稼ぎ過ぎた
《千九百二十八年六月二十一日 信州研究所》
「どうしよ……」
私は、頭を抱えていた。その隣では、第一研究室室長がニコニコしながら資料をめくっている。
「中東諸国がパニシエを追加で。イギリス、イタリア、オランダ、ポルトガルがフルータスとパニシエを。アメリカ、フランス、メキシコ、ベネズエラ、アルゼンチン、ブラジル、エクアドルがパニシエ。これ幾ら資金手に入ったんだ?」
第一研究室室長の疑問に、私は疲れ切った声で答える。
「…………国の支援が完全に切られて、財閥からのお金の支援もかなり削られる程度」
「……嘘だろ?」
「いや現実」
唖然とする第一研究室室長に、更に悪い報告をする。
「何なら、もっと研究にお金使わないと税金結構取られる」
「おおう……」
第一研究室室長も頭を抱えた。
「依頼があった分の資金援助は続くけど、全く新規の研究始めるのに、自腹でやらないといけないのは痛い……」
今まで私が好き勝手出来たのは、国や財閥から自由に使える研究費を貰っていたから、という面があるのは否めない。それが、今後は自分達で予算を確保するか、一回一回融資をお願いして回るかしないといけない。その融資のお願いだって、自由に使える予算である程度研究を先行させていたからこそ、貰えたものも多いだろう。
「三つ四つ位の研究が出来る積立はあるけど、それ以上は厳しいなあ……」
ぼやくと、第一研究室室長に呆れられた。
「普通はひとつの研究をするのにも融資をお願いするもんだが」
「……分かってるけど、ぼやきたくもなるよ」
ため息をつく。
(さっさと気分切り替えないとなあ)
こういうのは速度が大切だ。パチン、と両頬を叩いて気分を切り替え、考えを口にして整理する。
「今優先すべき研究は。オレンジジュースの長期保存、のお題目な殺菌技術の確立。これはイタリアと各県、農林省からの融資に工作機械を貰ってるから絶対」
ついでに、飢饉や食料品の価格の乱高下を抑えることに繫がっているので、個人的にも優先したい。
「次に、シャムで行われている『ゴム産業改革』関連の研究。ゴムノキ炭の火力発電所の研究は、木炭火力と化石燃料の火力発電所の技術の応用だからほぼ終わってる。籾殻発電機は完成して、ライセンス契約結んだ。シャムから要請があれば動くけど、今のところ無い。木酢液から殺菌剤、肥料を。木タールから虫下しを作る触媒の研究は終わってる」
木酢液と木タールの触媒は、国内向けの生産が追いついていないから、まだシャムに納品出来ていないらしいけれど、そこは財閥と外務省のお仕事だ。
「ユーグレナ関連の基礎技術は完成したから、後は使ってみて課題の洗い出し。化学繊維とか合成樹脂とかが発達すれば改良出来るけど、まだまだかかる」
ポリエチレンこそ、何とか大量生産が始まったものの、他の合成樹脂や化学繊維は商業化に時間がかかりそう。ここに手を出してもいいけれど、あんまり手を広げ過ぎて財閥や企業、外国の研究者の恨みを買い叩いて回るのは怖いので無しだ。
「陸軍とシャムから融資を受けている、ゴムの改良は……。そういや最近報告書上がってないなあ」
この後第四研究室室長に聞きにいこう。
「金属再結晶化技術は。スズ、亜鉛、コバルトが終わって。マンガン、タンタル、ウォルフラムをやってる最中」
タングステン、って、この時代ウォルフラムと名前が混在していて面倒臭い。この研究所の研究員はタングステン派が多いけれど。
「電線の改良は、ポリエチレンのお陰で一気に進んでるけど。銅の使用率が高すぎるからアルミ合金にしたいけど、アルミの生産量が少ないんだよなあ……」
各地の電力会社からの融資を受けて、主に第五研究室が行っている研究だ。真空管や半導体の研究に集中したいけれど、工作機械と鉄鋼等金属の精度の問題でヒーターやモーターを改良出来ないため、今は電線や変圧器の改良をお願いしている。
「精錬技術は積み重ねが大切だから下手に手出し出来ないしなあ」
他の研究でも、積み重ねが大切なのは当然だけれど、金属加工関連の技術はそれが顕著だ。幾ら機械が進歩したところで、それを扱う職人の意識や知識が間に合わないと、発展してくれない。今日本全国で工作機械の更新が行われている裏では、政府や企業が必死に職人への教育を施している最中なのに、ここに更に仕事を増やすことは出来ない。
「……せめて、アルミの精錬位は助言出すかあ」
そうでもしないと、私の研究が進まない。せめて、アルミ地金を国内で生産出来るようにならないと。次の大戦までに、カーボン素材やガラス繊維の生産が出来るようになるか怪しい以上、アルミの国内生産量を増やすことは急務だ。
(航空機の黎明期は木とアルミの世界だからなあ……)
アルミを造る会社が軌道に乗れば、次は航空機に口出し出来る。
「頑張るかあ」
そう呟くと、第一研究室室長に「程々にな」と苦笑された。
「分かってるって」
私は軽く返した。