秋葉原ヲタク白書25 整形アイドルが巌窟王だった件
主人公は作家を夢見るサラリーマン。
相棒はメイドカフェの美しきメイド長。
この2人が秋葉原で起こる事件を次々と解決するオトナの、オトナによる、オトナの為のラノベ第25話です。
今回は、往年の大物プロデューサーから高音が美しい地下アイドルの過去を調査するよう依頼されます。
秋葉原デビューの夢破れ、故郷に帰って不遇の死を遂げた、との噂を聞き、横須賀へ出向くコンビでしたが…
お楽しみいただければ幸いです。
第1章 地下アイドル甲子園
「逆に高音を削って欲しいの。箱もデッドだし」
「コレでどうかな」
「…もっと削ってもらえますか?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
レイブに逝ったコトあるかな?
倉庫や廃ビルを不法占拠して開かれる1夜限りのDJパーティ。
週末毎に時間と場所を変え繰り広げられる蜃気楼のような夜。
選ばれた者だけが楽しむコトを許される、最先端の音楽とダンス。
レイバーと呼ばれるコトはクラブシーンでは最高の名誉でもある。
今回は、そんなアンダーグラウンドなフリーパーティの世界を駆け抜けた、1人の歌姫の物語だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「早番、楽しかった。ココでキスしてもいいですか?テリィ御主人様」
「と逝うコトは、今宵の早番には御満足いただけた、ってコトかな?」
「はい。とっても…3回もw」
ココで不粋な咳払いが入って、アキバの恋人同士?の甘い時間はバッサリ途切れる。
ココは僕の推し(てるメイド)であるミユリさんがメイド長を務めるアキバの御屋敷。
「エヘンエヘン!遅番で来たらドアに準備中の札がかかってましたょ!中で何やってたんですか!」
「ごめんなさいね、つぼみん。氷屋さんが未だで開けられなかったの。ホント、今日に限ってお兄さん、一体どーしたのかしら」
「あ、しまった!ドンディス(Don't disturb)のつもりでウッカリ閉店の札を出しっぱなしだった」←
つぼみんは、怒ってイルw
慌ててカウンターから出る僕に思い切り肩をぶつけ、キリッとした顔でグラスを拭く。
流石にミユリさんも罰が悪そうにカチューシャを直し、身繕いを正して僕にカクテルを…
「あ、あら?」
「どしたの?メール?」
「懐かしい」
何となく気になって、ミユリさんのスマホを覗き込む。
いくつか絵記号が並んでいて文字はない…何かの暗号?
「つぼみちゃん。今宵の遅番、少し前倒しでお願いしていいかしら」
「はい。もちろん構いませんけど、何か?」
「ごめんなさいね。ちょっちお出掛けしてくるわ…テリィ様と御一緒に」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あぁ苦手な地下の箱だ…
メイド姿のミユリさんは、気軽にトントンと真っ暗な階段を降りて逝く。
裏アキバの雑居ビルがゴチャゴチャ並ぶ路地裏に面した地下室への入口。
降り切った先の暗闇の中でミユリさんが分厚そうな鉄扉を開くと…
開いた隙き間をこじ開けるように音と光の洪水が溢れ出して来るw
「GO!GO!AKIBA!」
DJが煽るように叫び声を上げて、ダンスフロアが歓声をあげ応える。
だらしなくドレスダウンした連中が憑かれたように踊り狂っている。
嫌な感じだ。
昔、奥渋谷でオヤジ狩りに遭った記憶がフラッシュバック。
ところが、さらなる最悪が人混みをかき分けて姿を現わす。
「ミユリ、久しぶり!生きてた?」
「お招きありがと、ケンゾさん。パーティ、盛り上がってるのね」
「ホラ"秋葉原オペラ"って俺のホームだからさ。ちょっち声かけただけなのに直ぐ人が集まっちゃうんだ。もっとこじんまり騒ぎたかったんだょ本気で」
ヤタラ馴れ馴れしくミユリさんに挨拶するオヤジは恐らく僕より年上のアラ還?
昭和界隈でよく見かける「和製プレスリー」的な白のジャンプスーツで登場だ。
今宵はそっくりショーか?
早くもウンザリし始めたら、急に雑踏と喧騒を制するようにハイトーンボイスが響く。
素晴らしい高音だ!天使の歌声のように可憐だがヤタラ鋭くアッサリ時空を支配する。
彼女は歌う。
暗闇に蠢く人、ひとりひとりの魂を直撃するミラクルボイス!
