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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
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シチリア オレンジ航空燃料と私の野望

《千九百二十九年七月十五日 イタリア パレルモ港》


 世界中に『オレンジジュースの美味しい長期保存法』開発成功のニュースが出回る中、私はそのニュースの影に隠れてしまったとある実験をヨーロッパで再現すべく、ここシチリア島はパレルモまでやって来た。

「しかし、本当に上手くいくのか?」

 来賓として招かれたエチオピア国王さんが不安そうに言う。

「日本では成功していますし、大丈夫ですよ」

「貴女がそう言うのならそうなのだろうが……」

 と話をしているところに、イタリアのドゥーチェがやって来る。

「どうも、信州研究所の所長。言われた通りの準備はさせておいたぞ」

「ありがとうございます」

 頭を下げ、上げると、ドゥーチェも固い表情を不安げに歪めていた。

「不安ですか?」

「それもそうだろう?『オレンジの皮から作った航空燃料』等、狂言かお伽噺の類だぞ?」

「エンジンは回りましたよね?」

「それは、そうだが……」

 証拠を上げても、ドゥーチェは不安そうだ。

「大丈夫ですよ」

 私はそう断言する。

「類似の成分である『松根テレビン油』での実験は、日本では成功しました。オレンジの皮から取り出す成分こそ、単環式モノテルペンのリモネンですが、それを触媒で色々して複環式モノテルペンのピネンに変えてた上で調整しています。このピネンは松根テレビン油の主成分ですので、まず間違いなくこの実験は成功します」

「何を言っているのかさっぱり分からんが、君がこの実験に自信を持っていることは分かった」

「ええ」

 とは言うものの、前世の世界で造られた『松根テレビン油』、通称『松根油』は航空ガソリンと混ぜて使われたという説が強かった。それがこの世界では、私という『ズル』があるものの、純テレビン油を加工しただけのもので、飛行機が飛んだ。中々信じられない話だ。

 なので本音としては、そんなに自信は無かったりする。


 準備が出来た飛行艇が、エンジンを回し始めるのを固唾を飲んで見守る。

 アエロナウティカ・マッキ社の造ったM.18が選ばれたのは、イタリア空軍が実戦配備している飛行機の中で、扱い易さと、壊れてもイタリア空軍的に困らないという事情。そして私達信州研究所側からの要求スペックを満たしていたからだ。

 まず、エンジンが本格的に回り出したところで歓声が上がり、水上を走り出したことでまた歓声が上がる。そして。


「……飛んだ」


 ワーレン・トラスの複翼が風を掴み、木と羽布のオレンジ色の機体が空に浮かぶ。

「ブラーヴォオオオオ!!」

「メラヴィリオーゾオオオオ!!」

 驚きと歓喜の声が上がる。地元のオレンジ農家の人達が、抱き合って泣いている。

「所長! よく! よくやってくれた!! ありがとう!」

「流石だ所長!」

 感涙するドゥーチェとエチオピア国王さんに抱き付かれ、困惑しつつも笑顔で抱きしめ返す。

「ええ、やりました!」

 だってこれは、ただバイオ燃料で飛行機が飛んだ訳ではないのだ。地元の人達が、丹精込めて育てたオレンジで、飛行機が飛んだのだ。イタリアの発展に置いていかれている人達の誇りであるオレンジで、飛んだのだ。この喜びようも当然と言える。エチオピア国王さんが喜んだ理由はよく分からないけれど。


 歓喜の渦の中に、オレンジ色の機体が戻って来る。

 複座から降りた二人のパイロットは、途端集まっていた人々に揉みくちゃにされる。

 それに混ざりたそうにしているドゥーチェを横目に、パイロットから待機していた兵士に手渡されたチェック項目の紙がようやく私に渡されたので、それを見る。

「ふむふむ……」

 概ね良好、と。ただ、激しい動きをすると僅かにエンジンが不調になった、と。

「となると、輸送機か爆撃機にしか使えない、か」

 それでも革新的だけれど。

(札が揃ってきた)

 内心で喜ぶ。実は、私がしてきた、している研究は、日本の産業経済の基礎体力を付けさせるだけのものでは無い。それらは通過点で、狙いは『太平洋戦争の回避』だ。

 太平洋戦争の引き金となった『ハル・ノート』と、粗鋼や石油、航空燃料等の貿易規制。

 これらの対策が『技術の売り込み』に『金属再結晶化施設』、『培養ディーゼル』、そして『テレビン油航空燃料』だ。これらの技術と中小国相手の技術協定を切っ掛けにした、貿易協定。これが揃えば、日本は自立してやっていける。アメリカに頼らないでも、やっていける。

(太平洋戦争なんて引き起こさせない)

 これが、私の『手札』だ。信州研究所がある限り、この手札はこれからもっと増やせる。

(WASPの国、企業の国アメリカ。悪いけど、お前達の思い通りになんてさせないよ!)

 前世の世界は、全ての国がアメリカの顔色を伺っていた息苦しい世界だった。自由の名の下、武力と経済力に抑圧された世界だった。


 けれど、そうはさせない。


 不自由なんて御免だ。暴力なんて、振るわせない。富を集中させるなんてこと、引き起こさせない。

「ありがとう! 所長!」

「こちらこそ、私達を信じてくれてありがとうございます」

 能天気に喜ぶドゥーチェに返事をしつつ、私は私の野望の下準備が整いつつあることを喜んだ。

「我らがドゥーチェ! そしてシンシュー研究所の所長!」

 パイロット達が、ようやく私達の前にやって来た。

「どうだった?」

「それがですね……」

 二人のパイロットは顔を見合せ、押し黙る。それにつられて、一同は黙り込む。

(え何……?)

 不安に思っていると、操縦士の方が吹き出しながら言う。

「飛んでたら仄かにオレンジの匂いがするんで! 喉が乾きましたよ!」

 少し呆けた後、私達は一斉に笑う。

「ハハハハ! どうにかならんか所長!」

「ハハハ! 匂いは我慢してくださいよ!」

「ハッハッハッハッ! ならウチのオレンジジュース飲むかい?」

 和気藹々とした雰囲気に、私の薄暗い感傷はどこかに消えていった。

『オレンジ航空燃料が、私の野望を乗せて飛んだ』

こんな感じの題にするか悩みましたが、長いのでカット

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