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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
51/70

番外編 ハイレ・セラシエの勉強会?

 不思議な少女だ。ハイレ・セラシエは、何度目かの、変わった晩餐会の主賓、ウメコ・ナガノを見ながら思う。

「この酸味がいいですね」

 モッキュモッキュとコチョのパンを食べるナガノは、かなり嬉しそうだ。

「だろう?」

 そう喜ばれると、ハイレ・セラシエも嬉しく感じる。

 コチョは、ヨーロッパ人からはゲテモノ食い扱いされるため、こうして晩餐会に出したことは無い。テフから作るインジェラの方は形だけは喜ばれるのだが、テフは元々アムハラ人の食べ物なので、国内では良く思わない人も多いのだ。

 コチョは『土の中でエンセーテの芋や茎のデンプンを発酵させる』ことで作る。そのためにゲテモノ扱いされるのだが、何が悪いのか。コチョは日常的に食べられるとはいえ、手間隙かけて作るご馳走で、その上旨いのに。エチオピアで外交に携わったことのある人々の疑問だ。

「よーく見とけよ?」

 そんな、我々の普段の食事を喜んでくれるナガノに、ハイレ・セラシエはとっておきのコチョの食べ方を教える。

 クトゥフォ(牛肉を刻み、香辛料で味付けしたもの)のゲバヤロ(よく火を通したもの)をコチョのパンで挟み、食べる。これがまた、肉の脂とよくあって旨いのだ。

「……あそれインジェラでも同じ食べ方した! 絶対美味しい!」

 ナガノは満面の笑みを浮かべて、バナナの葉の上のクトゥフォを千切ったコチョのパンで挟み、食べる。

「~~~~!?!? すっごく美味しい!」

「だろう?」

 ハイレ・セラシエもにっこりと笑う。彼の妻のメネン・アスファウもニコニコ笑顔を浮かべている。外国の人、それも要人に、自分の国の料理を喜んでもらえる。王として、いちエチオピア人として、こんなに嬉しいことは無いだろう。

 食事を終え、一同コーヒーで(ナガノはコーヒーに牛乳を加えたもので)一服している時、ある疑問を抑えきれなくなったハイレ・セラシエはナガノにそれをぶつけることにした。

「所長よ、本当に良かったのか?」

「んく……。何がですか?」

 飲んでいたコーヒー牛乳を机に置き、ナガノは尋ね返す。

「晩餐会の食事だ。新鮮なヤギの肝臓等、もっとご馳走も用意出来るぞ?」

「蜂蜜をたっぷりかけたナミャファ(固いヨーグルト)も出せますよ?」

 ハイレ・セラシエとアスファウの例えに、ナガノは「それは惹かれますけど」と前置きした上で答える。

「一応これもお仕事ですので」

 仕事なら、歓待を受けるべきだとハイレ・セラシエは思う。豪華な料理は、その国の国力と伝統を知ることが出来るからだ。

「どういうことだ?」

 だから、ナガノの言い分をハイレ・セラシエは理解出来ず、そう尋ねた。

「私は、『民間で普通に食べられている食事を食べたい』とお願いしました」

「だな」

「そして、一般的な食事からは、その国の産業の特性や問題が伺えるのです」

「ほほう」

 ハイレ・セラシエには、そういった視点が無かった。その視点が使えるようなら、是非とも欲しかった。

 そしてナガノには、そういった思考法を投げ売りする特徴があった。

「例えば、貴国の食事ですが、確実に牛肉か牛乳から作られたものが含まれます。このことから、牛の畜産業が盛んだと分かります」

 事実エチオピアでは、牛の畜産が盛んだった。だが、ナガノには『畜産が』盛んとは伝えたものの、『牛の』畜産が盛んとは伝えていない。信頼する近衛兵をナガノに付けているから間違いない。

(この程度なら、見抜かれて当然か)