音楽が止み、ダンスが止まり、やがて歌声が全てを押し流す!
「彼女はダンテだ。"光速音域"を持つ歌姫。見事な才能なんだが、過去がイマイチわからなくてプロデュースのしようがなくて困ってる。少し洗ってみてくれないか?」
「あーらソレって何かしら?もしかして昔、何かお手つきでもしたの?調べたら実はケンゾの隠し子でした、とか嫌ょ?」
「ソ、ソ、ソレはナイだろ。あんまりイジメるなょミユリ。そう逝うお前も新しい御主人様と名コンビなんだって?頼むょ」
和製プレスリーは明らかにたじろいだようにも見えたが、最後は哀願調で攻めて来る。
ミユリさんは、普段なら女子の過去暴き系の仕事は受けないが、今回は珍しく思案顔。
「私はともかく、テリィ様が何ておっしゃるかなー。で、私達コンビのコトは誰から聞いたの?」
「え?アキバのパーティピープルがみんな話してるょ?困ったコトがあったら、あのコンビに相談しろって…発信源はまぁ多分おバカなリンカ辺りだとは思うけど」
「あぁ…」
結局、ミユリさんは話をウケる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
レイブは、もともと野外開催も多く、音響装置の果たす役割が意外に大きい。
そして、ソレら音響装置は、DJではなくて、裏方職人のPAさんが操作する。
「あ、シスコさんだ。おはようございまーす」
「お?テリィじゃないか。こんなお子ちゃまパーティで遊んでんのか?意外だな」
「僕の趣味じゃナイんですょ」
今宵のレイブのPAは知合いのシスコさんで、トイレ脇のブースで操作卓に囲まれてる。
僕がケンゾさんと話してるミユリさんを指差すと、シスコさんは露骨に嫌な顔をする。
「このレイブはヤバい。あのケンゾとか逝うP公は何かと悪い噂ばかりだ。テリィも何しに来たのか知らんが気をつけろ」
「へぇー。ところで、さっきのハイノートヒッター、PA操作が大変だったでしょ?」
「そうなんだょ。ランスルー(通しリハーサル)の時から高音を削れ削れってリク(エスト)ばかりでさ」
人の声は、普通に聞こえる可聴域以外の倍音を含んで発音されている。
可聴域外の音も人間の五感を複雑に刺激するので微妙な調整は重要だ。
「聞こえない倍音まで美声なんだね、きっと。どんな人なの?彼女」
「鋭いな、テリィ。うーん。実は、妙に思うコトがあるんだけどさ…あ、腹減ったな」
「あぁハイハイ。ユーリさんがお店を出してましたね、このパーティ」
ユーリさんの"マチガイダサンドウィッチズ"は秋葉原No.1ホットドッグだ(特にチリドッグが)。
今宵の会場は、内装を見る限り営業時間外のブティックみたいだがフードの出店が何軒か出てる。
大騒音の中、列に並んだ僕はユーリ店長(何とメイド服w)からチリドッグ2本を受取る。
アキバ系音楽人お約束のドクペ(doc.pepper)も2本買いシスコさんと卓を挟んで食べる。
シスコさんから仕入れた話は2点。
1つは、話が途中だった音楽プロデューサーのケンゾはヤバいという件。
彼自身はJ-POPが未だ歌謡曲だった頃から作詞作曲をこなす有名業界人。
僕自身、国営放送のサブカル系番組で得意げにアキバを語る彼を何度も見たコトがある。
つまり、地下アイドルにとって雲の上の存在なので…まぁそのセクハラの噂が絶えない←
特に、彼が落ち目になってからは←
もう1つは"光速音域"の彼女だが、あの高音を削る特徴的なミキシングには覚えがある。
今宵のレイブ"秋葉原オペラ"が無名だった頃、このミキシングをした記憶があるんだ…
当時のアキバはホコ天なんかに異才が集まってて、その中の草ミュージカルのプリンシパルがトンデモないハイノートヒッターでさ。
「この"秋葉原オペラ"も当時は実験的なレイブだったから間口が広くて、毎回色んな才能と出会えてソレはソレで面白かったんだがな」
「そのカンパニー(ミュージカル劇団)は今はどうなっちゃったんデスかね?潰れちゃったのかな?」
「解散したょ。千秋楽の最中に火(事)を出してさ。プロデューサーもプリンシパルもアキバから消えた。その後色々あってプリは…自殺したって聞いてる」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「…と逝うワケなの。結局ケンゾさんは、お抱えの"クライシスガール"を今度の"地下アイドル甲子園"で優勝させたいみたいなのょね」
「え?"地下アイドル甲子園"ってまだ続いてんの?御当地アイドルが集まる全国勝ち抜きのど自慢大会みたいな奴だょね?」
「ケンゾさんは"クライシスガール"が優勝するよう裏で色々手を回してたんだけど、直前になってインディース枠から"光速音域"が踊り出たモンで大慌てって絵みたいです…貴女!ちょっと!」
あ、僕とミユリさんはレイブのダンスフロアで踊ってルンだけど、お立ち台から降りた子が僕にチョッカイを出しミユリさんが怒るw
「で、その"クライシス"は上手いの?何でケンゾさんは肩入れしてるのかな」
「さっきの"光速音域"には遥かに及びません。よくある声優崩れのユニットらしくて…でも、リードボーカルが、その、まぁ、スゴいみたい、なのです、テク、が」
うーん何のテクがスゴいんだー?
