時代に毒されていた
《千九百二十八年四月二日 信州研究所》
「むむむ」
私は、第一から第五までの各研究室の室長達と会議室で唸っていた。
「無理だと思います」
「同意」
白旗を揚げたのは、第四と第二研究室の室長だ。
「すぐに出来るものは思い付きませんね」
第三研究室の室長は諦めの表情を浮かべている。
「諦めんなよ!」
「そうですよ」
第一と第五研究室の室長は必死に案を考えてはいるものの、何も思い付いていないようだ。
「……まあ、短期的に出来る案は実行中だもんねえ」
私はため息をつく。
今日の議題は、『税収を増やす、もしくは支出を減らす方法を技術の面から提案する』ことだ。
「規格を統一して。研究を一本化して。武器の製造コストも色々やって落としたから、陸海軍の支出をこれ以上減らすのは厳しいし。公共事業は下手に減らせないし。北海道と南樺太の開拓は進めているし。これ以上は厳しいよ」
私の言葉に次々と続いていく。
「議員の給料も減っていますし、書類の規格も省庁毎にバラバラだったものも、出来るものは統一しましたし。養蚕業も冬虫夏草の生産や桑の実の砂糖漬けの販売等を始めて競争力を高めていますし。これ以上何かありますかね?」
と第三研究室室長。
「化学繊維産業は始まったばかりで売れるの待ち」
第二研究室室長は簡潔に。
「各種金属やセメント原料は高品質化しながらも値下がりしていて、お陰で工業化は進んで税収は少し増えた。これ以上は時間を待つしか無いんじゃない?」
第四研究室室長が結論を述べる。
「ぐぬぬ」
第一研究室室長は悔しそうに黙り込んだ。
(きっついなあ)
私の知識で、各産業は史実と比べると超強化されつつある。あるけれど、まだ日本の市民の購買力がそんなに上がっていないため、すぐに税収を増やせる手段が無い。
(時間が解決するのを待つしかないかあ……)
諦めそうになったその時、「あのー」と手が上がった。
「我々、信州研究所の技術を外国に売り、ライセンス契約を結ばせるのはどうでしょう? それで得られる資金の分だけ、国から出して貰っている予算を削るのです」
その案を出したのは、第五研究室室長だ。
「……それは厳しくない?」
私は少し考えて答える。
「我々の技術の出資者は陸海軍と財閥だよ? 金蔓の手綱を手放すかな? しかも、ほとんどの研究が軍事技術に絡んでいるから、売りたくても売れないよ?」
「それはどうでしょうか?」
すると、第五研究室室長は反論してきた。
「我々が今後も陸海軍に協力すると念書でも書けば、十分手綱になるのでは?」
それは甘い考えに思えたけれど、無下には出来ない。
「だとしても、今までに開発した技術はどうしようもないよ」
「そうとも言えません。例えば、『ユーグレナ・オイリー』は、研究過程で、増殖力が強く、食用可能な『フルータス』という別種が見つかっています。これなら、軍事技術に絡みません。炭酸ガスの仕入れの関係から考えると、これは産油国に売り込めるのでは?」
目から鱗が落ちたようだった。
「……なるほど。我々の開発した技術の中には、軍事技術の絡まないものが確かにあるみたいね。それなら、売り込める」
言いながら、私は自分の頭の固さを恥じた。
(もっと柔軟に考えないと)
もっと視野を広くしないと。そう思って思考し直すと、色々使えるものが出てくる。
「確か、ゴムノキは樹齢三十年で切り倒した後、家の竃で燃やす以外の用途が無くて腐らせてるのよね? 木炭発電で使えそう。フルータスも、いきなり人間が食べるよりも、豚とか鶏の飼料にした方が、抵抗感が少ないよね。バガス紙も、需要を全く満たせていないんだから、売り出しても損失は無いし。ああ、バガス紙応用したらバナナからでも紙作れるね。廃熱回収ボイラーは無理でも、新型の蒸気機関車はアメリカとかに売れそうだし。あと……」
「ち、ちょっと待ってください!」
第四研究室室長が私の思考を止める。
「何?」
不機嫌になりつつ尋ねると、第四研究室室長は慌てた様子で言った。
「いきなりそんなに言われても、考える時間がありません!」
その言葉に同意する声は多かった。
(しまったなあ)
何とか頭を冷やし、息を吐いて落ち着いて言う。
「冷静じゃなかったね。ごめん。とりあえず、フルータスを産油国、例えばペルシャなんかに売り込むとして、どんなものを、どうやって売り込むか考えようか」
すると、活発に議論が始まる。
「あの国は、水が貴重だった筈だ。発電所と淡水化施設と共に売り込むのはどうかな?」
「発電所は、廃熱回収ボイラーは無理でも、メインボイラーの高効率化したものは売り込んでも良いのでは?」
「淡水化施設一基でも、フルータスを培養するのに必要な分以上の水が生産出来る。農場や養豚を一緒に売り込むのはどう?」
「フルータスの培養以外に使う水はその国に任せた方が良い」
「養豚よりも養鶏の方が確実だと思うんだがなあ」
私は目の前の光景に嬉しくなりつつ、話し合いに参加した。
「畜産やるんだったら、注意しないと。イスラム教徒には『ハラル』っていう戒律みたいなものがあってね……」