婚カツ!!~最強であることに、何の意味があるのか~
「──ハアッ!!」
猛毒を持つ尾を最小限の動作でかわし、剣を一閃すれば、大サソリの体は真っ二つ。
吹きすさぶ風と視界を煙らせる砂埃、魔物の咆哮が響き渡る戦場で、私はふと、我に返った。
私はつい先ほどまで、諸外国との交易が盛んな街で婚活パーティーに参加していたはずだ。
しかしなぜ、異性どころか、人一人いない荒野で孤独な戦いを続けているのだろうか。
付近の魔物を効率よく駆除しながら、私はこうなった経緯について思い返した。
◆◆◆
まず年齢から。
私の年齢は二十四歳。我が国リーヴァでは大抵の女性が結婚し、ともすれば子供を産み育てている年齢である。
結婚に抵抗があるわけではなく、良き人を探し、良い関係を築けるように努力したいと考えている。
ではなぜ、恋人一人いないのか。
これまで少し、いや、かなり特殊な環境で過ごしていたというのが理由の一つではあるが……。
「ライラ。ライラってば!! ねえ、ちゃんと聞いているの!?」
緑の瞳で上目づかいに睨み付けてくる少女の名前はエマ。
そこそこ大きな商家の一人娘で、年齢は十七歳。彼女は店の経営ができ、なおかつ、信頼できる婿を探している。
というのは建前で、私の婚カツをサポートするために、案内役を兼ねて付き添ってくれるのだ。
「勿論聞いている。今日は貴族の夜会じゃなくて、平民の婚活パーティーなんだろう」
輝く金髪を綺麗に結ったエマを見下ろしながら、私は真面目な表情で肯定をした。
「そうだけど。その口調、もう少しどうにかならない? もうちょっと女性らしい、柔らかなしゃべり方の方が良いと思うよ」
エマは私が昔の仕事をしていた時に知り合った娘だ。
エマには悪いが、当時は必死過ぎて、エマのことも良く覚えていなかった。
仕事を辞めた後、この地の領主が開いた夜会でエマと話す機会があり、それからこうして色々と世話を焼いてくれているのである。
「しゃべり方か。わかった。善処する」
「いや、全然わかってないでしょ!? あ。それとね、あのことは絶対に口にしちゃだめよ。大抵の男は引いちゃうから」
エマの言う「あのこと」とは、一つしかない。
私もそれはよく分かっているつもりだ。
「もちろんだ。絶対に口にしない。約束する」
人に恥じるようなことではないし、相手を騙すつもりもないが、ひけらかすようなことでもない。
「だから言葉づかいー!!」
「ああ。分かっている」
エマとのおしゃべりを楽しんだ後、私たちは会場へと向かった。
会場は港町の中心部分にある、噴水広場である。
「外で行われるパーティというのも、珍しいな」
室内で行われるパーティに参加することが多かったので、珍しくて辺りを見回す。
その様子がおかしかったのか、エマは笑いながら茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。
「パーティとはいっても誰もが気楽に参加できるものだからね。音楽を聞いて踊ったり、飲んで食べて歌ったりと結構自由よ」
「イスとテーブルがある一角は?」
「腰を落ち着けてゆっくりお話ししたい人達用ね」
「よし! じゃあ、あの席に行こう!」
「え? ああ、あの男性が一人で座っている席ね。こういう場所は慣れてないのかしら。ちょっと浮いているがするわ」
周りの人々も自分たちのおしゃべりに夢中で、男性のことは気にもかけていない様子である。
暗にもっといい男性がいるだろう、というエマに私は力強く頷いた。
「だからこそ、狙い目だ!」
できれば女遊びの激しくない、誠実な人が良い。
視線の先にいる男性は、茶色の短い髪を無造作に流していて、髪と同じ茶色の瞳は優しげである。
「中肉中背……うん、健康状態も問題なさそう」
服装も華美ではないが、清潔感があり、この場になじめないほど、遊び慣れてなさそうな感じも好印象である。
「ええ? 狙い目って何の!? 婚活しに来たのよね!?」
もちろん! とエマに返した後、私は早速その男性へ話しかけた。
「こんにちは。私はライラ。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
ずんずんと近づいて行って笑顔で話しかけると、男性はびくりと肩を揺らした。
「へ!? ああ、えっと、僕はジョージ、です」
困惑している様子に申し訳ない気持ちになりながらも、私は笑顔を崩さず、彼の目の前の椅子を掌で示した。
「へえ、ジョージさんっていうんですか。あ。すみません、ここに座ってもいいですか?」
「あっ、はい。どうぞ」
「ありがとうございます。では、遠慮なく。……ジョージさんも婚活で?」
ちょっと強引だったかなとジョージさんの様子を伺うと、彼はにかんだ笑顔で頷いた。
「ええ、まあ。こっちへ来たついでに参加をしてみたんですが、どうしてよいのかわからなくて。慣れないことはするものではないですね」