 ハイレ・セラシエはそう思う。だが次の説明に、度肝を抜かれることになる。

「そして食事に牛肉が確実に含まれる、ということから、この辺りの主食であるテフやエンセーテには、タンパク質、身体の肉を造るのに必要な物質が不足していることが分かります」

 ナガノの語ったことは、エチオピアの長老達が、経験的にしか知らないことだった。それをあっさり見抜いた。

 ハイレ・セラシエはうすら寒いものすら感じつつも、この思考法が有用だと確信し、ナガノの話を止めない。

「人間が生きていくには、食事の中に、大雑把に言って、エネルギーになるもの、肉を造るもの、体調を整えるものが絶対必要です。だから畜産を辞めることは出来ない。それが、貴国の産業化の枷になります」

「というと?」

「畜産には広大な土地が必要だからです。ですが貴国は高低差が激しかったり、乾燥し過ぎていたりと畜産に向いた土地は少なく。おまけに、それらの土地は工場を建てるのに向いた土地でもあるのです」

 ……流石、天才と言われるだけのことはある。ハイレ・セラシエはそう感心する。この事実を理解しないエチオピア人は多い。なのに、ナガノは少しの視察と知識だけでその事実に気付いた。

「では、どうするのが良いと思う?」

 だから、ハイレ・セラシエは彼女がこの難題にどういった解答を出すのか、気になった。

「造成するのが手っ取り早いですが、これはお金がかかり過ぎますからね。簡単なのは、それぞれの村や街に、小さな工場を建てることだと思います」

 小さな工場をあちらこちらに建てる。ハイレ・セラシエには、それは効率が悪いように思えた。

「……続けて?」

「はい。私が見て回った限り、貴国の村々は、川や谷に分断されているため、風習や特産品が異なっていました。これらの特産品に特化した工場を建てさせれば、輸送コストを削減出来ますし、何より自分の故郷に誇りを持つことが出来ます」

「誇りは大切だな」

 自分の住んでいる場所に誇りを持っていたからこそ、エチオピアはイタリアに勝てたのだ。故郷に対する誇り、愛郷心を持たせることは、エチオピアの国是とも言えた。

「そして、川のあるところには、『微小水力発電所』を建てることで、送電ロスも減らせます」

「『微小水力発電所』?」

「分かりやすく言うと、水車です」

「なるほど」

 村々で発電所があるならば、送電線を通すのに必要なコストも減らせる。技術者のナガノらしい答えだった。

「大工場を建てるよりはコストはかかりますが、私ならこうします」

「よく考えられた案だな。検討しよう」

 ハイレ・セラシエはリップサービスを二割程込めて言うと、ナガノは「技術面での協力はしますよ?」と言った。

「それは助かる」

 ナガノという、農民階級出身者が、我が国に技術と資金を援助している。その事実だけで、エチオピアの権威主義者や階級差別者達を揺さぶることが出来て助かっているのに。この上更に助けようとは。しかも利益は投資と見合わない分しか得られないのに、

 やはり、不思議な少女だ。ハイレ・セラシエは、内心でナガノを評した。

エンセーテ:バナナと同じバショウ科の植物。若い葉や茎は野菜として、茎のデンプンや根茎は主食として食べられる。なお実は生らない。

古い葉は繊維として使え、捨てるところがあんまり無い植物。



ハイレ・セラシエ。

独裁者だったり、身分制を維持したり、飢餓を悪化させたりと悪名高い人ですが、調べてみるとそれも仕方ない気がします。

エチオピアの宗教、文化的に身分制を維持した独裁者でないとまともに国家経営出来ませんし。今も身分制は国民の意識の中で残っていて、独裁者並の権力が無いとまともに改革も出来ない国ですし。

飢餓が起きたのは、『弱みを見せると国が滅ぶ』時代が終わったことに気付けなかったせいだと思います。史実だと一回滅ぼされているから、余計そうだったのでしょう。

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