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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
55/70

革命家に失望する1

《千九百二十九年八月三十日 イタリア ローマ》


 エチオピア国王さんは、イタリアと追加の協定を幾つか結んだ後、エチオピアに帰っていった。

 私はというと。イタリア領リビアの防砂林や用水路を指導したり。新技術を使ったオレンジジュース工場を視察したり。オレンジ航空燃料のデータを解析したり。と、忙しい日々を送っていた。


「『嘆きの壁の惨劇を忘れるな』、ねえ……」

 息抜きに、ローマのオープンカフェで新聞を読みつつ牛乳を飲む。エチオピア産のコーヒー豆がイタリアと直接的にやり取りされるようになったとかで、コーヒーが少し安くなったらしい。それでも利益は増えたようで、ここのマスターにしきりにコーヒーを勧められた。苦くて苦手なんだよねコーヒー。

 それはさておき。

 中東の惨状を文字越しに見ていると、目の前の席に男の人が座ろうとした。

「相席、よろしいか?」

 そうフランス語で尋ねられる。

「どうぞー」

 研究所と日本とイタリアの護衛が安全だと判断したのだろう、と判断して許可を出す。男はコーヒーを注文し、届いたコーヒーを一口飲む。

 そのコーヒーカップを置くと、唐突に私に話しかけた。

「ドゥーチェからの紹介だ」

「……へぇ」

 ということは、お願いしていた人かな? 前世の知識から判断すると、彼は祖国から追放された辺りの筈。ドゥーチェなら彼ともコネがあると思っていたけれど、まさかこんなに早く会えることになるなんて。

(人に恵まれてるなあ)

 心底そう思う。例外もいるけれど、今世は良い人との出会いが多い。

「貴方が、ツァーリの対抗馬?」

「残念ながら、負けたがな」

 そう言う男には、どこか清々した感じがあった。

「だが、革命の精神は死んでいない」

 でも、その視線は鋭く、力に溢れたものだ。

(これは期待出来そう?)

 新聞を畳んで脇に置き、牛乳をひと口飲んでから、私は男の方を向く。

「そうね。まだ貴方達の革命は半ばの筈よ」

「そうだ、半ばだ」

 沈黙が広がる。お互い、どう相手を探るべきか、悩んでいることに、お互い気付いていた。

 先に口を開いたのは、私の方だった。

「私は人の名前を覚えられないのですが、何とお呼びすれば?」

「では、『ペロ』で」

 ペロ、ロシア語で『文筆家』、か。史実を知る私としては、彼らしいあだ名だと感じる。

「ではペロ。私のことは『所長』と呼んでください」

「分かった、所長」

 これでようやく、話をする前提条件が揃った。

 先に口を開いたのは私なのに、先手を取ったのは、ペロの方だった。

「同志から、所長のことは聞いている」

「というと?」

「何でも、『ブルジョワジーらしくないブルジョワジー』だと」

 何だか言葉遊びみたいだ。

「ほほう。その心は?」

「『ブルジョワジーらしく稼ぎに稼いでいるが、そうなったのはプロレタリアートの生活を向上させた結果に過ぎず。また稼いだ資金をプロレタリアートに投資している』と同志は言っていたな。『控えめに言って理解出来ない人物』とも。『狂人』と評した同志もいたな」

「なるほど」

 面白い評価だと思う。同時に、自分を客観的に見た評価は中々得られないので、ありがたいことだ、とも。

「で、貴方から見た私は?」

「それを判断しに来た」

 ペロはそう言って、本題に入る。

「イタリアの同志から、君が社会主義的な悩みを抱えていると聞いた。どういう悩みか、聞かせてくれ」

 流石ドゥーチェ。言葉のチョイスが上手い。

「金持ちに、社会基盤を改善させるお金を払わせたいの。君達の表現なら、ブルジョワジーから、プロレタリアートの生活を改善する金を出させたいのよ」

「ほう?」

 ペロは面白そうに笑う。

「君は研究者だろう? なのに、そんな政治的な悩みを?」

「ええ」

 そういうことにしておく。本当は、日本政府直々に相談されたことだけれど。

 では、そんな相談を、何故この社会主義革命家に相談しているのかというと、社会主義は不完全だけれど、資本主義も民主主義も未完成だからだ。分かりやすく言い換えると、日本に社会主義、資本主義、民主主義の『良いとこ取り』をさせるためだ。

 そして、この時代の社会主義者の『レベル』を見極めるためでもある。一応日本政府の許可も取っているし、問題は無い。

「研究者なら、技術的な解決を図るべきだろう?」

「それに限界があるのは分かってるからねえ」

 確かに私は、技術をもって日本の社会基盤の産業やインフラの改善を図っている。だけれど、技術を使うのは人間なので、それに限界があることも知っていた。

「なるほど」

 トン、トン、とペロは右手の人差し指で机を小突く。

「君の悩みは、多くの同志が通過した道だ。そして、解決出来なかった道でもある」

 それは前世の知識から知っている。

「結局、暴力でしか解決出来ない悩みだ」

 君達は暴力でしか解決しようとしなかったのだ。

「何故?」

「ブルジョワジーは、自分のためにしか資本を使いたがらないからだ」

「なら、ブルジョワジーとプロレタリアートの利益が一致している場合は?」

「そんなものはあり得ない」

「そっか……」

 この程度なのか。社会主義の大御所が、この程度なのか。

「君には失望したよ」

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