 おれは大きなリュックからビデオカメラをとりだし、録画ボタンを押す。充電はたっぷり。替えのバッテリーもある。ここへ来るまでにいくつか忠告はうけたが、背に腹は代えられない。


「ど、ども。うさミミ岡田配信の岡田です。今日は、ネットでみつけた怪しげな情報をもとに、――県の――まできてみました。見渡すかぎり周囲は山です。さっそく、あちこち様子を見てみたいと思います」


 都市伝説に近いうわさ話。これを検証して動画再生数をかせぐ。しがない底辺動画投稿者がおもしろそうなネタにはとびつくのは仕方のないことだ。カメラを片手に鼻息をあらくしたその時だった。


「こんにちは。旅行の方ですか」


 急に話しかけられて身がすくむ。ふり返ると、にこやかな女性が立っていた。心臓がいやにどくどくと動き、じわりと汗がうかんだ。どもりながら返事をすると、その人は私を歓迎し、親切にも町の案内をかってくれた。その人だけじゃない、町のいろんな人がおれをあたたかく迎えてくれた。顔をあわせれば町の人はみんな優しく接してくれた。せっかくだからとご馳走してくれた料理はおいしい。ピンク色の刺身ははじめて食べたのだけど、この世のものではないいと思うくらいにおいしかった。みんながおれの話をきいてくれて、それが楽しくて、気付けばこの町がすごく好きになっていた。カメラをまわすことにあまりいい顔はしてくれなかったが、でもこっそりと録画していた。この楽しい思い出を残しておきたい。せめて音声だけでもという思いだった。


「やっぱりネットのうわさ話はあてになりませんね。ここ、すごくいいところだと思います」


 饒舌(じょうぜつ)になった口がそうこぼす。


「……どんな、うわさでしょうか」


 とつぜん、ぞくりと背が震え、肌があわ立った。黒い瞳がおれをのぞく。


「あ、いえ、すみません、たいした話ではないんですよ。それよりも――」


 おれはまばたきを三度し、目元をこすった。見間違いだろうか。やさしげな女の人の顔が一瞬だけ魚のように見えたのだ。ぺたりとした鼻、半開きの大きな口、表面が半分以上露出した眼球はぎょろりと私をとらえたような……。むりに話題をかえ、酒をのみ、料理に舌鼓をうった。ビデオカメラの画面にはずっとRECの赤いマークがついていた。


 異形の神をまつる、人食いの集落。それがおれの集めた怪しいうわさ話だ。オカルトサイトで見つけた一文が目を引き、似たようなキーワードで検索をすればそこそこにヒットしたが、当然どれもうそっぽい。ただ、その所在地の候補に近場があった。隣の県なら行ける。なにもなくても、それっぽく動画が撮れたらよかったんだ。それがまさかこんなに素敵なところだなんて。


 ——本当にそう思うのか。ここは怖い。魚が腐ったような匂いがする。正気に戻れ。おまえ、今なにを食っているのか、わかっているのか。


「ここは気にいってもらえた?」

「はい!」



 ◇◇◇



 あの町は潮のにおいがする。

 自分の住む場所に戻ってきてからというもの、なぜか息苦しい。エラをとりあげられた魚が海へ返されたような感覚だった。あるいは陸にあげられたクジラか。生きていくのに必要なものが欠けている気がする。そして楽になりたいと願った時に思い浮かぶのはあの町だった。おいしい空気、やさしい人々。料理はどれも絶品で、みんながおれに温かく接してくれる。あの町こそ、自分の居場所ではないかと思えた。


 そういう時にはあの時に撮った映像を見た。影ばっかりでろくに映像は映っていないけれど、何度もなんども何度も見た。癒される。気持ちが安らぐ。くり返し。くり返し。再生さいせい再生ささささいせい。


 まっくらな画面を何十時間も見た。いや、何日かな。何か月かな。感覚がない。黒くてもいいんだ。音だけでも心は満たされるからからからからから。地底を這うような低いうなり声が聞こえた。


 ある日暗いと思っていた画面になにか見えた。ああなんだ、ちゃんと風景が映ってるじゃないか。真っ赤な空にそびえ立つ、背の高い石の塔がみっつも並んでる。かっこいい。みんなそこを目指しているよ。列をつくって順番まちだ。


 そうだああ。あの町のPRql2K動画をつくろう。そしたらみんな、も、見てくれるるるるるよね。




 ◇◇◇




 うさミミ岡田配信@めざせ、収益化!

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 動画アップしました。みんなみてね!


 20**年6月6日 0:00

 URL→―――――――  再生数2


 コメント 

 1.なにこの動画。うp主のひとりごとと気持ちわるい雑音しか聞こえないんだけど。




 ◆◇◇




 ※三日後


 うさミミ岡田配信@めざせ、収益化!

(フォロー1042人 フォロワー531人)


 動画アップしました。みんなみてね!


 20**年6月6日 0:00

 URL→―――――――  再生数1051回


 コメント

 2.動画の意味はよくわからんが、なんか癒されるな、コレ




 ◆◆◇




 ※十日後


 うさミミ岡田配信@めざせ、収益化!

(フォロー1042人 フォロワー3189人)


 動画アップしました。みんなみてね!


 20**年6月6日 0:00

 URL→―――――――  再生数1.1万回


 コメント

 3.自分は音フェチなんですけどこれはやばい

 4.家事をするときのBGMとして聞いています

 5.いいなあ、みんな楽しそう。

 6. 10:23 ここ最高。

 7.上コメのやつらネタで言ってんだよね。ガチだったら怖いんだけど。 返信3件

 8.あの女の人めっちゃ好み。

 9.画面まっくらじゃん。いみふ。




 ◆◆◆




 ※ひと月後


 うさミミ岡田配信@めざせ、収益化!

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 動画アップしました。みんなみてね!


 20**年6月6日 0:00

 URL→―――――――  再生数56.3万回


 コメント

 1054.わたしもここに行きたい。誰かおしえてください。 返信31件

 1055.映像が素敵すぎて涙でてきた。返信5件

 1056. OMG. Where is here? I want to go there too. 返信17件

 1057.ここのコメ欄がいかれてるって聞いて見に来たけど想像以上で鳥肌やばい。 返信26件

 1058.なんだろう、知らない場所のはずなのにすごく懐かしい気がする。

 1059.毎日8回は見てる

 1060.ねえ行こうよみんな

 1061.行こうよ

 1062.いこう

 1063.みんなでいっしょにいこうよ

お題「愚者」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  当初は古風で朴訥なクトゥルフものかと思いましたが、動画配信から狂気が感染してゆくという、現代的な要素を上手く絡めたオチに「おおっ!」と驚嘆しました。  フォロワー数、再生回数、コメント欄…
[一言] こ、こ、怖いいいいいい!!! 具体的なグロさなんてないのに、ひとが少しずつ壊れていく様子が恐ろしいですね。そしてやはり海は異形が住んでいる世界なのです……。ピンクの刺身は一体何だったのか。完…
[良い点] うわあ、これ、餌食じゃないですか。 コメントがどんどんヤバい方向に転んでいくのがめちゃくちゃ怖かったです。 現代版浦島太郎って感じで、ぐっと来ました。 [気になる点] ピンクのお刺身の正体…
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