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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
20/70

情熱家をヒモにする2

「仮に、オレンジジュースの保存技術が確立したとして」

 イタリア大使は、当然の疑問をぶつけてくる。

「それがアメリカで売れますかね? 彼の国では、既に大量の自国産オレンジが出回っていますよ?」

 この時代のアメリカでは、主にカリフォルニアやフロリダで収穫されたオレンジが、鉄道で大都市まで運ばれている。イタリアから船で運ばれたオレンジジュースが、アメリカ国内の鉄道で運ばれたオレンジと戦えるのか、というのは当然の疑問だった。

「実際、我が国のオレンジは、アメリカのオレンジに一度負けています」

 そのわざとらしい不安げな表情に、私はニンマリと笑って告げる。

「ええ、売れます」

 堂々と発言したのが良かったのか、イタリア大使は興味を持ってくれたようだ。

「その自信の理由は?」

「まず始めに、イタリアのオレンジの質はかなり良いです。事実、現在でも、高級なイタリア産オレンジはアメリカでも大人気ですし。その割に、イタリア産オレンジの生産にかかる費用はアメリカ産のものより安い。輸送経費や保存技術さえ確立出来れば、イタリア産のオレンジジュースはアメリカ産オレンジを駆逐することも可能かと」

「駆逐、は無理でしょうがね」

 イタリア大使は謙虚に答えた。

 外務省によると、イタリアでオレンジが栽培されているのは、イタリア半島南部やシチリア島の家や村単位の小規模農家だ。オレンジ以外の様々な作物も栽培している、という情報は蛇足として、この『家』『村』単位というのが肝で、それらの農家では帳簿が適当なのだ。

 給料何それ美味しいの? 個人財産? それってどこの貴族様? なんて経営形態なので、人件費が異常に安い。それは今の日本でも似ている状況だけれど、それは完全な別件として頭の隅に置いておく。

 村単位で稼ぎ、それを村単位で使うことは、イタリア南部人の異様とも言える郷土愛に繋がり。同時に歴史的背景から来るイタリア南部の工業化の遅れを原因とした貧困。教皇領やシチリア王国のちょっかいに対抗すべく成長したマフィア。それらの諸問題を解決するには、工業化でも農業の収入を増やすことでも何でも良いので、イタリア南部の人達の収入を、せめて個人が財産を持てる水準まで引き上げる必要がある。

 だから、イタリア大使は、この提案に乗ってくる。戦後不況から立ち直れず、自分達で研究費を用意出来ない彼らは、乗らざるを得ない。

「……なるほど」

 ほら、イタリア大使は真面目な表情になって探りを入れてきた。

「我々のオレンジジュースが、アメリカで売れることは、良く分かりました。ですが、貴女方の研究が成功する保証は?」

 私は、頭をかいて正直に答える。

「実は、我々の研究は、瓶詰めでは既に成功しているのです」

「……は?」

 ポカン、と口を開けたイタリア大使は、再起動すると「それはおかしい」とヨーロッパ人からしたら当然の矛盾を指摘する。

「瓶詰めで出来るなら、缶詰でも可能でしょう?」

「いえ、そうでもないのです」

 私は、恥ずかしく思いながら、その理由を答える。

「我が国の工業機械が古すぎて。缶詰製作機の生産が出来ず、缶詰オレンジジュースの商業化実験が出来ないのですよ」

「ああ、なるほど……」

 イタリア大使は微妙な表情になった。

 実際は、缶詰を作る機械の大規模な改良には成功しているので、保存期間に目を瞑れば、オレンジジュース、というか、ミカンジュースの缶詰を作ることは可能だ。だけれど、その最新型の缶詰製作機の製造が、新しく、精度の高い工作機械の生産の遅れのせいで間に合っておらず、今なんとか生産されている缶詰製作機は、南洋や北洋の海産物生産に回されているのだ。

「……では。その瓶詰めの成功作を頂けますか? それを検証して、良さそうであれば、融資、もしくは貴女方の必要とする工作機械を用意しましょう」

「ありがとうございます」

 私は頭を軽く下げ、挑発するように言う。

「ですが、我々としては、確実に融資して頂く保証が欲しいです。勿論、工作機械の方が嬉しいのですが」

「……お嬢さん、それは傲慢というものですよ?」

 イタリア大使は眉をひそめる。

「ええ。何も無しに言ったなら、傲慢でしょう」

「つまり、手土産がある、と?」

「はい」

 さて、個人的な本題はこれだ。

「『ユーグレナ・フルータス』を用いた飼料生産技術と、木酢液から殺菌、殺虫剤を作る技術。これらを提供します」

 イタリア大使は二度目の呆け顔を見せた後、驚きの表情になり、腰を浮かしてまくし立てるように言った。

「そ、それは!? 培養ディーゼルの派生技術に、最新の発明では!? そんな貴重なものを!?」

「手土産には十分ですかね?」

「十分どころか、それではヒモになる!」

 イタリア大使は悲鳴染みた、だけれど歓喜の色を隠せていない声を上げる。

 培養ディーゼルは、イギリスと話し合ってから、世界的に注目を集めているものの、『今は日本を優先している』と各国からの施設の建設要請を拒否している。木酢液の安定化は、各国に宣伝中で受けも良い。そんなふたつの技術だ。手土産としては、十分だろう。

 それに、狙いもある。フルータスの方は、中東諸国についで南アメリカの産油国に売り込んだものの、『得体が知れない』と拒否されたのだ。

 というのも。この時代、最新技術はヨーロッパかアメリカからもたらされるものなのだ。アジアの島国からもたらされるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。中東諸国が受け入れてくれたのは、淡水化施設とセットだったからだろう。

 だから、フルータスをイタリアが受け入れたとなれば、南アメリカ諸国も、この技術を受け入れることが出来るようになる。要するに、私は、オレンジジュースの保存技術の確立にかこつけて、南アメリカ諸国に技術を売り込もうとしているのだ。

「それで、答えは?」

 イタリア大使の答えは、決まっていた。

作品中で言及されるか怪しいので解説



この作品の舞台となっている1920年代、缶詰において、既に殺菌技術はありました。

ですが、それは『食味が落ちる・変化する』ということとセットの殺菌技術でしたので、それを嫌ったり、殺菌工程を増やすことによるコスト増を避けたいと考えた一部の缶詰生産者は、まともに殺菌を行わなかったようです。

結果が爆発する缶詰、と。

現在の缶詰を造る企業も、この食味の変化と戦い続けている程度には難問です。


オレンジジュースを飲むと健康になる、ということは昔から(筆者が確認出来たのは紀元前千年のインドでした)知られていました。

美味しい上に健康になる、ということから、オレンジジュースの缶詰、いわゆる缶ジュースの開発に挑戦した企業は沢山ありましたが、他の保存工程や生産工程でもドンドンと味が悪くなったため、当時の技術者達は『こんなゲテモノ、果たして美味しく出来るのか?』と疑問を持った程なようです。

史実で最後にして最大の難問だった、濃縮時の食味の低下をクリアし、美味しいオレンジジュースの缶詰を飲めるようになったのは、米国中の研究者が軍から急かされていた第二次世界大戦中の1943年に、フロリダの科学者が、びっくりするほど単純な方法を見つけてからです。


本当、先人の知恵、苦労には頭が下がります。

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