ああ、その気持ち、すごく分かる。
慣れない場にいると何もしていなくても、気疲れするよね。
「そんなことないですよ。参加をしてみようと考え、実際に行動したという事が大事なのだと思います」
笑顔で相槌を打つ私をエマが半目で睨み付ける。
まるで別人だとでも言いたいのだろうが、口調を何とかしろと言ったのはエマである。
「ライラさんと、そちらの……」
ジョージさんの視線に気づいたエマが上品に微笑む。
「エマです。今日はライラの案内役としてついてきましたの」
「はあ、そうですか。エマさんのような案内人がいるという事は、もしかして、ライラさんはどこかのお嬢さま?」
「いえいえ、私はそんな大したものじゃないですよ」
思わず言った言葉にエマが何とも言えない笑みを浮かべる。
いや、嘘は言っていない。私はお嬢さまなんかではない。
「それに、私ももう良い年なので。こんな私でももらってくれるという、奇特な男性が居れば、全力を持って愛し、敬う努力をするつもりです」
ジョージの目を見て断言すると、エマが小声で呟く。
「重い! しょっぱなから重すぎるから!」
なるほど。ちょっとぐいぐい押し過ぎたかもしれない。
「いやあ、でも僕、この街の人間じゃないですし。見ての通り、田舎の農村の二男坊ですよ。ライラさんのような女性なら、もっといい人がいるんじゃないでしょうか」
謙遜しているのか、暗にお断りされているのか、微妙なところである。
ちらりとエマをみると、エマはこくりと頷いた。もうちょっと押してみろ、の合図である。
「農村の二男坊という立場が気になるのであれば、私がなんとかします。そうですね、手始めに、新しい村を作るというのはいかがでしょう」
「は?」
「私は体力に自信がありますし、荒れ地の開拓や植物の知識もそれなりで、魔法もわりと使えます。小さな家に始まり、農地を開拓し、徐々に必要な設備を整え、やがては寄る辺なき者たちを迎えて──」
「はい、ストップー! そこまでー!! 新しい国づくりはじめないでねー!」
エマに肩を掴まれ、私は我に返った。
「すみません。しょっぱなから重たすぎますよね、私の悪い癖です」
「重たいとかそういうレベルじゃすまないからね! なんていうか、そういうのはほどほどにしとこうね!!」
エマが上品なお嬢さんの演技も忘れて、全力でツッコミを入れてきた。
ついでに、どの程度がほどほどでちょうど良いのかも教えてほしい。
「ライラさんとエマさんって変わってるんですね」
朗らかに笑うジョージさんは、今のやりとりを変わった冗談だと解釈したようだった。
「困惑させてしまってすみません」
受け流してはもらったものの、一応謝罪はしておかねば。
「いえいえ。一人でいるのも気づまりだったので、話しかけてくださって嬉しかったです」
ジョージさんと和やかな雰囲気になったところだった。
正直これは、友達からならいけるかもしれない。そう思った矢先の出来事である。
平穏な時間は突如として崩れ去る。
「勇者様ー!! 勇者、ライラ様ー!!」
続いて金属鎧がすれ合う音がして、小奇麗な中年男性を筆頭に物々しい一団が私の前で敬礼する。
「勇者ライラ様ですね?」
「いいえ、違います」
私はにこやかな笑顔で、しかしきっぱりと、否定した。
「勇者ライラさまですね?」
「いいえ、ちが」
「勇者様にお願いがあります」
このジジイ、押し切りやがった。
「……元、勇者です。魔王は去ったので、勇者という称号はなくなりました」
「それでも貴女はこの世界で最強の勇者です」
ちらりとジョージの顔を見るとポカンとした表情をしている。
エマは「あちゃー!」と口に出しながら、頭を抱えていた。
「ベルデ村の先の荒野で複数の大サソリが出たそうで、旅の者が襲われたらしいのです」
「……それで?」
「勇者様に大サソリの討伐を依頼します」
えー、それ、別の人じゃだめなの? 傭兵とかもそれなりに滞在していると思うんだけど。
私、婚活中だし。今、結構大事なところだし。
他に行く人間が居ないのなら……ってところではあるけどなあ。
「ベルデ村だって……!」
村の名前を叫びながら、ジョージさんが椅子から立ち上がった。
驚愕に目を見開き、今にも中年男性にとびかからんばかりの勢いだ。
あー、これ、あれだよね。まあ、仕方ないか。
「ジョージさんの村なんですか?」
「あ、ああ。村の先の荒野というとそれなりに距離はあるが、もし餌を求めて村の方角へ向かったら、僕の村は……!」
「よし分かった! じゃあ、ちょっと行って来るわ」
まあ、これも何かの縁ってね。
私は立ち上がると、魔法で異空間に仕舞っていた剣を取り出した。
「流石は勇者様!! 祭りの警備もあって人手が足りなかったので、とても助かります!」
小奇麗なジイさんがなんやかんやと褒め称えてくれるので、軽く手を振ってこたえる。
でもその祭り、私も参加したかったんだけどね!
