箱
目の前には、日が暮れかけ、人のいなくなった公園。
空にはうっすら星が現れはじめ、息が白くなるくらい気温が落ちてきた。
スマホを見てみるが、幼馴染みからの連絡は入っていない。
彼女に会いたいと伝えた時間からもう一時間以上過ぎている。
やはり彼女はもう来てくれないのだろうか…
付き合って一年、収入も安定し、そろそろ結婚を考えてきたところだった。
ベタかもしれないが給料で指輪を買い、
彼女にプロポーズしようと何度か連絡したのだが…
『最近忙しくて時間がとれないの』
『急な予定が入っちゃって…ごめんなさい』
本当に予定が噛み合わないのか、はたまた愛想を尽かされ、避けられているのか。
最近の返答は "会えない" というものしか返ってきていなかった。
(今日で最後にしよう…これで彼女が来てくれなければ…)
いつもの公園で、いつも会っていた時間に待っている。
日付が変わるまで此処にいるから、忙しいのはわかるけど、どうか来てほしい。
どうしても伝えたいことがある。
送ったメッセージに既読は付いたが、返信はない。
彼女が来なければ。この想いは終わらせよう。
手の中の指輪は、直ぐには手放せないだろうから、
気持ちの整理がついたら売ってしまおう…
情けなくも自分が賭けに負けたときのことを考えていたら、
あたりはもう暗闇に包まれていた。
公園の街灯と月だけが周囲を照らしている。
明日も休みだから、宣言通り0時までは待とう…
もう駄目かもしれないが、それでも、最後まで希望は捨てたくない。
丸い月が普段よりなんだか美しく感じる。
彼女が来るまでは月見をするのもいいかもしれない…
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目をあけて手を離す。
目の前には私がさっきまで見ていたスノードームがある。
暗い青のガラスの中に、ベンチに座った男性の人形があり、
スノードームを逆さにすると細かく白い砂が、
"先程見た幻影の男性"の吐息のように舞い上がる。
「あの、店員さん…このスノードーム、触ったら映像が…」
気になったので店員を呼んで詳細を聞いてみる。
さっきの男性は…
「ああ、これは記憶ですよ」
「記憶?」
記憶とは一体どう言うことなの?
「最近、世の科学は停滞し、魔法や魔術なんてものが出てきていますよね?」
確かに最近は魔法や魔術なんていう、
一昔前まではおとぎ話にしか出てこないと思われていたものが、
ごく当たり前に社会に進出してきている。
そう広くないこの店の中にも、
魔法や魔術と呼ばれる技術を使った品もあるのでしょうね。
このスノードームもその1つ、と言うことなのかしら?
「このスノードームも魔法を使用して作成したものです」
説明によると、これはある男性が忘れられなかった記憶であり、
このままでは前に進めないため、魔法で取り除き、
スノードームの中に閉じ込めたらしい。
この店には同じような“誰かにとっていらなくなったもの”が多いとも言われた。
「前に進むっていうのはどういうこと?記憶を見た後だからかしら。
すごく気になるわ!」
なるべく自分の感情が出ないよう、明るい声で聞く。
自分の表情がどうなっているのかわからない。
笑顔を浮かべようとはしたけれど、引きつってしまっているかもしれないわ。
「詳しくは聞いてないですけど、左手薬指に指輪があったので...
まあ、別の人と結婚するんでしょうね!」
そのスノードームを見たお客さんは大抵、
彼がその後どうなったか聞いてくるんですよ!
そう言いながら店員はレジに戻っていった。
私の指には何もない。
”私に”渡されるはずだった指輪は、スノードームの中に沈んでいた。
彼の記憶はスノードームという箱に仕舞われたまま。
執筆 by 連盟員C