Star Shower
長編の羽休めで短編書きました。
羽休めで書いたので短く、雑ですがお許しください
「もうすぐ終わるね」
僕の声は誰にも届かず宙を舞う。
山の上の小さな展望台。ここから見える夜空が好きで幾度となく二人で訪れた。
だけど今、隣に君はいない。
裾や袖の破けた、格好悪いタキシードを纏う僕はわけもなく空を仰ぐ。
今、君はどこにいるのだろうか。
もしかしたら、もう、生きていないかもしれない。
灯りを失い闇に包まれた都市、その空は嘘みたいに輝いていた。強い光を纏った流星が幾つもの線を描き雨の如く降り注ぐ。
一つ、また一つ、星が地面を叩きつける。僕が物思いにふけっているこの瞬間も、それは無慈悲に街を荒野へと変える。
『流星群だって! いつもの展望台から綺麗に見えるかな!』
いつしか言っていた彼女の言葉を思い出した。
「ああ、綺麗だよ。今まで君と見た夜空の中で一番」
僕の言葉は星が地面に打ち付ける轟音で掻き消された。
史上最も数の多い流星群が地球の横を通過するということをニュースで見たのは一年前。だが、その時は誰も気が付かなかった。流星群が微かに曲線を描き飛んでいることを。
そして、その流星群が地球を滅ぼすということを。
地球に衝突するのを知ったのは一ヶ月前。各国は対空兵器で対応すると言ったが、結果は言わずともわかるだろう。数千もの流星を落とし切れるわけがない。結局、都市は壊滅、地上は道なき道を彷徨う車でいっぱいだ。
『今日、地球が滅ぶなら何をする?』
きっと誰しもが一回は聞いたことのあるであろう質問。僕も彼女に訊かれて、『君と一緒にいたい』なんてキザなことを言ったような気がする。今となっては笑えてくる。だって、今君はいないんだから。
僕は悔しさでポケットに入った小さな箱を強く握った。
僕らが知り合ったのは、この展望台。ある夏の日の夜、僕が夜空を眺めていると一人の少女がやってきた。それが僕の彼女、星凛だ。最初はお互いに喋らなかったが、一つの流れ星がきっかけで僕らは仲良くなれた。
『あ、流れ星』
『ちゃんと願い事した?』
たしか、これが初めての会話だった。それから、会うたびに星座などの星にまつわる話をするようになり、夜の展望台でしか会わなかった僕らはいつからか昼間にも会うようになっていた。
遊園地に連れて行かれて、お化け屋敷に入り、二人して泣き叫びながら走り抜けた。そのあとソフトクリームを食べながら「全然怖くなかった」なんて言い合った。
プラネタリウムに行きたいと言う、僕のリクエストで行ったが、「やっぱり本物の方がいいね」と笑い合った。
この展望台から二人で夜空に咲く花火を見て、「横から見ても丸いんだね」なんて可笑しなことを言っていた。
いくらあっても語り切れない君との思いでが、走馬灯のように頭を巡る。
ああ、君にもう一度会いたい。
宙に線を描き、光の線がまた地面を抉る。
「流れ星がこれだけあるんだ。一つくらい僕の願いを聞いてくれ」
もう一度だけ、君に会わせて欲しい。
目を閉じ、何度も、何度も、心の中で唱えた。だけど僕は諦めた。願いなんて実際に届くはずない。そんなに現実は甘くない。
瞼を開けると、視界がぼやけていた。僕は泣いているのに気づいた。涙が溢れて止まらず声を上げて泣いた。
こんな姿を星凛に見られなくてよかった。
ここも、時間の問題だろう。明日の朝には世界が荒野になって地球は終わる。
僕はそれでいいと、心のどこかで思っていた。自分の愛する人だけがいなくなってしまう残酷な終わり方は無い。今日、全てが平等に終わる。
だから、これでいい。
諦めや虚無感のような感情を抱き始めたその時。
「誠也っ!」
その聴き慣れた声に僕は息を呑み振り返る。土埃で汚れた白いワンピースの星凛が息を切らせて立っていた。
「まだ、生きてたのか」
声が震えないように我慢して、星凛の元へ駆け寄った。
「誠也のこと探したんだから!」
「ここだって、なんとなくわかるもんじゃない?」
「私としたことが、ここを忘れちゃうなんて。おっちょこちょいだね」
僕らは見つめ合い、轟く音に負けないくらいに笑い合った。
「流星群、綺麗だね。今まで星凛と見てきた夜空の中で一番だと思う」
今度は、掻き消されずに君に伝えられた。それを聞いた星凛は微笑みを浮かべる。
「そうだね。でも、これで最後だと思うと残念。もっと一緒にいたかった」
「嬉しいこと言ってくれるね」
僕は星凛を強く抱きしめた。僕の存在を主張するように、星凛が生きているのが夢じゃないと言い聞かせるように。
抱きしめ合って、どのくらいの時間が経ったかわからない。永遠にも思える時間を惜しむように、僕はそっと体を離した。
君に渡したいものがあるのを忘れていた。ポケットに手を入れ、小さな箱を取り出す。
「今日までには渡したかったんだけど、結局、今日になっちゃった」
照れ隠しに頬を掻き、星凛に向けて箱を開く。中には飾りけのない銀のリング。
「安物でごめんね。いつか、もっといいものを付けてあげたかったけど無理みたい」
「いいよ、これで。ううん、これがいい。だって、流星群の模様が入ってるから」
リングを箱から出すとその意味がはっきりと理解できた。空を舞う流星が反射して優美な模様を生み出している。
「星が好きな君にぴったりだね」
片膝を地面に立て、星凛の左手を取る。そしてリングを薬指に通すと、ぴったりと彼女の指に収まった。
「僕と、結婚してください」
星凛は顔を紅く染め、幸せそうにふわりと微笑む。
「はい」
その返事を聞いて僕は立ち上がり、ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。
優しくて、穏やかで、お互いの存在を確かめるような、そんな口づけだった。
「なんか、照れくさいね」
目の前の花嫁は視線を逸らす。
「素敵なウェディングドレスですね」
少し汚れてはいるが、出会った時と同じ白のワンピース。僕の目には最高のドレスとして写った。
「あなたタキシードもステキよ」
星の降る夜空を見上げて二人して笑った。
「結婚式はライスシャワーとかやるけど、これはスターシャワーかな」
星凛はそんなことを呟いた。
輝く幾つもの星々が僕らを祝福してくれているように感じた。
「最高の結婚式になったね」
「そうだね」
辺りが明るくなり見上げると、頭上には煌く線が迫っていた。
「じゃあ、また来世」
「またね」
さよならは言わなかった。僕らはまた出逢えると、思っているから。
最期に、君は幸せを浮かべて微笑んだ。
星の降る、地球最後の夜。
スターシャワーで見送られ僕らは終わらぬ愛を誓った。