「え!? あんなに嫌がってたのに!? パーティの後の、恋人たちの祭りに参加しなくていいの!?」
驚くエマに私は親指を立てて返事をした。
「ジョージさんの村だから!」
「いやいやいや! ジョージさんて、今日出会ったばかりの人でしょ!?」
そんな義理はないだろう、と告げるエマに、私はゆるく首を振った。
「それでも見捨てるのは寝覚め悪いし。距離があるから、魔法使っても行くのに時間がかかるってだけで、大サソリ自体は大したことないしね。だから構わない」
行く気満々の私に、ジョージさんも困ったような顔をしていた。
お礼を言えばいいのか、謝った方が良いのか、悩んでいるような表情である。
「折角の予定を邪魔して、すみません。でも、どうしてそこまでしてくれるんですか」
「んー、まあ、気にしないでください」
色々理由はあるけど、いちいち説明するのもなんだかな。
ということで、適当に流したが、エマのツッコミはそれを許さない。
「いや、気にするでしょ!?」
「じゃあ、気にしててどうぞ」
「私の扱い酷くない!?」
エマちゃん、ごめんねー。
見捨てるのは後味悪いとか、楽しく話していた人の力になりたいとか、理由は色々あって、全部説明するのが面倒だっただけなんだけども。
「まあ、ほら、婚カツ中だから。少しでも印象良くしときたいし。だから、そんなに気にしなくていいですよ」
「……ありがとございます」
ジョージさんは何かを察したのかわからないけど、深々と頭を下げてお礼を言ってくれた。
言われなくてもちゃんとやるけど、言われたからには、全力でやるしかない。
私はそういう女である。
「いえ。それでは」
格好つけたつもりはないが、颯爽と魔物退治に向かった結果、私の婚活パーティは失敗に終わったのだった。
あれ、なんだろ、魔物には余裕で勝てたのに、何とも言えない敗北感が……。
なんでかわからないけど、私の婚カツは毎回こんな感じだったりする。
最初にお見合いさせられたこの国の第四王子は、マウントを取ろうと難癖つけたりあてこすったりと、なんやかんや面倒で別れたし。
王子が「結婚したくない」と言ったから、了承したのに、それはそれで文句をつけられるとか、理不尽すぎる。
おまけに、別れた後も待ち伏せして絡んでくるのも面倒で、正直、城にはあまり行きたくない。
貴族についても似たり寄ったりである。
──かつての私は、魔王を屠った最強の勇者であった。
しかし、魔王が去った今、私にとって、最強であることは何の意味があるのか。
いやまあ、いざという時に腕力で解決できるのは便利だけど、ほら、恋人とかできたら相手が引いちゃう場合もあるから難しいし。
かといって、私の力を利用したい人と関係を持つ気にはなれない。
……魔王の討伐と同様に、婚カツもまた、初めから全て上手くいくわけというではないのだろう。
しかし、私もいつか愛する人を得て、幸せにするために頑張ってみせる!
「ハアッ!!」
婚カツへの誓いを新たに、私は気合を込めて目の前の怪物へ剣を叩きこんだのだった。
──その後も、私は諦めることなく、婚カツパーティに参加したが、良い雰囲気になりそうになると、事件に出くわすのだった。
例えば、人さらいが奴隷商へ若い女性を売り渡しているところに乱入して、闇市で売られた奴隷の解放をしたり、
婚カツパーティ殺人事件で昔なじみの騎士のサポート(物理)をしたりと、
とにかく色々とあったが、私は不屈の精神で婚カツパーティに参加し続けている。
事件が解決して、人が救われるのはいいことだし、いつかきっとこの努力が報われると信じて──。