全くケンゾ氏は問題「爺」だなw
「リリルのステージでもPAをやってたシスコさんから聞いたんだけど、この"秋葉原オペラ"ってボヤを出したんだって?」
「よく知ってるのね、その方。確か神田川の方でレイブした時に不審火を出して。AKIBA FIRE(神田消防署)の直ぐ近くだったんだけど通報が遅れて火傷された方が…」
「その時に解散したミュージカルカンパニーでプリンシパルだった子のミキシングパターンが、さっきの"光速音域"と似てるらしいんだょ」
僕の話(あ、シスコさんの話だったw)にミユリさんもうなずく。
「そのプリンシパルの話、聞いてます。確か火事の後、アイドルを引退して故郷のドブ板通り(横須賀)の御屋敷で御給仕してたとか聞きましたけど」
「え!横須賀出身だったの?でも、何でも直ぐに亡くなったらしいんだけど…何か匂うんだょなー。誰か、当時の話とか知らないかなぁ」
「あ、だったらお出掛けしません?横須賀。だって、ホラ、もしかしたらテリィ様ご贔屓のモノホンの"空母いぶき"が見られるかもしれませんょ?ミユリ、御主人様と御一緒して見てみたいなー"空母いぶき"」
え?そぉかな?"いぶき"か、うーん…
ヲタク心をくすぐられて、アッサリ横須賀遠征を決める僕。
メイドの手のひらで踊る御主人様の図って奴?ま、いいか←
第2章 首吊りの木の下で
翌日、ミユリさんは襟のレースがアクセントなガーリーチェックのブラウスで登場。
甘いコーデに手作りサンドイッチの入ったバスケットで、気分はもうピクニックだw
手をつないでJR横須賀駅のホームに降りると向こうにDDH-184"かが"の艦橋が見える。
僕とミユリさんは逸見岸壁に停泊中の"かが"を眺めながらヴェルニー公園を散策する。
対岸の桟橋にX舵が特徴的な"ずいりゅう"と思しき潜水艦がいて乗組員に手を振る。
ベンチでミユリさんのサンドを食べながら僕はEMクラブ時代のJAZZの蘊蓄を披露。
その後歩いたドブ板通りはRRCGS(ロナルド・レーガン空母打撃群)が作戦中とあって閑散。
米軍水兵達の姿は元より、日本中を席捲するインバウンドの大波もココまでは押し寄せない。
「あ、ココだ。"リトルAKB"」
HPによると、横須賀で唯一の御屋敷との触れ込みだが外見は恐ろしく普通の喫茶店w
何となく店の中では絶賛サボり中の外回りサラリーマンが漫画とか読んでそうな気配←
「いらっしゃーい」
案の定「おかえりなさいませ」コールはないが、一応メイドさんのお出迎えが…
あるにはあったが、ソレがそのぉ、何て逝うべきか…メイドさんがアラ還だょw
ココもアラ還だ←
昨夜の音楽プロデューサーのケンゾさんと逝い、このアラ還のメイドさんと逝い、ホント我が国ヲタク界の少子高齢化が止まらない!
