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超技術で史実をぶん殴る  作者: ネムノキ
最初から全力
16/70

仲間

今までの話とは毛色が異なります

《千九百二十八年五月六日 信州研究所》


 『農林業発展計画』の煽りを受けて、私の研究所の研究計画も一部見直しを迫られていた。

「第一は木酢液に追加して竹酢液の触媒を優先。第三は籾殻発電機の改良に注力。第四はコンクリートの改良を急いで。送電線の改良は……、第五にやらせるか」

 言うべきことを整理して、会議室に入ると、既に皆揃っていた。

 スタスタと自分の席に座り、早速切り出す。

「さて。早速で悪いんだけど、政府からの依頼があったから、今後の方針を少し変えるよ? 資料は秘書から受け取った?」

 尋ねると、何故か皆困った表情を浮かべた。

「ん? 何か問題?」

 連絡に齟齬があったかな、と不安になっていると、第一研究室室長が「悪いが」と口を開いた。

「安定化触媒だが、木酢液も竹酢液も商業化出来るものが出来ているぞ? 竹タールはもう少しかかるが?」

「え?」

 一週間前、東京に向かう直前に聞いた話からかなり進んでいる。

 唖然としていると、第三研究室室長が続く。

「籾殻発電機は藁、おが屑、木片も燃料として使えるよう改良済みです。そんなに改造しなくて済みました」

 いやいや。結構改造しないといけない筈だったんだけれど。

 違和感を感じている間に第四研究室室長が言う。

「セメントの改良は、これ以上は工作機械が改良されないと無理よ。暇だったからアスファルトの改良を始めたけど、良かったよね?」

 一週間でそんな暇あるか。

 理解が追いついていない間に、第五研究室室長が困った表情を浮かべる。

「送電線の改良はまだかかりますね。ですが、変圧器で生じる電力喪失は八パーセント減らせました。勿論、工場の準備が出来れば、今すぐの商業化が可能な水準です」

 確かに、第五研究室は私の肝いりの研究室だ。だけれど、動き始めてからまだまだ日が浅いのに。

 そして、第二研究室室長がトドメを刺しに来る。

「金属再結晶化技術を応用した、温泉地等の湧き水の過灰分の除去技術を確立。商業化は少し待って欲しい」

 いや私そんな研究聞いてない。

「……どういうことなの?」

 困惑して一同を見回すと、皆誇らしげだったけれど、どこか疲れた様子だった。

「所長が呼び出されたのは、農林なんたら計画のせいだと思ったからな。頑張った」

 と第一研究室室長。

「泊まり込んだ」

 第二研究室室長は欠伸を隠さない。

「所長を驚かせようと思いまして」

 第三研究室室長は悪戯っ子のように笑う。

「お陰で、良い経験が出来ました」

 とは第五研究室室長の弁。

(何で?)

 そもそも、何故研究を予定よりも進めておこう、という考えに至ったのか理解出来ず、困惑のままに沈黙していると、第四研究室室長が苦笑しながら言った。

「私達だって、地元じゃあ神童だの何だの言われて、学校や元いた研究所で天才だ秀才だ言われて来たのよ。だけれど、所長と一緒にいたら、自分達の上のずば抜けた存在、っていうのを嫌でも理解するじゃあない?」

 どこか嘆きにも似た響きを感じられる言葉だ。けれど。

「でもさ。私達だって、所長程じゃなくても、優秀なのよ。秀才なのよ」

 続いた言葉には、芯の通ったプライドを感じた。

「だから、所長。研究以外でもさ」

 もっと私達を頼って。

 必死さの伺える言葉に困惑を深めて皆を見回すと、全員頷いて返してきた。

「……十分頼ってると思うんだけど?」

 正直に言うと。

「全然足りてねえな」

 第一研究室室長が否定する。

「財閥との折衝だって、私達で十分出来ますよ」

 第三研究室室長は呆れたように笑う。

「元々、私達はそのための人員ですしね」

 第五研究室室長はため息をついた。

「所長、焦ってる」

「焦ってる?」

 第二研究室室長の言葉をオウム返しすると、彼は頷いた。

「多分、研究が進んでないから」

 図星だった。

 確かに、私の予想以上に研究は進まない。このままだと、次の大戦に備えられない。だけれどそれは。

「確かに、研究が進んでいない焦りはある。だけれど、それは、日本の工業力と経済力が貧弱なせいで、君達のせいじゃない。むしろ、君達は私がやる以上に結果を出してくれている」

