はじまりのまえ
転生モノです。
この話に歴史上の人物の名前が出てきますが、実際する人物、団体とは一切関係ありません。
また転生モノですので、過去男性であった人物が女性になって出てくる場合がございますので、お気をつけ下さい。
細かな断面に当たる光は、ただ様々な顔を見せる。
どれが正しいかなんて、知りはしないのに。
1.はじまりのまえ
笹山夏輝は思う。
空がこんなに遠い理由も、私は知りはしない。
だから、今こんな風にこんなことを見ている理由も、知りはしない。
今年で夏輝は17歳になる。
17年間、全て合わせて、これ程動揺したのは初めてだった。
担任から頼まれた書類を体育職員の職員室に運ぼうと裏庭に出たところで、それに遭遇した。
同じクラスで、幼馴染の遠山春義が、同じく同じクラスの栗栖彩子に告白されていたのだ。栗栖は大人しく控えめだが、柔和な性格と何処か人をほっとさせる雰囲気があり、男子の間では密かに彼女にしたい人気投票で一位を獲得したと、友人から聞いたことがある。甘い栗色で、緩いウェーブがかかった、髪を静かに揺らす姿は、儚げで同じ女である夏輝ですら、守ってやりたくなる、そんな可憐な雰囲気が漂う。
これで男にだけ尻尾を振るような女なら、直ぐに「やめておけば?」と春義にいえるのだが、全く持って、栗栖はそんな女でもなかった。
どちらかといえば、女子の間でも裏表のないやさしい性格のためか、不動の人気を誇っており、嫉妬するものが居るぐらい、ある意味完璧な「女性」で。
瞳の奥が何処かひんやりとして、夏輝は一歩後ろへと下がる。
答えが聞きたくない。
答えなんて聞きたくない。
誰だって、うんと答えるだろう。だから、聞きたくない。
だから夏輝はその場から走った。
声が届かないように。
「ごめん。」
だから夏輝はその言葉を聞いていない。
夏樹には届かなかった。
「ごめん、俺にはその気持ちを受け取ることが出来ない」
春義は小さく頭を下げた。
彼なりの誠意は、そんな風に表に出た。
茶けた短い髪をかきあげ、春義は頭を下げる。
「こっちこそ、ごめん、いきなり呼び出して…こんな。」
柔らかい髪が揺れ、それを春義は見ながら首を左右に振った。
「…好きな子が、居るんだ。だから、ごめん。」
春義の声に栗栖は、顔をあげて、小さく笑う。
「そんなに正直になんなくっても、いいのに。でも、ありがとう。…夏輝さん?」
相手の表情に栗栖は笑う。
答えなくってもいいのよ、と言葉を続ければ、春義に背を向け、少しだけ涙ぐんだ。
答えを聞かなくても、顔を見れば分かるというものだ。
これほど正直な男を、栗栖は他に知らない。
だからこそ、好きになったのだけれど、同時に叶わない事も、何となく察してはいた。でも、わかって居た事だとは言え、胸は痛い。
ただ、何処かで何かに決着をつけたように、栗栖は感じていた。
まるで古い恋に終わりを告げるかのように。
「どうした、浮かない顔をしているな」
別の道を辿り、頼まれた用を果たした夏輝は担任の葉山にそれを告げに職員室を訪れていた。視線を落とせば、今日も譲ることのない、見事な谷間が目に入る。
夏輝は思わず自分のほとんどまっ平らな胸を押さえた。
「…先生の胸見てたら、何かちょっと絶望した。」
その言葉に葉山は笑う。
それぐらいあれば、と思うものの、胸の増減は夏輝の思い通りにはならない。
「今日は生徒会があるから、よろしく頼むな。」
夏輝は小さく頷いて、それから春義の事を思い出した。
いつも帰り際になれば迎えに来てくれる。
今日は、迎えにきてくれるだろうか。
かき始めてみました。
まだまだどんな物語になるかは、私自身も想像がつきませんが、本の少しでも皆様に愉しんで頂ければ幸いです。