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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
56/70

革命家に失望する2

 私の抱いた感情は、失望、という言葉では生温いものだった。仮にも、『平等な社会』を目指す勢力の大御所がこの程度なんて、信じたくなかった。

「失望とは、言ってくれるな」

 ペロは怒った格好だけ取る。目の奥が面白がっているから、怒っているのがポーズなのは丸分かりだ。

「ブルジョワジーとプロレタリアートの利益が一致しないのは、そうなるようにする努力が足りないからよ。なのに諦めて、安易な暴力に走る。それで革命家のつもり?」

 私は、断言する。

「貴方達は、ただのテロリストよ」

 ペロはひと口コーヒーを飲み、息を吐く。

「はー……。耳が痛いな」

 そして、椅子の背もたれに身を預け、吐露する。

「我々も、初めは言葉で革命を成そうとした。だが、ブルジョワジーは自分の利益のことしか考えず。プロレタリアートの多くは何も考えない。言葉では、世界を変えられなかったのだ」

 「だが」とペロは前のめりになり、私を見つめる。

「君は、諦められないのだろう?」

「ええ」

「そして君は研究者だ。なら、諦められない理由となる腹案がある筈だ」

「まあね」

「なら、聞かせてくれないか? その腹案を」

 私は、牛乳をごくりと飲んで喉を潤し、私の案を言う。

「ブルジョワジーに、利益と名誉を与える」

「ほほう?」

 ペロは、心底楽しそうに笑う。

「例えば、道路や橋等のインフラに、一定以上の資金を出させた組織や人に、その道路や橋の『愛称の命名権』を与える」

「他には?」

「例えば、奨学金。奨学金の受給条件として、その学校を卒業した後、奨学金を出した企業への就職を約束させる」

「面白いが……」

「他にもある」

 発言しかけたペロの言葉を遮り、私は続ける。

「老齢年金を企業に負担させれば、労働者がその企業に忠誠心を持つ。保険制度を普及させれば、結果的に企業が支払うお金が減ることを数学的に説明する。そして、企業の収入に応じた税を負担させ、その資金で福祉制度を充実させ、そのことを公開することで企業に社会を支えているという自覚を持たせる」

 それらを手段として。

「ノブレス・オブリージュの精神を浸透させる」

「『高貴さは義務を強制する』。フランソワ=ガストン・ド・レビの言葉だな」

「ええ」

 だけれど、私の案にも問題があることも分かっていて。それをペロは指摘してきた。

「ブルジョワジーに社会奉仕の義務を課したいのは理解出来た。だがノブレス・オブリージュは本来法的な拘束力を持たない、社会規範的なものだ。それを税等にすれば、社会規範ではなく法になる。それでは、ノブレス・オブリージュ本来の意義では無くなるぞ?」

 でも、そんなことは問題になり得ない。

「問題ない」

 だって。

「この世界に、ノブレス・オブリージュの精神を持った人が、どこにいます?」

 ノブレス・オブリージュは既に死んだ概念だ。死んだからこそ、ペロを始めとする革命家達が立ち上がった、とも言える。

「……その通りだな」

 ペロはそう肯定する。

「ノブレス・オブリージュの精神は理想だ。だが、理想が実現できていたなら、我々が革命を起こす必要も無かった」

「ですね」

「つまり君は、初めは法で強制することで、ノブレス・オブリージュの精神を浸透させるつもりなのだな?」

「それが私の『腹案』よ」

「なるほど」

 トン、トン、とペロは右人差し指で机を小突く。

 しばし沈黙した後、ペロはこう言った。

「君は、間違っても我々の同志にはならない」

 私は、彼ら社会主義者の仲間入りは目指していないので、ペロの言ったことは全くその通りだった。

 だけれど、続いた言葉に驚く。

「だが、君の思想は、捨てるには勿体無い。協力させてくれ」

「……いいの?」

 思いもしない言葉に聞き返す。私は、彼らの言うところのブルジョワジーだ。そんな私と、革命家である彼が協力する。私はともかくとして、彼の評判に響かないか、気になった。

「ああ、良いとも」

 だけれどペロは、鷹揚に頷く。

「君が研究者である限り、君は同志にならないだろう。だが、」

 ペロは、断言した。


「この世界に絶望した時、君は同志となる」


「絶望なんてしないよ」

 反射的に、そう言い切っていた。

「絶望するには、世界は優し過ぎる」

 そう取り繕うと、ペロは、私の目の奥を覗き込むように見つめてくる。私も負けじと、ペロの目を見る。楽しそうだと思っていたのは、どうも偽装だと、ようやく気付いた。

「……そうか」

 ぽつり、と、ペロは言った。

「それは残念だ。だが、私は諦めないぞ」

「絶望云々については諦めて欲しいかなー?」

 苦笑して、強い視線をかわす。

「では、攻め方を変えよう。君の腹案を、修正しようか。君の案は、少し正直過ぎる」

「それは助かります」

 私は頭を下げる。

 そこから私とペロは、私の出した案を現実的なものにすべく話し合った。


(悪いね、ペロ)

 貴方は、絶望したら、と言ったけどさ。

(とうの昔に、私はこの世界に絶望しきっているんだよ……)

 だから今更改めて絶望なんて、しようがないんだ。

(利用させてもらうよ)

 ペロとその仲間達のネットワークと人々を扇動する知識。それを私は、彼らから貰おう。場合によっては奪おう。

 そういう考えを抱ける自分が、嫌だった。

何故革命家が出てきたのか、伏線が分からなかった人用のヒント。


1:ドゥーチェ、ことベニート・ムッソリーニは元々社会主義者

2:この時代の社会主義者は独自のネットワークで繋がっている

3:主人公の研究で助かる人や投資先は、所謂プロレタリアート


このヒントを頭に入れて、イタリア関係の部分を読み直すと、違った感想を抱ける、かも?

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