「あ、メイドなら夜しかいないょ。ちゃんと注意書きを見な。昼はランチ専門だから」
「あ、昼なら食べて来たんで」
「じゃお茶かい?"愛込め"ならしてやるょ」
いえ、結構ですw
"愛込め"って逝うのはメイドさんが珈琲に「萌え萌えキュン」とか逝いながら、両手でハートマークを作って愛を込める例の奴だ。
こりゃ迫力ありそうだ←
今時珍しいロングのメイド服にカチューシャ、ヴィクトリア調のシックな装い。
まぁ正統派と逝えば正統派なんだけど、肝心の目付きが逝っちゃってる気もスル←
北千住遠征の時と同様、ココは同業者?のミユリさんに任せるコトにしてみよう←
「姐様、ただいま戻りました。秋葉原のメイドでミユリと申します」
「おおおっ!!!アンタがモノホンの秋葉原のメイドさんかい?いやぁ、この歳になってモノホンを初めて見たょ。さすがにベッピンさんじゃないか!さぁ入って入って」
「お邪魔いたします。姐様の御屋敷、rétroな感じが素敵過ぐる!」
地方の御屋敷を回る時に「アキバから来た」と逝うと異様に盛り上がって大歓迎されるコトって、実はよくある。
ましてや本物の秋葉原メイドさんが来たとなれば大ウケだろう。
ココで、勢い?に乗ったミユリさんが一気に核心を突いて逝く。
「姐様、実はアキバから横須賀に戻って御給仕してた、歌の上手いメイドさんを探しているのです。恐らくコチラのメイドさんではないかと思うのですけども」
「ああ、わかったわかった。何でも話すから私とツーチェキを撮っておくれ。あ、メイド服に着替えてくれるのかい?おぉ、すまないねぇ。いやぁ夢のようだょ、今日は」
「え?え?チェキですか?私と?え?このメイド服の中から選べ?…よぉし、じゃ今日はセクシー系で頑張っちゃうぞ!」
御屋敷めぐりの楽しみの1つにチェキがある。
メイドさんとの記念撮影で普通は数百円だ。
バイトの子用の備え付けメイド服の中から、露出が多目のメイド服を選んで姐様メイドと衝立の向こうへ消えるミユリさん。
「で、アキバ帰りの歌の上手なメイドさんの話ですけど…」
「チアキの話だね。首を吊って亡くなった。裏の子之神山でね」
「えええっ?!」
衝立の向こうから聞こえて来る話はこうだ。
三浦半島は急峻な崖が多く、関東大震災の時も見晴山では山津波(崖崩れ)が起きて、犠牲になった女学生の霊が、今でも出る。
港町公園に当時の供養塔が建っていて、昔、塔の近くの木で首吊り自殺があったが、最初に見つけたのは当時幼稚園だった私←
急いで巡査に知らせて一緒に現場に戻ると何と首吊り死体が消えてしまっている。
巡査は、泣き出した私を家に帰し、降り出した雨に打たれ ひとり合掌していたら…
「ちょっち待った!おばあちゃん、何してるの?すみません、御主人様に御嬢様。おばあちゃんの話はウソですから、半分は」
「こらっ、ナナコ!まだチアキのチの字も話しちゃいないょ!いいトコロなんだから顔を出すの、も少し後にしな!」
「何逝ってんの!そんな…わ!美し過ぎる!コレは萌える…」
衝立の向こうからメイド服に着替えたミユリさんが現れたんだけど、コレが、まぁその、僕が逝うのもナンだけどウルトラ萌えるw
もともとアキバで1番メイド服が似合う女性ではあるが髪をツインテにしたら「女も萌えるミユリさん」の面目躍如だ!えっへん←
で、途中で割り込んで来たリアルJKは、どうやら姐様メイドのお孫さんらしい。
放課後はバイトしてるそうで早速自分もメイド服に着替えミユリさんとチェキ。
さらにミユリさんは、姐様メイドともツーチェキを撮ってキャアキャア盛り上がる。
仕上げは、姐様メイド、JK、ミユリさんの3代?揃い踏みのチェキで…撮影は僕だ←
え?チェキ代は僕持ち?マジかょw
すっかり打ち解けたメイド3代は、カウンターで盛り上がって僕は放置←
まぁ、いいや。お陰様で聞きたかった話も色々と聞けたから大収穫だょ。
そのメイドの名はチアキ。
チアキは、御屋敷でバイトをする傍ら、横須賀市のミュージカル講座で主役を射止める。
講座終了後、有志の紹介を得て秋葉原で地下デビューを飾るが千秋楽の夜にボヤが出る。
客がパニックになるのを防ぐために歌い続けたチアキは避難が遅れて顔に火傷を負う。
カンパニーは解散となり、失意の内に横須賀に戻ったチアキは、再びメイドを始める。
メイクで火傷痕を隠し御給仕するチアキが不憫で御屋敷では他所者が来ると必ず話す。
昔、横須賀の歌姫が秋葉原で騙され裏の山で首を吊ったが死体も消えてしまったのさ…
「アレやコレやでチアキには色々と恩を売ったつもりだったけど、先月、何でも大きなイベントが控えてるとかで急に卒業(メイドカフェを辞める)したいとか言い出して。正直、少しムカついたけど、ズッと探してた人を見つけた、とか言うんで、卒業を許したのさ」
「あ、姐様とやら!その大きなイベントって"地下アイドル甲子園"のコトだょね?ソレからズッと探してた人って…僕のコトかな?!チアキさんが見つけた人って、もしかして僕かな?!」
「お・だ・ま・り。ミユリさんとやら!男のバカは女の責任だょ!惚れた男の手綱は死ぬまで緩めちゃイケナイょ」
「ハイッ!わかりました、姐様」
…と、姐様メイドとやらは余計な説教をするが既にミユリさんのエルボーは僕の鳩尾にw
と、とにかく…結局チアキさんは今でも生きているんだね?
