つかいみち
「そういえばお前、栗栖に告られたんだって?」
大して変わらない声で豊永が尋ねれば、うん、と春義は答えた。
それだけ。
「…羨ましい身分だな。」
「そうか?」
「夏輝には言ったのか?つかアイツももう知ってるか、俺が知ってるぐらいだから。」
言われて春義は首を傾げる。夏輝には何も言われていない、言われていないということは知らないのだろう。
「知らないんじゃないか?」
「そんな事はないだろう。」
互いに顔を見合わせ首を傾げる。
納得のいかない顔をしたものの、豊永はわかんね、と言葉を止めた。
「夏輝が来たら聞いたらいいじゃないか」
春義の案に、豊永は感慨深く頷いた。
「…先生が…信長殿…?」
「そうだ、疑う余地があるかね?まぁ、普通は疑うだろうが、思い出したお前には、わかるだろう。」
何のことかわからない、そういいたいのに、信じている自分が居る。
「他にも…居るのですか?その…俺たちのような人間が。」
言葉を選びながらも頭はずっと考えていた。
誰がいるのだ、景勝のほかに。
「まだ思い出してはいないようだが、少なくともお前の周りに居るよ。お前が親しかったものたちが。…景勝のことはもう知っているんだろう?」
「は、春義はっつ、まだ…思い出していませんっつ。」
その言葉に葉宮は小さく笑う。それに夏輝は小さな苛立ちを感じ、葉宮を眺めた。
「そうそう、険のある目で見るでないよ。別にお前に喧嘩を売っているわけではない、こんな昔の記憶、ないのなら、ない方がいいからな。」
相手の言葉に、それは酷く同意した。
こんな記憶、思い出さなければ良かった。
古い昔の誰かに振り回されるような記憶なら存在しない方がいい。
「だが、相手さんはそう思っちゃくれねぇ。違うかい?来たな?」
誰が、とは言わない、必要最低限の言葉しか発さない相手にからかわれている気分になりながら、夏輝は頷く。
「伊達…成実が来ました。俺を…いえ、私を起こしにきた、と。」
「はは!奴が来たか!政宗には随分執心の家臣が来たね。」
豪快に笑うさまに、やはり普段の葉山とは違う何かを感じながら、夏輝は息を吐いた。これから一体どうなるのだろう。自分と同じようなー転生ーをしたものが回りにいるとは、一体全体どういうことなのだと。
「お前はこの戦い自体を深く知らないだろうに、アレも、随分とお前にご執心だ」
アレ?と顔をあげると、政宗、と心底嬉しそうに葉山は笑う。
「遥か昔の話だ。」
古い古い昔、神が授けた「秘物」があった。
それは、強大な力を持っていた。
だが、いつの間にか、それは失われ、何処かへまぎれて消えてしまった。
それは随分と長い間、失われたと思われて居たが、ある時忽然と姿を現す。
「戦国」と呼ばれた時代に、それは再び戻ってきた。
「いわばそれの争奪戦さ。誰が、神がさずけた器「秘物」を手に入れるか。」
色々とわからない事だらけで、何から質問をしたらいいのか、と言葉を濁していれば、葉宮が笑う。
「そんなに、すぐに理解しろとは言っておらん。ともかく、戦国を越えて、この現代でもそれの取得を巡って争っている、というわけだ。」
「…ひぶつ…って、何ですか?」
夏輝の言葉に今度は葉宮が少し考える番だった。
「それは神が授けた力、だとも言う。香炉だとも言うし、壷だとも、はたまた茶器だとも言う。」
「つまり、わからないって事ですか?そんなものを巡って?」
夏輝の意見はもっともだと葉宮は頷く。
「そう、だが逆に言えば、それは「何もかもである」と言う事だ。」
言葉に夏輝は頭の奥にちりり、と残った警戒音を聞いた気がした。
三成が、求めていたもの、それがそうではなかったか。
自分は全く興味がなかったのだが、そんな話を聞いた事があるような気が、思い出された。
三成が求めていたというよりは、彼の軍師である左近が渇望していたと。
「ゆえに、手に入れたものは天下を治めるといわれている。」
「てんか…、何かぴんときませんね。」
「だろうな、今生で天下といわれても、意味がわからん。その点は俺も同感だ。だが、だがな?それを「渇望」している輩も、また今生には居るンだよ。」
トン、と指先が机の上をすべり、夏輝の胸元を軽くついた。
「伊達、政宗とかな?」