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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
35/70

女子会にて、遭遇

《千九百二十八年十一月十一日 信州研究所》


 今上天皇陛下が即位された翌日。

「赤ちゃんは時間関係無く泣くからね。ここは旦那も育児の為に休んでいい、ってんだから、しんどくなる前に旦那に育児手伝って貰うんだよ」

「旦那が役立たずならウチらが手伝うからね!」

 今日は日曜日の休日ということもあって、久々に信州研究所の女子の集い、『女子会』に参加出来た。

 今日のお題? 主題? は、『子育て』。お腹の大きくなってきた、例の第三研究室の研究員『新米ママ』に、職員のおばちゃん達が色々教えているのだ。

 信州研究所の人員は、研究担当の『研究員』と、雑務担当の『職員』に分かれている。職員のうち、食堂の調理師と廊下等の清掃員のほとんどは、研究員の関係者の親戚のおばちゃんで。

 彼女達がまたパワフルなのだ。今日私は寝坊したので、朝食やら歯磨きやらを適当に済ませ、慌てて第五研究室の皆から送られた白いワンピースを着て女子会に来たら、『髪!』と一喝されて櫛で髪を梳かされ。丁寧に櫛を入れられ、サラサラになると、パパッと三つ編みのお下げにされた。

「私って、女子力低すぎ……!?」

「女子力が何か分からんけど、多分そうさね」

 そう返されて落ち込んだり。

「そういえば、胎教はやってるさね?」

 茶髪なおばちゃんが、この時代らしいことを言う。

 この時代の胎教、というのは、お腹の中の子供に絵本を読み聞かせたり、音楽を聞かせることで、生まれる前から子供に英才教育を施す、というものだ。

 だけれど、お腹の中の子供には、お母さんのお腹という壁に阻まれて音なんてまともに聞こえていないし。そもそも二十から二十五週までは胎児に聴覚や視覚はまともに無い。

 だからと言って、『胎教は効果が無い』なんて言えないのが、胎教の面白いところで。音楽を聞いたり、絵本を読み聞かせたりと、胎児に良いとされる行動を取ったお母さんの精神は安定するので、安産になりやすい、とか、流産の確率が減る、とかいう効果があったとする論文が、前世ではあった。統計データが少ないように感じられたけれど。

「とりあえず、絵本の読み聞かせだったり、子守歌を歌ったりはしています」

 新米ママは、幸せ一杯といった様子で言う。

「いいねえ!」

「数え歌はどうかしら?」

「クラシックのレコードがあるから、貸そうか?」

 わいのわいのと盛り上がる中、私は所長として言わないといけないことを言っておく。

「もししんどかったら、休んでいいからね? 今は赤ちゃんが一番だから」

「ありがとう、所長」

 新米ママの笑顔は慈愛に溢れていて。

(すっかり『お母さん』だなあ)

 嬉しさと同時に、良く分からない寂しさを感じる。何だか上手く笑えないでいると。

「触ってみる?」

 新米ママはそう言った。

「まだ外からだと分からないかもしれないけれど、結構この子動いているのよ?」

「……いいの?」

「ええ」

 私は、おずおずと右手を伸ばし、ゆったりとした橙色のワンピースの下の、一目で分かる程膨らんできたお腹に触れる。

「……すごい張ってる。暖かい」

 両手で、慎重に撫でる。この中に次の命がいると思うと。何だか不思議な気持ちだった。

「……ありがと」

 お礼を言って、元いた位置に戻る。暖かい視線で見られているけれど、それが気にならない程、私は手に残る感覚に集中していた。

「……こうして見ると、所長も女の子よねえ」

「まだまだ子供だよね」

「天才でも、子供は子供さ」

 わいのわいのと盛り上がり、話は流れていく。

「ウチのガキなんて、所長より二歳も年上なのに字の読み書きすら出来ないでねえ。算数は出来るんだから、国語も勉強しろ、ってんだよ」

「私の子供は勉強嫌いで遊び呆けていたけど、所長のこと知ったら勉強始めたわ。女に負けられるか、ってさ」

「その発想で既に所長に負けてるわ」

 流れていく会話の中で、私は、気になる発言を耳にした。

「ち、ちょっと待って」

「何さね?」

「えーっと、清掃部長さんの子供、って、読み書き出来ないの?」

「何度も言わせないでよ気分悪い」

 彼女は、顔をしかめて答えた。その表情の中に恐怖の色が混じっていることに、私は気付きつつも無視する。

「その子に会わせてもらえる?」

「どしたの所長そんなに慌てて?」

 第二研究室の研究員の子が尋ねてくる。

「……ごめんなさい、冷静じゃなかった」

 ふうと息を吐き、怪訝な表情を浮かべる皆に言う。

「仕事の話になるんだけど、良い?」

「……良いけど、急ね」

 第四研究室室長が首をかしげる。

「うん。私もここで見つかるとは思ってなかったから」

「何に?」

「『ギフテッド』かもしれない人、じゃ通じないか。『特別な』障碍者に、ね」

「ウチの子を障碍者呼びは止めて欲しいわ」

「ごめん。でも私も障碍者だよ?」

 そう言うと、清掃部長は黙り込んだ。

 この時代。明治の辺りまではあまり差別されていなかった障碍者は、大正デモクラシーの歪みと第一次世界大戦の影響で、『生産性の低い人』『国の足を引っ張る役立たず』として差別が深刻化してきている。なので、清掃部長の反応は、まだ優しい方と言えた。

「知っての通り、私は人の顔と名前を覚えられない。その分発想力が凄いわけで」

「……つまり何かい? ウチの子は所長みたいな『天才』だと?」

「可能性はあるね」

 清掃部長は、目を大きく見開いた。

解説


 『大正デモクラシーによる歪み』というのが分かり難いので、解説を。


 大正デモクラシーというのは、人々が権利を勝ち取っていったものでした。

 同時に、差別を受ける方々が、差別を受けにくくなっていったものでもありました。女性の権利獲得や、部落問題等は、その代表です。

 結果として、一般の方達は、『差別する対象』を失っていきます。又、差別されていた人々も、差別する側に回れるようになります。

 そんな彼ら彼女らが見つけた新たな『差別する対象』が、西洋的価値観では『社会のゴミ』とされていた障碍者達だったのでは? と資料を漁った作者は思います。

 江戸、明治とは、今で言う『ギフテッド』としての扱いを受けていた障碍者達への迫害は、大正デモクラシーが盛んになり、人々が権利を獲得していった時節と面白い位に一致しています。

 これ以外にも、人々が『差別する対象』を探していた証拠は結構あります。興味のある方は調べてみてください。作者は気分が悪くなって途中で投げました。


 この、『差別対象探し』のことを、作中では『大正デモクラシーによる歪み』と表現しました。

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