横須賀の都市伝説に隠されて、彼女は何処にいるのだろう?
あ、アキバかw
第3章 追憶と復讐のオペラ
その夜の御屋敷。
「ハシゴ小隊長!コッチ!火事ですぅ!大火事なのですぅ!」
「あ、つぼみちゃん!119ってメールもらったから飛んで来たょ!火事はどこ?」
「火事は!火事は…私のココ」
AKIBA FIRE(神田消防署)の若い連中の御帰宅をつぼみんが胸の谷間チラ見せでお出迎え。
へぇー、つぼみんもやる時はやるモンだなぁ!まぁミユリさんには到底及ばないけどね…
つぼみん推しの彼等は、音楽プロデューサーケンゾ氏が主宰するレイブ"秋葉原オペラ"に関する火災報告書を調べてくれている。
「現場は神田川沿いにある親会社が倒産して取壊しが決まった廃倉庫だ。レイバー連中が不法侵入して踊り狂ってたら、倉庫内の事務室跡から出火、大パニックって絵らしい。火災同時第2出場だったのが、現場到着した消防隊から爆発火災の恐れあり、との応援要請が入って一気に最高ランクの火災第4出場となった。第4になると管内の全ハシゴ車はもちろん、なけなしの化学消防車も全車投入で、神田川からは消防艇も駆けつける。まさに神田消防署始まって以来の大規模な消火活動となったみたいだ」
「爆発?最高ランク?でも、廃倉庫って、つまり廃墟でしょ?何が燃えるの?アキバだから萌える、なんちゃって」←
「厳冬期だったので、レイバー連中はストーブがわりに現場のドラム缶で焚き火をしてたらしくて、ソレが倒れて出火したとの目撃情報が記録に残ってる。ただ、そんなコトより、外には撤去を待つニトロセルロースのドラム缶が野積みにされてて、これに引火爆発した場合、秋葉原が壊滅する大惨事となる可能性があった、とされている」
「ニトロ?セルロース?」
「塗料の原料だょ。さらに鎮火後の焼跡からはメチルエチルケトンパーオキサイドの容器も見つかり、コッチも無許可貯蔵が発覚した。プラスチック硬化剤の1種で、衝撃を与えただけで爆発する、極めて感度の強い、危険な爆薬みたいなシロモノだ。つまーり、今のヲレみたいに危険な野郎なのさ!ガルルル!」
「いやーん。ハシゴ小隊長さん!早く私を消火してー!」
うーん、つぼみん!君はエラいw
つぼみんの胸の谷間に襲いかかる寸前ながらプロ目線から色々教えてくれる小隊長の横で女サイバー屋のスピアが静かにPCを開く。
「なるほど。事務室から出火、ね。当時のレイブの画像とか当たってみよっか。うーん、このブログとか面白そう。え?"バパラッチ日記"だって。笑える」
「えっ?秋葉原のパパラッチ日記?クラウドを写真倉庫がわりに使ってるのか!」
「"バ"パラッチ。アキバのパパラッチの略だと思うけど、このネーミングセンス、ホント泣ける…あら、イッチョ前にパスワードを聞かれちゃったわ。誰か知ってる?」
知るハズない。
もちろん、スピアもみんなにはハナから何の期待もしてなくて勝手にハッキングを開始w
画面を覗き込むと"login hacker"のロゴが浮かび、やがて"running"が明滅し出す。
ところで、アキバには昔からカメ小と呼ばれる地下カメラマンみたいなヲタクがいる。
カメラ小僧の略なんだけど、もちろん小僧はいなくて全員アラサー&アラフォー男子。
この人達は、首からカメラさえ下げてれば何をしても許される、と固く信じてて、サエないセンスを振りかざし厚顔無恥に出没する。
果たして、このバパラッチ氏、当時の最先端ダンスシーン"秋葉原オペラ"に潜入して、何か決定的な瞬間を撮影しているだろうか?
