大きくなる話
話が長くなりそうだったので、会議室に移動して、皆座って話をすることにする。
「それで、増員の話だけれど。やるとしても、新しく来る人達は、特高の審査を受けてもらうのは確実ね」
そう言うと、皆揃って唸る。
特高、こと特別高等警察は、主に社会主義者や無政府主義者を対象として創られた秘密警察だけれど。国に仇成すとされた勢力は右翼も左翼も関係なく潰して回っていて。その悪名は国内外に轟き渡っていた。
私も海外から帰ってくる度簡単な尋問を受けているけれど、かなり真面目でお堅い警察、といった印象でしかない。
けれど、それが少数派の意見なことは分かっていて。
「それだと誰も入ってくれないんじゃないかしら?」
第四研究室室長がはっきりと言う。
「だが、ソビエトとの共同研究抱えてる時点で仕方ない話だ」
第一研究室室長はそう肩をすくめる。
「……なんかごめんね?」
私はそう謝る。
ソビエトと共同で研究している『ヒマワリの品種改良』はともかく『低温地熱発電』は順調に成果を上げていて。低温地熱発電は、カムチャツカ半島で実績を積みつつあることもあって、山形県米沢市の五色温泉にて、国内初の実証実験が始まった。
それが良かったのか悪かったのか。日本政府が言い出したこと(ただし誘導はした)に便乗しただけのことなのに、信州研究所、というよりも私に対する『社会主義者』疑惑が持ち上がっているらしく。
特高の審査、というのも、その筋からの話だったり。
「構わないわよ。そのうち誤解も解けるだろうし」
第四研究室室長はそう手をひらひらとさせる。
「……ありがと」
「話を戻して。で、どうやって人員を集めますか?」
第三研究室室長が変になった空気を変えるよう、手を叩いて言った。
「ペルー方式じゃ駄目?」
すると、第二研究室室長が手を上げて言う。
「ペルー方式というと、あれか?」
第一研究室室長が尋ねる。
「大学の教授や学生を、一時的に信州研究所雇いにして送り込む、ってやつ」
「それ」
第二研究室室長は頷く。
「それは良い手だけど、出来るとしても技術指導位かな?」
「でも、その技術指導に余計な人手と時間を取られている訳だから、それがなくなるだけでかなり違うわよ」
「うーん」
悩む。集めた教授や学生には、結局技術指導をしないといけない。なので労力が減るとは思えないのだ。
「算盤を投げ捨てるような技師を相手に技術指導するのは、研究者の仕事じゃあないと思いますしねえ」
第三研究室室長の言葉に、ほんの少しだけ納得してしまう自分がいた。
腕の良い技師ほど『自分の勘』頼りで、数式やマニュアルを無視することは、未来でも見られた光景だ。数式を元にマニュアルを作る研究者と、この時代の技師の反りが合わないことも、よくあるのだろう。
「だったら、財閥と協力して技術指導用の『専門学校』でも作る? 算盤に慣れた技師を増やすの」
室長達は唸る。その中でも最も早く納得したようなのは、第一研究室室長だった。
「時間はかかるが、それ以上の手はないな」
「ついでに女工の教育もしよう? 人手不足だし」
私が追加の意見を出すと。
「人手不足が酷すぎるから、専門学校を建てても来てもらえるか疑問だわ」
第四研究室室長が問題点を指摘する。
確かに、家事や家業の手伝いのために小学校すらまともに通えない子供が多いのに、その上専門学校に通わせてもらえるかは、確かに謎だ。
「財閥に奨学金を出させて学生を集めるのはどうでしょうか?」
そこで第五研究室室長が名案だけれど中々難しいことを言うも。
「奨学金を出した財閥に就職すれば、無利子や減額になる条件を入れましょう。そうすれば学生も財閥も得をします」
第三研究室室長の意見で話が進み。
「実習で仕事させよ?」
第二研究室室長のお陰で構想が纏まった。
「じゃあ、技術指導について。
・財閥と協力して『専門学校』を造る。
・学生を集めるため奨学生の枠を多く取る。
・奨学金を出した財閥に就職した場合、その働き具合に免じて奨学金の利子や元本が減る仕組みを作る。
・学校内の試験に合格した学生のうち希望者に短期の仕事を斡旋する。
これらの提案を財閥に挙げて、承諾をもらえたら。財閥と共同で国に提案書を挙げ、専門学校を造ります。
信州研究所からも、幾つか奨学生の枠を用意して、生え抜きの研究者を育てる。これで良いですか?」
「「異議無し!」」
話が纏まった。後の仕事は、ほとんど秘書達が頑張り、私が少し頭を下げるだけだ。
『専門学校計画』は即座に財閥の協力を得られ、国の認可もすぐ通った。
財閥も国も技師養成に頭を痛めていたところに、ノコノコ私達が提案書を持っていったから、らしい。
……だったら自分達で専門学校を造れば良かったのに。なんか権力やマウントの取り合いがあって出来なかったらしい。そんなくだらないことでやらなければいけないことを後回しにするなんて、控え目に言って馬鹿かな?
ま、『ついで』という名目で障碍者学校を増やせたし、障碍者教育の専門家の育成に予算を引っ張って来れたから、私は満足だ。