面倒な仕事
《千九百三十年四月二十一日 信州研究所》
艦の軽量化は民間の技術習熟待ちという結論が出て。
やらないといけないことがなくなった私に、やっと、研究に集中出来る日々がやって来た。とりあえず、個人的に気になっている『プラスチック分解細菌』の話を聞こうと、第一研究室に行くと。
「何してるの?」
何やら、全部の研究室の室長が集まっていた。
「お? 所長か」
第一研究室室長が、私を手招きする。それに従って、人だかりの出来ている事務机に行くと。
「……何やってるの君達?」
思わず呆れてしまった。そこには、山程書き込みのなされた飛行機の図面が置いてあったのだ。筒状に丸められている紙も、きっと図面だろう。
「ああ。陸海軍が統合されて『日本帝国軍』になっただろ?」
「そこら辺は新聞で読んだなあ」
第一研究室室長の言葉に思い出す。
何でも、経費削減のために、武器や弾薬を統一したところ、『これもっと纏められる場所纏めた方が良いのでは?』となり。統一出来る組織は統一しよう、としたら、なんかそうなったらしい。『陸軍』と『海軍』は『統合参謀本部』の下部組織となり、『空軍』が陸海軍と同格の組織として新設されたんだとか。
「でだな。新設される空軍の要求を満たす戦闘機を各社が作ってるんだが。その設計図を検証してくれ、と、空軍から頼まれた訳だ」
「……君達、いつそんな仕事取ってきたの?」
「「ついさっき」」
ハモるな。ついでにそんなめんど……、あからさまに軍事的な仕事を受けるんじゃない。
「そんな直接的に軍に関わる仕事はしたくないんだけどなあ……」
「それはごめんなさいね。でも面白そうで……」
第四研究室室長が苦笑する。
「……まあ、気持ちは分からないでもないけど。で、どんな感じなの?」
「……断らないの?」
第二研究室室長がそう尋ねるけれど。
「受けてしまったんだから、真面目にやらないとね。受けた仕事断るとか、失礼過ぎる」
「分かった」
分かってくれたらしい。
「で、どんな感じなの?」
「全体的に保守的ですね」
第三研究室室長がそう言い、残りはその言葉に頷く。
「保守的?」
「ええ。技術の発展に追い付けていません」
「あー」
私が色々したせいで、日本の技術の発展具合はものすごいことになっている。航空機製造なんて、今までは経験がものを言う世界だったので、この急激な技術発展について来られなくなったのだろう。
「翼は単翼の金属製……、『超超ジュラルミン』みたいだけど、『ガラス繊維』は使わないの?」
「ガラス繊維は超超ジュラルミンよりも寿命が短いからねえ」
第四研究室室長が言う。
「でもそうなると、機体重量が増えるよね? このエンジンの出力だと、防弾性能落とすことになるよ?」
エンジンは高度二千五百メートルで五百馬力の出力を出す寿エンジンを使っていて。これに私は文句を付けたい。
「星形九気筒で五百馬力って……。今の技術で八気筒でも、倒立V型か水平対向で六百馬力は出るでしょ?」
ちょっと戦車オタクな所員から、戦車と航空機のエンジン回りのことを最近聞かされたので、そこら辺の最近のものの知識はある。
ちなみに、試作中の戦車は、V型八気筒のディーゼルエンジンを使っているのだとか。
「出るには出ますが、六百馬力のものはまだ量産出来ませんね。五百六十馬力のモデルなら、出来るかもしれませんが……」
第三研究室室長が言うも、私の文句は他にもある。
「そんな感じなら仕方ないけど。液冷式なのはどうなの? これくらいなら空冷でいけるでしょ」
「「それは思った」」
室長達だけでなく、野次馬していた所員達も言う。
「だよねー」
私が文句を付けたいことは。
「何でわざわざ整備性落とすようなことをするんだ?」
つまりそういうことだ。第一研究室室長が代弁してくれる。
「クランクシャフトの剛性を気にしてるんだろうが、星形ってだけで整備性最悪なのに、更に液冷にする意味が分からん」
私もそう思う。でも、第三研究室室長はその答えを持っているらしい。
「今航空機エンジンは世界的に星形に向かっていますから、そのせいかと。また、液冷だと冷却効率が安定するので、航空機エンジニアとしては色々面倒臭い空冷は嫌なのでしょうね」
「なるほどなあ。でも、戦闘機なんて過酷な環境で運用するのに整備性落としたら、運用効率落ちるでしょ? 単純な構造の方が良いと思うんだけど」
「私もそう思いますよ」
答えを知っているからといって、第三研究室室長は同意した訳ではないらしい。
「こんな現場のことを考えない設計等、あり得ませんね」
どころか、結構お怒りかもしれない。
「ここ信州研究所に来てよく分かったのですが、日本には『複雑な設計なら良いものが出来る』と信じている設計士が多すぎます。その意識改革は行っているのですが、そうすると年功序列で今の現場を知らない年寄りが出しゃばってくる。お陰でどれだけ技術指導が遅れていることか……」
第三研究室室長の嘆きに、私含めて皆で頷く。
溶接をしたこともない奴が『溶接は信頼出来ん!』と言い張ったり。
土壌学を勉強してない奴が窒素肥料を『んなもん要るか!』と拒否したり。
車を見たこともない奴が『馬車でええやろ』と言い出したり。
一部の頭の固い連中の力の強いこの国は、そんなろくでもない、理論の成り立たない発言で色々なことが左右されていた。
でも、それもゆっくりと変わりつつある。
「ま、そこは私達が変えていけばいいでしょ。今も変えている最中なんだし」
そう言うと、皆は恥じ入ったり、照れ臭そうにしたり、はたまた今思い付いたように手を叩いたりと、様々な様子を見せた。
この作品の投稿をしていなかった間、色々勉強したのですが。
「もっとずば抜けた超技術あったのに!」
「リアルが想像超えていった!」
そんな事例があり過ぎて、悲しいやら驚いたやら。
とりあえず、この話の後二話は更新確定してます。