ところで、ハッキングを続けるスピアの横で…
「お帰りなさいませ、センセ。今宵は、ミユリ、センセのお帰りをお待ちしておりました。是非見て頂きたいモノがありましてよ」
「ただいま、ミユリちゃん。僕に用事なんて珍しいね。こりゃ張り切っちゃうな!」
「もし、センセの所見を伺えたら、私、御礼にセンセの病院のナース服を着て差し上げます。ソレもセンセがお好きな、な・つ・ふ・く」←
カウンター越しに、我らがメイド長のミユリさんが、2枚のアー写を指し示している。
初老の男は、TVCFで有名な美容整形外科医で、早くも鼻の下を伸ばしアー写を見入る。
あ、アー写って逝うのは、アイドルなんかがバラまくプロフィール写真のコトだね。
コッチ向いてニカッと笑う昭和な芸能写真でアイドルやめたら見合写真にも使える←
果たして…
「あ、コレは同一人物だね。一目瞭然だ。こんなの整形とも呼べないな。骨も削ってないじゃないか」
「うーん。やっぱり…」
「で、ミユリちゃん。実は、さ。ウチの病院なんだけど、僕よりナースに好評だった夏服なんだけど、今年はナース用の水着をつくってみたんだょ…」
オッサンいい加減にしろょ!と思う間も無くスピアの素っ頓狂な声。
「あらぁ、テリィたん、タイヘンょ!強力なライバル出現みたいクスクス」
「おおっ!"秋葉原オペラ"のスナップ写真集に入れたんだね?まさーかミユリさんの池袋時代の元カレが写ってたとか?」
「え?誰ソレ?知らなーい。アルバムにはコレから入るトコロ。で、笑えるのはログインのパスワードなんだけど…」
スピアは、僕にPC画面を見せてくれる。
ハッキングアプリが結果を表示してる。
バパラッチ氏のnameは"baparazzi"。
そしてpasswordは…"miyuri 014"。
ヤレヤレさすがはミユリさんだ。
昔っから人気者だったんだなぁ。
ま、当時は若かったからな←
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
"地下アイドル甲子園"当日の朝。
今年の箱は、何と裏アキバにある楽器屋の2Fで、まぁ、そのぉ、50人も入れば満員だw
本番は夜だが、既に逆順でテクリハが始まっててステージでは知らない子が歌ってる。
「シゲちゃん、久しぶりだなー。ゴメンな!ホントならヲレが審査員長だったんだけどさ、ホラ、事務所がスケ調整に失敗しちゃって。ソレでシゲちゃんに仕事が回っちゃって迷惑かけてるワケ。いやぁ申し訳ナイ。ホント、ごめんね」
「アナタ、誰ですか?あ、あぁケンジさん…でしたっけ?最近トントお目にかかりませんが、亡くなったのかと思ってました」
「うわーキツイなー。とにかく、この子を見てよ!"クライシスガール"って逝うんだ。取れるょね?大賞。昔の馴染みで頼むょシゲちゃん」
サブカル問題爺ケンゾさんが、今宵の審査員長に必死の耳打ち営業をかけてる。
ケンゾさんに同行してる痩せっぽちパツ金の女?も間抜けな感じで頭を下げる。
やや?ケンゾさんが、審査員長の内ポケットにムリヤリ封筒を押し込むぞ?!
