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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
40/70

諸国外遊の説得

《千九百二十九年二月十一日 信州研究所》


「所長、考え直せ」

 第一研究室室長が、怒った表情で言う。

「やめよ?」

 第二研究室室長が、不安な表情で言う。

「反対です」

 第三研究室室長が、固い表情で言う。

「私も反対よ」

 第四研究室室長が、心配している表情で言う。

「……理由を聞かせてください」

 第五研究室室長だけが、頭から反対することをしなかった。

「そうね。だけれどまず、」

 私は肩を落として言う。

「お風呂入らせて?」

 だって、空は暗くなってきていて。私は信州研究所に帰って来たばかりなのだから。




 女子寮の風呂から上がると、研究員の女の子達に連行されるように研究所の会議室に連れて行かれて。そこで待っている室長達を前に、私は疲労から来るあくびをかみ殺して椅子に座る。

「……それで、私が色々な国を見て回るのに、皆は反対なのね?」

 五人は、強く頷く。

「所長の動向は世界中から注目されてるわ。良い意味でも、悪い意味でも、ね。誘拐されたり、暗殺されたりするかもしれないから、私は反対」

 第四研究室室長は危険性を指摘する。

 アメリカやイギリスの研究者の心を折ったり、産油国の利権に食い込んだりと、好き放題やっているので、恨みは買いに買っている。暗殺される、という危険性は十二分にあった。

「シャムやエチオピアにも行くんだろ? 病気にかかるぞ?」

 第一研究室室長は衛生面の指摘をする。

 シャムでは木酢液薬品の製造が始まっているし、日本国内では抗生物質の臨床試験が行われている。だけれど、この時代の衛生観念は未発達だ。出先で病気には、間違いなくかかるだろう。

「ただでさえ研究が停滞しているのに、ここで所長に抜けられるのは辛いです」

 第三研究室室長は研究上の問題を言った。

 現在、信州研究所の研究の多くは、停滞していた。お陰で、私が口出しをすることが増えている。

「……じゃあ、理由、言ってもいい?」

「早く言ってください」

 第五研究室室長に急かされるのに苦笑し、私は、世界を見に行く最大の理由を口にした。

「『研究の先には、人がいる』。そのことを、忘れかけているから、行くの」

「……どゆこと?」

 皆が怪訝な表情を浮かべる中、第二研究室室長が素直に疑問を言葉にする。

「所長、ちゃんと皆のこと考えてるよ?」

「うん。日本人については、ね」

 これから口にすることは、研究者としてとても恥ずかしいことだ。

「私の、私達の研究は、日本人だけじゃなくて、世界の人々の生活も変えてしまう。そのことを、もっとちゃんと考えないといけないと思うの」

 第一と第四の室長以外は、「何を言っているんだこいつは」という視線を向けてくる。

 この時代は、自分の国や地域、民族のこと『しか』考えないのが当たり前のことだ。そんな中では、私のこの考えは、中々理解して貰えない。第一と第四の室長に理解して貰えたのは、むしろ恵まれていると言える。

「こう言うと分かるかな? これからも研究費を稼ぐには、世界の人々が欲しがるものを知っていた方が良い」

 私の意見を拡大解釈してねじ曲げたものを言うと、何となく分かったように、皆は頷いた。

 それを切なく思いつつ、次の理由を。普通ならこっちが最大の理由になることを言う。

「それに、イギリスとアメリカが、信州研究所を凄い警戒してる。それを解かないと、確実に研究への妨害が激しくなるの」

「…………それは……マズいな……」

 皆が絶句する中、第一研究室室長がなんとか言葉を絞り出した。

 抗生物質の裁判の後、気になって何度か省庁や財閥に尋ねたところ、五度目位の質問で、外務省が折れてから、色々教えてくれた。培養ディーゼルや金属再結晶化施設が本格運用されだしたあたりから、信州研究所へ政治的な妨害を行おうと、水面下でイギリスが動き回っていた、とのこと。

 ナイル流域水行政改革の計画を立ち上げてから、イギリスの動きは低調になったものの、まだアメリカが頑張っているそうで。

「ここらへんで手打ちにしたと取られる行動を取った方が良い、って、外務省に内務省、三井、住友財閥から言われてね」

「実質命令?」

「省庁から言われた訳ですから、ほとんど命令ですね」

 第二と第三の室長が、私の言葉を受けてやり取りをする。

「そういう訳で、研究を遅らせる必要があってね。自分で言うのも嫌なんだけど、私がいると研究は進んでしまうからね」

「研究『は』?」

 第三研究室室長が気になった点を口にした。

「うん、研究『は』」

 私は、顕在化しつつある問題を、研究員達が目をそらしたり、気付けていない問題を指摘した。

「研究ばかり進んで、民間の技術が追い着いていない現状はよろしくないからね」

 研究は、確かに凄い進歩している。だけれど、研究により生み出された技術を扱えるだけの技術者がいなければ、理解出来る知識人がいなければ。技術は変な方向に使われたり、そもそも使われなかったりする。

 倫理観ががらりと変わってしまうような研究、例えばクローニングなんかの研究は避けているけれど、この技術者の育っていない現状はあまり良くない。どこかのタイミングで研究を減速させて、一般の技術者が私達の研究を扱えるまで育つのを、待つ必要があった。

 苦々しい表情を浮かべる皆に、私は言う。

「そろそろ技術指導に本腰入れないと、大規模な実験も出来なくなるよ?」

 沈黙が広がる。

 各々が私の言葉を消化するのを待つ中、一番に納得したのは、第四研究室室長だった。

「……はぁ」

 彼女のため息が響く。

「分かったわ。海外、行ってらっしゃい?」

 ほっとしていると、「ただし!」と条件を付けられる。

「営業もしてくること。分かった?」

「はい!」

 元気良く返事をすると、第三研究室室長が言う。

「シャムに持って行って欲しい技術もありますし、丁度良いかもしれませんね。行ってきてください」

 第五研究室室長が言う。

「正直、一般の技術者に育って貰わないと、研究が厳しいところなんですよ。助かります」

 第二研究室室長が言う。

「頑張れ。私達も頑張る」

 第一研究室室長が不安そうに言う。

「しんどいと思ったら、帰って来い。約束だ」

「うん、約束する」

 こうして、私の海外行きは許された。

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