展覧会……、やらないと駄目?
《千九百二十八年一月二十七日 名古屋城西之丸》
「あったかいなあ」
そう呟くと、陸軍から出向してきている護衛の人は頷いてくれたものの、警備の警察官は首を傾げた。信州研究所はここ名古屋よりも山の中にあるので、結構寒いし雪も降って大変なのだ。その分、機密も守りやすいのだけれど。
今日は特別に公開されている名古屋城の西之丸では、正式に信州研究所が出来る前に、手慰みに造ったり設計したりした品々が、私が造ったものよりも洗練された形で置かれている。
「これは公開すべきです!」
そう、三井、三菱、住友財閥の長直々に懇々と諭された品々だ。財閥の長って暇なのかな、と思った私は悪くない。
「ぬるいぞ!」
一番歓声が上がっているのは、この冬真っ只中でも、特に加熱しているわけでもないのにぬるい水が出てきている『平板型太陽熱温水器』だ。単に黒く塗ったアルミニウム板が集熱器だったそれは、金と銀の再結晶化技術が確立し、続いてチタン、ニッケル、クロムが何とか商業レベルで再結晶化出来るようになった結果、ステンレス鋼が用いられるようになっている。
屋根のような斜めの板の頂上付近に大きなタンクがあり、その下の斜面の部分に黒い板がへばり付いた構造をしたそれは、今日の天気が良いこともあって、管で繫がっている蛇口を捻るとぬるい水が出るようだ。
「これがあれば湯沸かしの薪が減らせるな!」
「一台千円!? 車よりは安いが、ううむ……」
中々盛り上がっているみたいだ。
続いて歓声の大きいところからは、美味しそうな匂いが漂ってきている。
「火も無しに餅が焼けているぞ!?」
「ねえなんでおもちやけてるの?」
その、二次関数的曲面を持つ銀色のお釜のようなものは、『太陽熱調理器』ソーラークッカーだ。この時代、アメリカでは実用化されていたらしいこれは、日本人には物珍しいものらしく、子供達に大受けしている。
「天照大神様の力を集めることで、お餅が焼けるようになっているんだよ?」
「すげー!」
「かみさますごーい!」
説明がやや宗教がかっているのは、時代柄仕方ないこととしよう。
その隣で焼き鳥を焼いている燃料は『オガライト』だ。おが屑を圧縮、加熱して出来る燃料で、千九百二十五年に研究は始まっていたらしいものの、私の手慰みであっさり完成形が出来てしまった品で、これを真面目に研究していた方々や、おが屑を発電に用いようと研究していた一同には少し罪悪感がある。
「一俵二円!?……これ、職人さん生活出来るのか?」
大丈夫です。むしろ普通に売ってある炭と競合しにくいよう値段上げてます、とは言えない。
そして、それらの食品を包むのは、サトウキビの搾りかすであるバガスから造られた、安価な紙だ。書類や本には向かないけれど、食べ物を短時間包むのには使える。地味に衛生面の改善に繫がればなあ、と企んでいたり。
「この桑の実の砂糖漬け安いわね」
ご婦人方がわいのわいの言っているのは、砂糖漬けやお菓子を売る一画だ。製糖機械を改良したことで、砂糖の生産量が増えたため、これらの甘味の値段も下げられるのだ。まだ各地の工場の製糖機械は改良している最中だからまだまだ値下がりしていないけれど、そのうちここで売っている値段までは下がる、といいなあ。
「これは楽しいぞ!」
大の男が何人もはしゃいでいるのは『イージーオープンエンド』いわゆるプルタブ式の缶詰だ。空の缶でも、中々受けが良い。
これは、色んな省庁から正式に依頼を受けて、缶の製造工程の見直しや最新技術の導入により、より安価で、安全で、使い易い缶詰の生産が可能になったことのアピールの場として用意された。筈なんだけれど、予想外な楽しみ方をしているなあ。
そして、目玉だったものの回りには。
「……おうふ」
ほとんど人がいなかった。
それは、無限軌道以外は、前世で見慣れたものより少し大きな農業用のトラクターと、戦車の下部分の正面に排土板をくっつけただけにしか見えないブルドーザーだ。
「……予想外ですね」
「……ええ」
説明担当の陸軍の士官に言う。思わず漏れたため息が被る。
軍事費を削られる中、何とか戦車開発をしていた陸軍に、海軍が技術的な協力をし、同時に信州研究所と各財閥で、農林省と内務省を『工事や農業で使えるぞ』と言いくるめ。陸軍の人達が造り上げた努力の結晶が、この二台の車だ。革新的なものだからと、すぐに受け入れられる訳では無い証拠が、この光景だろう。
「凄いんですけどね、これ……」
「こいつは数日で村ひとつの田んぼを耕せますし、こっちは地面を均すのに大活躍するんですけれどね……」
気合いを入れて造ったものが、適当に造ったものよりも受けが悪いとか。研究者はつらいね。