おお!その封筒の中は何?コレが噂の買収って奴か?しかし余りにベタだなw
まさか、買収の現場に出くわすとは思ってなかったが、僕達のオペラは幕を待たない。
客席の奥の暗がりでやり取りしてた人の輪にミユリさんと僕も勝手に加わって開幕だ。
「ケンゾさん!お待たせしました。お願いされてた"光速音域"ダンテさんの素性調査の件ですが…」
「わ、わ!ミユリ、何でこんな時にそんなコトを逝いに来るんだ?ソレにチアキはとっくに死んでるハズじゃ…あ、シゲちゃん、こいつら俺が雇った私立探偵」
「おおっ!ミユリさんにテリィさん?アキバで1番ホットなSF作家とメイド長のコンビじゃナイですか!こんな現場でお会い出来るなんて!しかも"こんな時"に!」
大袈裟に驚いてくれた地下専門プロデューサーのシゲ氏とは、コレが御縁で後日、スズキくんの"萌えマガ"で対談するコトになる。
話してみれば気持ちのいい情熱家なんだ。
僕達コンビの名前の上げ方が逆だけどねw
役者が揃ってミユリさんが口火を切る。
「審査員長さんもお聞きくださいな。"光速音域"ダンテさんの秋葉原デビューは、実は今回で2度目なのです。1度目はチアキと逝うネームで、あの神田川沿いで爆発火災のあった冬の夜に…」
「やめて!その話はやめて!」
「チアキ!」
解説しよう。
ミユリさんが調査結果?を話し出すと、開けっ放しの出入口から入って来た女性が遮る。
彼女の名を異口同音に叫んだのは、ケンゾさんとその連れの痩せっぽちでパツ金の女だ。
因みに、ステージ上のテクリハは、次のアーティストの番に進んでるけど、どうやらドライ(本人不在で音響と照明だけリハ)らしい。
ややっ?この音楽って?
ヤタラ場が盛り上がるw
「チアキ…いや、ダンテさん!落ち着いて。誰も貴方を責めはしない。だって責められるべきは他の人だもの。あの爆発火災のあった夜、顔に火傷を負った貴女は…」
「らめえええっ!」
「危ない!」
バタフライナイフ?
ダンテがヤタラ慣れた仕草でナイフを開き、ミユリさんに向かって猛ダッシュ!
とっさの判断で、騎士道精神を発揮してミユリさんの前へ華麗に身を投げる僕!
全員が悲鳴を上げるのと、ダンテのナイフが僕の腹に刺さり、そこからスローモーションのように鮮血が噴き出るのがほぼ同時。
僕が即死し床に転がるその横で、血が滴るナイフを手にしたダンテが、天を仰ぎ、舞台中央に仁王立ちとなり、決め台詞を叫ぶ。
シェークスピア劇みたいだw
「私を、私をこの顔にした者は誰?神の名の下に名乗り出よ!」
「ひえー!わ、わ、私は知らない!後から聞いた時は何もかもが手遅れだったんだ!今回だって、チアキが自殺したって聞いたから、ソレなら何もかもがゼロリセットだと思って俺は…」
「今更何を言うの?私は嫉妬に狂ったの!チアキのハイトーンに恋もし、嫉妬もしたの!だからデビューステージに火をつけてやった!私が火をつけた!私がやったのよ!」
今は"クライシスガール"と呼ばれる痩せっぽちパツ金の女が狂気と呪いの言葉を吐く。
コレでホントに発狂してしまえばハムレットになるんだが現代劇の女優は意外に冷静だ。
彼女は、倒れた弾みで内ポケットからはみ出た、僕の隠しマイクに気づく。
「あら?何、コレ?もしかして…録音してたの?」
第4章 儚くも悲しくて
"秋葉原オペラ"の放火は、ケンゾ氏が話題づくりで仕掛けた、と考える人は多い。
しかし、スピアがハッキングした"バパラッチ倉庫"から決定的な1枚が見つかる。
ドラム缶の焚火の前で踊り狂う人々…その向こうに赤いジュリカンを運ぶ人影が見える。
ラベルの商品名は"マベリックX"と読め中身は爆発感度の高いプラスチック硬化剤だ。
そして、そのジュリカンを引きずる人影は…若き日の"クライシスガール"ことユカリ。
彼女は、チアキとは市民ミュージカル時代からの親友で、共に夢を追う仲間だったハズ。
しかし、苦労の末に手にしたデビューのチャンスでスポットを浴びるのはチアキ唯1人。
嫉妬に狂うユカリは放火を決意、そう、ステージが流れる程度のボヤでよかったのだが…
メチルエチルケトンパーオキサイドによる爆発火災は凄まじく、親友のチアキまでが顔に火傷を負う大惨事となる。
「動転してたの。ホント、私、どうかしてた。でも、コレだけは信じて。チアキが顔に火傷を負ったと聞いた時は、罪悪感で胸が潰れそうになった。でも、だからね、私は、クライシスガールになったの。誰かがチアキの遺志を継がなくちゃって」
