おもわく
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授業は単調で退屈、というわけではない。
知らないことを知っていく喜びは何にもまさるものだ。
新しい事、古い事、遠い世界の事、身近な事。
そのどれもに新しい発見があり、日々その姿を塗り替えていく。
だけれども歴史の授業で習った以上の記憶は、その人物には、ない。
思いを馳せたような思い出もない。
単に知識の一片と感じていた、そうそうれだけ。
その人が自分であったと言う、記憶という曖昧な存在は、酷く危うい。
自分の思い込みかもしれないからだ。
本当に私は直江と言う人物だったのだろうか、何か思い込んでとんでもない勘違いをしているのではないか。
ただ、成実と言う人物がそれを否定する。
知らねばならなかった。
放課後、夏輝は図書館に足を運んだ。
何かわかるかもしれない、そう思ったからだ。
伊達成実、と言う名前には聞き覚えは確かにあった。
伊達政宗の腹心の1人だ。もう一人は片倉小十郎といったか。
全てを思い出したわけではないため、細切れに舞う記憶の欠片を捕まえながら、夏輝は手にとった戦国史の本を捲った。
見慣れない漢字がたくさん紙の上を舞っている。
何でこんな小難しい名前をつけるのだろう。
上杉、の名で視線を止めれば、指先で名前を辿る。
上杉謙信、上杉景勝、上杉景虎、直江兼続、清野長範、そこで誰かの気配を感じて、夏輝は顔を上げた。
「…栗栖さ…ん。」
「夏輝さん、今日は生徒会じゃなかったんだ…こんなところで会うなんて珍しいね。私、借りてた本を返しにきたんだ。夏輝さんは?」
たおやかな笑みに、夏輝も微笑を返した。
目の奥、多分脳の片隅が何かを訴えている。
何か、がわからず夏輝は栗栖の顔を見た。
こんな風だったら良かったのに、夏輝が本当にそう思う相手だ。
柔らかい栗色の髪、優しい色合いをした瞳に、甘い薄桜の唇。
緩やかにカーブを描く、曲線の肢体には憧れる程で。
どちらかといえば、きつい、ととられがちな己の容姿とつい、比べる。
かつても、こんな風に、誰かに憧れたことがあった、と夏輝は思った。
夏輝ではない、直江が思った事だ。
「…よの…?」
「…うん?」
清野長範、生涯、自分が与えられなかった位置を占めていた人間だという事を思い出し、口の中にどっと、唾が出る。
喉を鳴らして飲み込めば何処か心配そうな表情をした栗栖が顔を覗き込んでおり、夏輝はそれに、曖昧な笑みを零す。
「ごめんごめん、今おなかがなっちゃって…もしかしたら、聞こえちゃった?」
自分でも驚く程、素直に言葉が続く。
「あ、そだ!栗栖さんのオススメの本ある?昨日テレビでやってた歴史なんたらの番組みて、ちょっと調べてたんだけど、あんまり面白くなくって。」
「あの、私、夏輝さんに話したいことがあって…」
栗栖の言葉に夏輝がその顔を間近で見た瞬間だった。
「夏輝ー!葉山先生が呼んでるぞー。」
「あ、ごめん、話またね!」
慌てて席から立ち上がり、夏輝は本棚に本を戻す。
「今度はオススメの本、教えてね。」