やっとか
《千九百二十八年二月十日 新潟県》
昨年から商業的な掘削の始まった南長岡の油田と片貝のガス田。これらの油田、ガス田からは、新津油田の石油を利用している製油所を始めとした工場群までパイプラインが引かれている最中だ。
それに伴い、処理するべき原油が増加するため、製油所の増設が行われている区画。既に稼働を始めている窒素肥料合成工場の近くで。
「寒っ!」
『新潟培養ディーゼル生産所』の建設は行われている。
「これ、培養槽の加温は大丈夫かなあ?」
「新設させる、天然ガスを利用した発電所の廃熱で加温する設計ですから、大丈夫でしょう」
元海軍士官の秘書の言葉に「分かってるんだけどさあ」と愚痴る。
「こんなに雪も多いし、計算上は大丈夫だとしても心配になるよ」
「……確かに、この雪の量は凄いですね」
実際、今日の工事は雪のせいでまともに行えていなかった。お陰で、視察の予定が、地元の子供達と雪だるまを造るだけで終わってしまいそうだ。
「……まあ? 夏場培養槽が稼働するだけでも、二千キロリットルはディーゼルが出来る筈だからね。それだけでも採算は取れるけど、やっぱり冬場も稼働して欲しいなあ」
「資源の生産量は多いに越したことはありませんからね」
火力発電所の排気から二酸化炭素を取り出すのに手こずっている間に、ディーゼルを造る能力のより高いユーグレナ・オイリーの株が見つかったので、この時代の日本を生きる人達からすると恐ろしい量のディーゼルを生産出来そうだ。
「日光が足りない時は、反射板で集める予定だけれど、この調子だと冬場は無理そうだなあ」
「雪かきの人員を雇うのはどうですか?」
「名案だね。後で提案書を作ろう」
現場に来ると、書類からは分からない問題が分かるから良い。もっと出歩くようにしよう、と内心決めつつ、培養ディーゼル生産所の建設予定地をぶらつく。
「で、確か、南長岡と片貝の油田は、少し問題があるのよね?」
「はい。産出する原油が、軽質から超軽質なため、利用手段が少ないのです」
超軽質、というと、コンデンセートか。となると
「分留して、比較的重いのはガソリンとして使えるけど、あんまり軽いとエチレンの原料にしかならないかな?」
「エチレン、というと、ガス灯の燃料ですか?」
「後は、ポリエチレンの原料かな? 三井と三菱の本家の人達に研究は任せているけど、商業生産出来るレベルまで半年はかからないだろうしね。それまでは……、ガス灯燃料だなあ」
本当、ままならない。そのガス灯の燃料すら不足することがあるという現状も含めて。日本の経済も産業も、貧弱過ぎる。これで大国を名乗っているとか、恥ずかしくないのだろうか?
「ポリエチレン、というと、あの透明な袋ですか?」
秘書がそう尋ねてくる。
「一昨日届いた透明の袋のことなら、それだね。中々強度もあるし、腐食しにくいみたいだから、水道管にも使えるんじゃないかな?」
「それは良いですね」
秘書は顔をほころばせる。今の日本の上下水道の管は鉄鋼や銅で出来ていて、その管の高価さが、上下水道の普及を妨げている側面がある。そこに、ポリエチレン管という安価な管が導入されれば、上下水道の普及は今以上に進むだろう。
だけでなく、温室を安価に造れるようにもなるので、それによる農産物の増産も可能になるし、金属やガラスが用いられている製品の代用として使うことで、我が国ではまだまだ貴重な金属やガラスの消費量を減らすことも出来る。ゴミ処理にだけは気を付けないといけなくなるけれど。
そして、わざわざ輸入してきているディーゼルよりも安価な培養ディーゼルの普及は、自動車や建設機械の普及の後押しとなり、それは更なる工業化、効率化へと繫がる。ポリエチレンと培養ディーゼルは、間違いなく我が国を発展させるのだ。
(この上、獲物が食いつけば、言うこと無しだね)
ついでの獲物が食いついてきたら、満点なんだけれど。
(望み薄かな?)
ここまで好き放題しても、動きが無いのは不気味だ。あのいけ好かない紳士達は、何を考えているのだろう。
そう考えつつ、宿に帰ると、電報が届いていた。
「『シンシ ウゴク。スグ トウキヨウヘ コイ』。内務省からです」
「やっとか」
怪訝な表情をする秘書と共に、陸軍の手配した汽車で、私は東京へと向かった。