 それは事実だった。私の知識では、大雑把に金属の組成や細菌の種類を絞り込むことは出来ても、細かなところは分からない。そこを私に代わって、私以上の正確さで絞り込んでくれる彼らは、間違いなく優秀だ。

「だから、私は安心して、君達に研究を任せていられる」

 疑いの目が集中する中、第一研究室室長は笑った。

「ハハハハ! なるほど!」

 何がなるほどなんだろ? 皆の視線が彼に集中する中で、彼は何度も頷きながら言う。

「どうやら、所長と我々の間には、認識の溝があるようだな。とりあえず、それを埋めねばな!」

 パン、と第一研究室室長は手を叩き、宣言する。

「今晩、研究所の全員で飲み会でもするか!」

 皆がポカン、とする中で、彼は勝手に決めていく。

「よく考えれば、この研究所に来た初日から、研究ばかりだったからな。研究員達にも良い息抜きになるだろ? 培養槽なんかは手が離せんから、交代になるが」

「ち、ちょっと待ってよ!」

 第四研究室室長が勇敢にも口を挟む。

「所長は子供なんだからお酒飲めないよ!?」

 違う、そうじゃない。

「そこは、私の実家から送られて来たブドウジュースを進呈しますよ」

 第五研究室室長、嬉しいけど違う。

「解決」

「ちょっと待って!」

 思いもよらず、叫び声に似たヒステリーな声が出たことに驚きつつ、私は言う。言わないといけなかった。

「そんな、飲み会なんてやっても無駄だよ。意味ないよ」

 だって私は。

「人の顔も名前も覚えられないのに……」

 言ってしまってから、怖くなる。ああ、もう終わりだ。これで、彼らとの関係も、ただの上司と部下になる。寒気がする。世界が歪む。どうしよう。どうしよう。


「なーんだ、そんなことか」


「え?」

 第四研究室室長が、軽く言った。

「そんなの、皆知ってるぞ?」

 続く第一研究室室長の言葉に、私は絶望した。

(そんな……)

 秘密だったのに。崩れ落ちそうになるのを堪えていると、第五研究室室長が、予想出来ない種明かしをした。

「この研究所に入る人は、皆その説明を受けていますよ? それでも構わない、って人だけが、ここにいるんです」

「……え?」

 意味が分からなかった。理解出来なかった。だけれど、彼らの暖かい視線が、嬉しかった。

「私長く話すと吃音出る。だから問題無し」

 何が問題無しなのか分からないけれど、第二研究室室長が慰めてくれているのは理解出来た。

「ほら? 認識に溝があっただろ?」

 第一研究室室長がニカッと笑う。

「飲み会、した方が良さそうですね」

 第三研究室室長は手帳を取り出して、何やら書き込む。

「お酒が足りませんね。買いに行かせましょうか」

「肉も足りんだろ?」

「それも買わせましょうか」

 飲み会の話はどんどん進む。呆けていると、いつの間にか第四研究室室長が私の椅子の横で膝をついていた。

「ね? もっと頼っても良いのよ?」

 無性に泣きたくなるのを堪え、息を大きく吐いて、私は笑った。

「なら、もっとしたい研究があるから、ドンドン任せることにするよ」

「……これは早まったかな?」

 私と第四研究室室長は笑い合った。

 それを、他の皆は微笑して見ていた。

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