とどかない
「なっつきー!やーーーーーん、本当にいっつも超可愛いー!此処暫く部活で忙しかったから、夏輝の可愛い顔が見れなくてほんっとーに、寂しかったー!」
「れ、玲ッ、ちょ、胸に、胸で、息ができな…ッ!」
時間は昨日へと巻き戻る。
結局のところ、春義と栗栖は付き合っているのだろうか。
目下の課題をクリアできなかった夏輝は、それは悶々としていた。
折角二人きりで家まで帰れたというのに。
戌井を警戒した春義が、手を繋いでくれて、話も弾んだというのに。
春義が栗栖をどう思っているか、全く、聞けなかった。
アタシは結局意気地なしだー!
とは思う、思うのだが…。
もし聞いて、「うん、付き合ってるんだ、今度紹介するよ」
とか、「キスってどうやってしたらいいのかなー、持ち込めないんだよなぁ」
とか相談されちゃったら、もうどうしようもないっつ!等と考え始めればキリがなく、気がつけば既に玄関だったのだ。優しいあの笑顔で
「おやすみ、夏輝。また明日。」
なんていわれれば、もう、おやすみ、何ていうしかない。
メールをしてみようにも、画面を見れば動悸不全。
変な汗まで手の平にかいて、携帯がにゅるっと滑る。
そんな一人悶々とすごした夏輝に残ったのは睡眠不足ぐらいだけだった。
そうして漸く昼休み。自分の情けなさに、少ししょげた気分でお弁当を広げた夏輝の目の前に、乳があったのだ。
ぐいぐいぐい、ほんのり柔らかい弾力のあるそれが顔面に押し付けられる。
彼女の鈴木玲は、夏輝の大好きな友人である。親友といっても過言ではない。
大きなくりっとした瞳は彼女の溌剌な人格そのものをあらわしている。
「試合が近くってさっ、全然部活抜けれないのっつ!もう!夏輝に逢えなくって超寂しかったー!」
剣道部のエースでもあり、部長でもある少女は、更にぐいぐい夏輝に胸を押し付ける。その腕は既に全国大会で競うものなし、といわれる程だとか、耳には挟むが、そちらの方面は詳しくない。
何ていうか凄いなーっていうぐらいしか。
「そいでね!とーえがね!メールしても全然返事ないの!トーエって絶対返事しないくせに、私が返事しないとすっごい怒るんだよ!聞いてる?」
トーエ、とは倉守豊永、の事である。
とよなが→とーよ→響きが悪いから改変トーエ、らしい。
夏輝には出来ない発想だなぁ、何て変な感心をしていれば、脳に酸素が欠乏し始めた。
「っていうか、夏輝、聞いてる?」
「……れ…ぃ、空気…」
結論:胸の谷間は、案外苦しい
「んで?春義クン、夏輝に、もー告ったりしたわけ?」
何て爽やかに言われれば夏輝は思わず硬直する以外になかった。
「えー、あー…う、あ?!」
いやいやまぁまぁ、何と言うか、っていうか告白したのはあたしにじゃなくて栗栖にじゃなくって、えぇと、何ていうかバンザーイ!
「え?何?とうとう夏輝と春義って付き合う事になったわけ?」
「ひあ?!何でいんのよ?!」
ひょっこりと顔を覗かせた小谷に夏輝は悲鳴とも着かぬ声をあげた。
何でこんな所にいるのだろう、って言うか皆アタシを苛めて愉しいのかしらん、なんて。
「今日の放課後生徒会だぞ、学祭の打ち合わせだかんなー、いちゃつくのはいいけど、来いよー?」
小谷の無邪気な笑顔に思わず癒されて、夏輝はわかってるわよ、と言葉を続けた。いちゃついてないから、と返したかったけど、何だか通じなさそうなのでやめた。だけど皆してどうしてそんな事を言うのだろうと。
「そうですよ、夏輝さんが来て下さらないと、小谷君が寂しがります。」
そして貴方がどうしてそこにイルノデスカ、何て思う。
生徒会長、此処二年の教室ですってば。
本当に小谷の居るところには油断も隙もないほど存在するなぁ、この人、と思う。
でもそれがほんの少し羨ましく感じたのは、自分がそんな風に春義により添えないからだろうか。
この手の平はまた、あの人に届かないのか。