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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
17/70

番外編 大人達の思い

「これで良かったの?」

 上野薫は、本多健太に尋ねた。

 上野は、この信州研究所に来て、第四研究室の室長となり、離れた所で研究員達にもみくちゃにされている長野梅子所長と関わるようになって、まだ一年も経っていない。だから、この判断が正しいのか、全く分からなかった。

 だが、本多は違う。

 彼は、長野と同じ村の出身であり、海軍に入るまで色々面倒を見ていた、らしい。そんな縁もあってか、長野の秘書という座に収まった本多は、「はい」と頷いた。

「今のところは、という前置きは必要ですが」

「そっか」

 妹がいる、という研究員に、肩まである髪の毛を編まれるがままになっている長野は、苦笑しつつも警戒しているのが丸わかりだった。

「まあ、こういうのは長い目で見ないといけないからねえ」

 その様子は、警戒心の強い子犬みたいで、微笑ましいというか、痛々しいと言うか。甘えたくても、甘え方を知らない子供というのは、研究員達にとっても気になる存在のようだ。

「全く、一体何があってあんな風になったんだか……」

 何気なく呟いた上野の言葉に、本多は硬直する。それに、上野は悟った。

「……何か知ってるのね」

 二人の間で、沈黙が広がる。この賑やかな場に合わない重苦しい雰囲気は。

「おう! 飲んでるか!?」

 剛田四郎によって砕かれた。

 第一研究室の室長という立場でありながら、研究者らしくない暑苦しい奴だ。それでありながら、繊細な心遣いの出来る男で、研究員からの支持も厚い『兄貴』だ。

「ええまあ」

 本多がそう返すも、咄嗟に返事を返せなかった上野の反応から、剛田は二人の間で何の話がされていたのか理解してしまった。

「何だ? 所長のことでも話してたのか?」

 どきりとした二人に、剛田はやれやれとため息をつき、上野の方を向く。

「あのな? 人の名前や顔が覚えられない、ってことは、親の名前と顔も覚えられない、ってことだ」

 はっとした上野に、剛田は続ける。

「親だって人の子だ。自分のことを覚えてくれない子供に愛情を注ぐのは、中々厳しいと思うぞ?」

 そうかもしれない、と上野は思った。確かに、自分は大人で、事情を知っているから、長野と普通に付き合うことが出来る。だが、事情を知っていても、付き合えない大人は多くいるのだ。そのせいで、本多が秘書業に専念出来ていないことは、よく知っているじゃあないか。

 上野が、その程度のことも気付けなかった自分を情けなく思っていると、本多がため息をついた。

「……昔は、今ほど酷くは無かったのですがね」

「さよか」

 剛田が軽く返す一方で、上野は、長野が今のようになった事情を、本多は知っているのではないかと疑い、尋ねようとする。だがそれは、剛田に遮られた。

「ま、そんなことはどうでも良いよな! 所長は天才でカワイイ! それで十分だ!」

「突然何!?」

 短いお下げを弄りながら、長野が三人の方を、正確には大声を出した剛田の方を見る。

「なあお前ら! 所長はカワイイよな!?」

「「応!」」

 野郎共の暑苦しい返事が帰ってくる。少数の女性研究員も混じっている。

「天才でカワイイ! 正に完璧!」

 突然何を言い出すんだ。上野と本多が顔を見合わせる横で、事態は進行していく。

「そう言いたい所だが! 所長にはひとつ! 残念なところがある!」

「嘘だろ!?」

「冗談!」

 剛田の言葉に、ノリの良い返事が返され、長野は恐怖からか顔を歪める。

「それは!」

「「それは!?」」

「私服が可愛くないことだ!」

 それはいかん、だの、けしからん、だのと言った言葉が上がる中、長野は別の種類の恐怖を顔に浮かべ、ひっそり、ひっそりとそこだけ困惑している上野と本多の下に移動し始める。

「この間も! その前も! 休日に所長が着ていた服は今日と同じ白衣!」

 それは単に面倒なだけじゃ? いやズボラなだけだ。上野と本多は小声でやり取りをする。

「そこでだ! 所長には、これからの休日! 俺らの用意した服を着て過ごして貰おうと思う!」

「「おおー!」」

「もし拒否されたら! その時はサボるぞ!」

「「おおー!!」」

「さあ所長! 答えは!?」

「分かった服でも何でも着るからそれ以上やめて!!」

 最後は走って、長野は本多の影に隠れる。その顔は、得体の知れない感情に対する恐怖で多分に彩られていたが、そこには確かに、喜びの感情が混じっていた。

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