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翌朝は雨であった。

昨夜の月を隠す雲が雨を呼び、しとしとと夜が明けても振り続けた。

朝、目覚めると隣にはカーティスは居なかった。

ドロシーは起き上がる。

ひんやりとした空気が肌を刺す。

窓が小さく開いている。

寝台の隣に置かれたサイドテーブルには水を張った桶と布巾が置かれている。

ドロシーが桶の水に触れると中身は緩い湯であった。

そっと両手を付けて顔を洗う。

布巾で濡れた顔を拭うと清潔な香りが鼻を掠めた。

「起きたのか?」

カーティスが朝食の載った盆を片手に入ってくる。

長い脚で大きな歩幅を描きながらドロシーに近付く。

「食事は取れるか?」

身を屈めてドロシーの顔色を伺う仕草をする。

「もう大丈夫よ」

心配しないで、と瞳を見返すと、カーティスがそっと安堵する。

「そうか。今日は商会に顔を出さなければならない。ドロシー、ゆっくりしていてくれ」

「もう私は大丈夫よ。仕事も通常通り戻してくれて結構よ」

ドロシーがなるべく笑顔を心掛けて伝えると、カーティスは首を緩く振った。

「いや、俺が心配なんだ。もう少し世話を焼かせてくれ」

カーティスはドロシーの肩にガウンを乗せる。

「本当に大丈夫なんだけど」

ドロシーが唇を尖らせると、カーティスは苦笑を浮かべた。

「すぐ戻ってくる。大人しく待っていてくれ」

カーティスはドロシーの頭をひと撫ですると、寝室を後にした。

最近カーティスはもう少年の面影は消え去り、立派な青年になってしまった。

元から童顔気味のドロシーに、実年齢より上に見えるカーティスは、ドロシーを度々子供扱いをした。

いつもドロシーを子供扱いしているカーティスが一度だけ置いて行かれた子供のような顔をした事があった。

あれは、いつだったか……。


「……っ」


ドロシーは額を庇うように両手で覆った。

刺すような鋭い痛みが襲う。

まるでドロシーが思い出す事を許さないというように。

あの時———。

カーティス以外に誰か居た気がする。

いつかも、何の時かも分からないのに、その場に居た人物など思い出せる筈もない。

だが、カーティスと二人では無かった筈だ。

ドロシーがカーティスを傷付けたのだろうか。

分からない。

何も分からないが、思い出さねばいけない気がした。

ドロシーは痛みを振り払うように数回頭を振り、窓の外に視線を向けた。

雨は勢いを増し、大地を洗い流してしまいそうな程だ。

カーティスは、今夜帰って来れるだろうか。

ドロシーは、ぼんやりと窓の外を眺め続けた。










カーティスは、雨が弱まった夜半過ぎに帰宅したそうだ。

翌日目覚めると、カーティスがドロシーの眠る寝台に腰掛けてドロシーを見下ろしていた。

余りの何の感情も伴わない瞳に、言葉も無く、見つめ返した。

カーティスは、こんなに空虚な瞳をする男だっただろうか。

ドロシーの記憶にあるカーティスは、こんなに漆黒のような暗い表情を浮かべる人間では無かった。

どちらかといえば、陽の光のような明るく快活な人間であったように思う。

いつも自信たっぷりに、ドロシーを揶揄うような、年下の男特有の甘えた態度も偶にしていたと記憶する。

悪戯な笑みをこぼし、ドロシーの頭を撫でてきた。

その仕草がドロシーより頭一つ分も背が伸びてからと可愛いと思ったものだ。

だが、今のカーティスはどうだろう。

薄暗い微笑を口元にだけ貼り付け、眸は仄暗い。

とても怖い表情だ。

人形のような無機質さを感じさせる。


———何を考えているのだろうか。


ドロシーが怯えを瞳に写すと、カーティスは、やや表情を取り戻した。

「ドロシー、おはよう。良く眠っていたな。昨日は早く帰れずにすまなかった」

仄暗い笑みを張り付けたままに、カーティスはドロシーの頬を撫でた。

その指先の余りの冷たさに、ドロシーは身を竦ませる。

一体いつからカーティスはこうしてドロシーを見下ろしていたのだろうか。

「手が冷たかったか?ドロシー、寒いんだ。温めてくれ」

カーティスは、ドロシーに覆い被さってきた。

何だろう、この違和感は。

ドロシーは、言い知れない不安を抱えたまま、カーティスにその身をこじ開けられた。


一年近く清い関係であった二人は結婚後、初めて身体を重ねた。

婚前交渉をしたとは聞いては居たが、違和感だらけであった。

ドロシーは、直感的に感じた。

カーティスと身体を重ねたのは初めてでは無いかと。

知らないのだ。

カーティスの肌も、高揚感も。

まるでドロシーは覚えていない。

しかし、事実ドロシーは真っさらな処女では無かった。

荒々しい手付き。

ドロシーの総てを蹂躙するような抱き方。

こんな事は知らない。

では、ドロシーは誰と妊娠に至る行為をしたのだろう。

そんな相手はカーティス以外あり得ないし、有ってはいけない事だ。

しかし、頭の奥で誰かが囁くのだ。

カーティスの感触を知らない、と。




事が終わると、ドロシーは呆然と寝台に横たわっていた。

カーティスは寝台の縁に背を向けて腰掛けている。

ドロシーを抱いたにも関わらず、その背中は明確な拒否を示していた。

その背中をぼんやりと見つめながら、ドロシーは確信を深めた。


ドロシーを妊娠させた人物は他にいるのだ。




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