未だ死んでナイょw
後日、ユカリが取調べでそう供述してると聞き、僕達はやり切れない気持ちになる。
ソレは、参考人である自称音楽プロデューサーケンゾ氏の供述を聞いた時も同じだ。
「爆発火災を起こした現場から、ダンテを救い出したのは私です。無我夢中で救い出し、彼女のグッズの縞パンで止血しました。嫉妬したファンが火をつけたと聞き、驚いています。秋葉原は、危うく貴重な才能を失うトコロでした」
まぁ、ココまでは許そう。
問題は、その先だ。
「え?チアキ時代のダンテに、私が"お前がアキバで歌えないようにしてやる"と脅したかって?ソンなコトするハズないでしょ。私は前からダンテの才能に賭けてきたんだ。何言ってんだ、アンタ。訴えるょ!」
スピアのハッキング能力はスゴくて、何をどうやったのかは相変わらずわからないけど、ケンゾ氏の口座の動静を追跡する。
ソレによれば、ケンゾ氏はケンもホロロに扱われた"地下アイドル甲子園"の審査員長の口座に結構な額を振り込んでいる。
そこまでケンゾ氏を籠絡したユカリの"テク"は大したものだが、結局ソレは、そのままダンテのデビューへと流用される。
整形で火傷痕を消したチアキは、ダンテを名乗り、今宵"地下アイドル甲子園"に臨む。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「"地下アイドル甲子園"開演1分前!」
「スタンバイ!音響、照明、最終チェック願います」
「ショータイムだ!今宵出場する全アーティストに神の御加護あれ」
今頃、舞台の両袖では出場する各チームが最後の振付チェックに余念がないだろう。
幸い大入り満員で客側も文字通り立錐の余地はなくPAブースの脇まで立見が出てる。
「シスコさん。今回は色々ありがとうございました。でも、テクリハ中に火曜サスペンス劇場のBGMをかけるのは勘弁ですょ」
「あはは。ついTVの頃のクセが出てな。でも、場が盛り上がったろ?しっ。ダンテ嬢のMCからスタートだ。あれ?あのP公がやるのか?気に入らねぇな。(音声を)落としちまえ」
「…かつて失意の内に横須賀へ帰った彼女。しかし、私が灰の中から不死鳥のごとく蘇らせました。"地下アイドル甲子園"と出会い彼女の人生は変わった。大きな拍手でお迎えください。"光速音域"の歌姫、ミス・ダンテ!」
僕は、ユーリさん特製のホットドッグ持参でシスコさんのPA卓にお邪魔している。
ステージでは、ケンゾ氏が随分と威勢のいいMCをかましたが、誰にも聞こえない。
シスコさんが彼のマイクを切ったからねw
「流れをシンプルに戻すわ。今は…今は率直に秋葉原にありがとう、と言いたいの」
「OK、ディーバ(歌姫)…キュー」
「さぁ。始まるぞ」
袖のダンテとヘッドセットをつけたシスコさんが短いやりとりを交わす。
彼女はたった一言、感謝の言葉を口にしたが果たして誰に対してなのか。
そして、時空を制するスーパーハイトーンで彼女はラブソングを歌い出す。
当然、ソレを際立たせているのはシスコさんの魔法のようなミキシングだ。
鮮やかに倍音をカットして逝くシスコさんの仕事に見とれていたら…
「テリィ、聞いたぞ。横須賀じゃ綺麗なメイドと随分と愉快にハメを外したそうだな。今度、連れてけょ」
「…え?え?横須賀で…ですか?僕が?」
「またまたぁ。トボけるなょ。米軍基地出身のスタイル抜群な下着モデルって聞いたぞ」
ん?ま、まさか姐様メイドのコトか?
何処がどぉなったらそぉなるのかな笑
やれやれ。ココでも何処かの誰かが魔法を使って姐様を下着モデルに変身させてるw
でも、それもまたいいカモね。だって僕達の人生は誰かに魔法をかけるためにある。
「ええっ?でもなー。シスコさんにはチョッチもったいナイんだょなー。すっごいナイスバディなモンでー」
そして、僕達は本番中なんだけど、それぞれ全く違う思惑からPA卓で大笑いしてしまう。
でも、そんな僕達の笑い声も"光速音域"にたちまちかき消されてしまったんだけどね。
おしまい
今回は、アキバの地下アイドル事情を背景にメジャーだけど落ち目の大物プロデューサー、ミュージカル上がりのハイノートヒッター、職人気質のPAエンジニアなどを登場させました。
リサーチしたネタをストーリー的に破綻なく、しかし惜しみなく散りばめながら描く実験作となっています。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。