いつも
普段どおりの日常、そう昨日の出来事を忘れれば。
今日は忘れよう、夏輝はそう思って小さく笑った。
「おはよう、夏輝。」
春義のいつもの挨拶に、夏輝は少し笑う。
「おはよう、春義。」
幼いときから繰り返されてきた、日常。
あたしは、これを必ず守る。
*いつも*
「おっはよー、夏輝ー。」
小谷の明るい声に夏輝は振り返った。
何処か人を安心させるような、優しい声に、昨日の出来事を忘れるように、夏輝は笑う。
春義もおはよう、と返し、互いにクスクスと笑いあえば小谷は軽く手をふった。
通学中の本当に「いつも」の風景だ。
「おはよう、朝から元気ね。」
「そぉ?いつもどおりだけど?それより腹へらね?あー一限終ったら、早弁すっかなぁ」
細いのに本当に良く食べるなぁ、と夏輝は感心する。
…アタシなんて最近太ったのに。胸には来ない肉を恨みながら、夏輝は小谷を羨ましそうに眺めた。
「それでしたら、私のお弁当などはいかがですか?小谷クン。昨日うちのシェフが少し作りすぎまして、余分でもう一つ分できてしまったのですよ。」
いきなり声をかけられ、夏輝は思わずそちらを凝視した。
周りの生徒達の空気がざわついたのを感じながら、夏輝はこっそりと目をそらす。
「うおっつ、細田会長、朝からこんなところで何してるんっすかっつ?!」
弁当を渡され、微笑まれたまま顔を間近に覗き込まれている小谷は思わず腰を引く。
近い、近いですよ、生徒会長。
夏輝はつっこみたくてうずうずしながら、震える手を下げた。
大体いつもこうだ。
細田敬一郎は、夏輝より一つ上の学年の三年生であり、生徒会長でもある。
細田コーポレーション、と言う夏輝には想像もつかないような大企業の1人息子であり、成績優秀、運動神経抜群、容顔美麗、オマケに性格も非常に二重丸で、満場一致で生徒会長に選ばれたという人物だ。と今時少女マンガでも滅多に見かけない天然記念物並の人物なのだが、ちょっと、変。
副会長である小谷の事を酷く気に入っているようで、何かにつけて小谷の世話を焼きたがるのだ。
こうして朝に訪れては「うちのシェフが…(略」「うちの叔母がきまして(略」などといっては常に空腹といっていい小谷のために弁当を置いていく。
生徒会においても、次の生徒会長を小谷にしたいらしく、色々と画策していることは周知の事実だ。
「私もこの学校の一生徒です、登校しているのですよ、小谷クン、では授業もありますので私は失礼いたします。今日は学園祭の打ち合わせがございますので、くれぐれも生徒会には遅れぬよう、お願い申し上げますよ?」
目もくれない、というのはこの事だ。今の今まで夏輝の事も春義のことも一切合切視線にいれていない。風のように現れて、風のように去っていった会長の後ろ姿をみながら夏輝は思った。
うん、見なかったことにしよう。
あの人に彼女が居ないというのも納得がいく、無理なんだな、きっと、色々と。
「会長って本当にいい人だけど、何で俺にこんなに親切にしてくれるんだろうなぁ?夏輝。」
全く気付いていない様子の小谷に、夏輝は満面の笑みで微笑んだ。
「アタシに聞かないで…出来れば、逃げて。」
本能的に思う、多分、色々危ないから。
「さて、いそごっか、会長に翻弄されてたら本鈴鳴っちゃうよ。」
アタシの、いつも。
夏輝は瞳を上げた。
この日常を守る為なら、アタシは、何でも、する。
普段どおりの日常を、必要以上に感じる夏輝
しかし思いは交錯して?!
次回「おもわく」