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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
48/70

その頃のイギリス

 イギリス政府は、大混乱に陥っていた。

 外務大臣の辞任騒ぎは、植民地省にも飛び火し。官僚の多くが左遷されるか首を切られ、政治家も、与野党を問わず何人か失脚していた。

「それもこれも、ウメコ・ナガノが悪い」

 大勢の議員がそんな発言をしていた。大蔵大臣のウィンストン・チャーチルに至っては、「劣等人種の女、それも子供にしてやられるとは!」と唾を飛ばして激怒する程だ。

 しかし、首相であるスタンリー・ボールドウィンはそうは思わなかった。

「付け込まれる隙を作るとは。オースティンも老いたな」

 ロカルノ条約を纏め、ノーベル平和賞も貰ったこともあるオースティン・チェンバレンだが。元々オースティンはイギリス至上主義ともいえる主張の持ち主で、イングランド人以外を格下に見ているところがあった。インド大臣を務めたことがあるというのに!

 スタンリーとしては、『ドバイ演説事件』については、完全に、石油安定供給協定を纏めたオースティンの、イングランド人以外をなめてかかったせいでの失態だと思っているし、その点を肯定しない議員は、与野党を問わずいなかった。

 だが、『隙を作ったオースティンが一番悪い』と考える大勢の議員と違い、スタンリー個人は『隙を作らせたナガノと日本、イタリアが上手でもあった』と考えていた。石油関連の技術での支援も、新たな産業への支援も、イタリアと日本が主体となって言い出したことであり。また『ナイル流域水行政改革』の発案はナガノだ。

 その『罠』を踏み抜いた、オースティンは確かに悪い。悪いが、踏み抜くように『罠』を仕掛けた彼らも上手なのだ。その事実を認めなければ。イギリスは、再び『罠』を踏み抜くことになる。

「だがなあ……」

 スタンリーはため息をつく。

「……どうすれば良いのだ?」

 打つ手が見つからなかったからだ。

 スタンリーは、そんなに政治が上手い政治家では無かった。こと国内政治に至っては、ウィンストン・チャーチルや、オースティンの異母弟のネヴィル・チェンバレンに頼っている程だ。

 そんな彼ひとりが『イタリアや日本に警戒しろ』と言ったところで、説得力が無いことを、スタンリーはよく分かっていた。

「どうすれば、と言えば、中東も、だな」

 これまで、氏族や宗教の派閥の違いを利用して、イギリスがちょっと口を出すことで安定しないようにしていた中東が、安定してきていた。

 イギリスとしては、中東地域は不安定で、イギリスに逆らってもすぐに叩き潰せる状況が望ましいものだった。その状況を、いつまでも維持したかった。その思惑を、ナガノは台無しにした。

「『地上に楽園を』か……」

 何とも夢のある話だ、とスタンリーは思う。子供でなければ、言い出せない話だ。だが、ナガノは確かに子供で。それでいて信仰でも、社会システムでもなく、技術という知識さえあれば誰でも扱えるもので、それを現実のものにしようとしている。

「まさかそうだとは……」

 今までイギリスは、持てる全ての諜報機関と分析機関で、ナガノの行動原理を探ってきていた。それらによると『親の愛情に飢えている』と出ていたのだが。

「『事実は小説より奇なり』、か」

 欺瞞なのかもしれない。リップサービスなのかもしれない。だが、このままでは、ナガノの手により、中東に『楽園』……、まではいかなくとも、人々がそれなりに生活出来る環境が整ってしまう。そしてそれを、中東の人々は知ってしまった。

 こうなれば、止まらない。中東の人々は、『楽園』を造るべく努力を始めた。紛争を止め。経済協定を結び。文化交流を始め。そしてそれを、イスラム教徒とだけではなく、トルコ等に住むキリスト教徒とも実行し始めた。

 流れ出した大河の水は止められないのだ。

 そして、厄介なことに、ナガノは、その流れに乗る乗り方を、丁寧に説明していた。

「とりあえず、『ナイル流域水行政改革』を成功させるか」

 採掘技術や新たな産業への支援。それをすれば、中東の人々だって、イギリスを無下に出来なくなる。そうなれば、たとえイギリスが彼らの支配者でなくなったとしても、影響力を残すことが出来る。実に紳士らしいやり方だ。

 議会は揉めるだろう。だが、既に始めてしまったものを妨害することは難しい。最低、ナイル流域水行政改革は成功させれば、中東の人々に十分な恩を売れる。そう、スタンリーは考えた。

 ナガノの件に結論が出たところで、スタンリーの頭の中に別の問題が湧き出した。

「中米も問題だったな……」

 開拓者共の末裔の内輪もめで、中米が荒れていた。

「最後までやり切ってから内輪もめをしろ」

 スタンリーは愚痴を口にする。

 開拓者共の末裔は、中米を自分達のテリトリーにするべく、経済的、軍事的に侵略を行っていたのだが。その先兵役だったユナイテッド・フルーツ社を、他の企業群がよってたかって潰したのだ。その原因はナガノの発明したバガス紙とバナナ紙だというのが、実に開拓者共の末裔らしい馬鹿馬鹿しさだ。

 ともかく、結果的に、中米は経済的に混乱し。治安も悪化している。

 メキシコにはピアソンを始めとしたイギリス資本が投資されており、ジャマイカ等イギリスの植民地も、中米にはある。あまり荒れてもらっては、イギリス的には困るのだ。

「……仕方ない、食うか」

 なら、イギリスが中米を支配するしかない。丁度、ナガノらの信州研究所が、アメリカの火種となる研究をしているところだ。

「……まさかな」

 スタンリーは、浮かんだ思考を頭を振ることでかき消す。

(中東の代わりに他人の所有物である中米を差し出すとは。ナガノはやり手か?)

 勿論、それは勘違いなのだが。スタンリーが知るはずも無かった。

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