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闇堕ちのエルフ  作者: 綾部 響
第二章 猛火、渦巻く
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エルフ郷 ―不浄穢の精霊―

周囲に恐るべき空気を撒き散らし、ラフィーネは「死の精霊」を呼び出した。

それは、シェキーナでさえ初めて目にする……忌むべき存在であった。

 ラフィーネの足元から湧きだした黒霧は、まるで彼女を捕食する様にその身体に憑りつき包み込んで行く。

 その霧の濃度も際限なく黒くなり、今やラフィーネの身体を確認する事すら難しくなっていた。


「まさか“死の精霊”とは。そこまで強く私を憎み……恨んでいたとはラフィーネ……思わなかったわよ」


 本当だったなら、身内と呼べる存在に死ぬほど恨まれれば、誰であれ心に暗い影が射して然りである。

 しかしシェキーナは、そんなラフィーネの変容にまるで喝采を送っているかの言葉を呟いていた。


 聖霊使いの間でも、禁忌と呼ばれ忌み嫌われる精霊が存在する。

 中でも“死”を司る精霊たちは、使役する者はおろか呼び出そうと考えるものさえ稀有だ。

 死の精霊たちを招来する為には、他の精霊を呼び出す時よりも多くの精霊力を必要とする。

 下級の死の精霊を呼び出そうにも、必要となる精霊力は中級よりも多いのだ。

 そして何よりも、これ以外にも条件がある。

 それは。


 ―――術者の生命を媒介にしなければならないと言う事だった。


 つまり死の精霊を呼び出す為には、その術者は自らの命を懸けなければならないと言う事になる。

 故に、その様な精霊を呼び出そうと思う者など殆ど居ないのだ。

 また、例え呼び出しに成功したとしても、それで自らの願望を達成出来たかどうかの確認は出来ない。

 それも当然の話で、呼び出した本人に意識があるのかどうかも定かでは無いのだ。

 それ故に稀有……そして禁忌なのだ。


「それにまさか……“不浄穢の精霊(ヴェーレス)”とはね……。死の精霊でも上級……それも最上級の精霊だなんて、これから私が生き続けたとしても見る事が出来るかどうか……。流石はラフィーネと言う処かしら」


 そしてラフィーネが呼び出した……若しくは呼び出す事が出来た精霊は、死の精霊の最上級精霊である「不浄穢の精霊」だったのだ。

 シェキーナの言葉通り、彼女とて死の精霊が呼び出される所を見るのは、これが初めてだ。

 だが、感じられる不快感の度合いを思えば、それが低位であるとは思えなかったのだ。

 それも尋常ではないものであったなら、自ずとその精霊がどれ程の階級にあるのかは察しがつくと言うものだ。


「ウ……ウオオ……ヴォオオオッ!」


 シェキーナの見ている前で、ヴェーレスに憑りつかれつつあるラフィーネは咆哮を上げた。

 その声音も、そして言葉でさえ、もはや彼女のものとも……そして人のものでも無くなっていたのだった。

 ラフィーネを覆っていた黒き霧は彼女の体の表面で(うごめ)き、元の身体とは全くの異形を作り出していく。

 その体格は二回りは大きく、全身を重厚な金属鎧で覆っており、一目で頑強と思える姿をしていた。

 しかしその鎧の隙間から見える手や腕、足や顔は、到底人のそれではない。


 ―――骸骨だ。


 肉と呼べる部位を持たない、身体を剥き出しの骨で形成した、骸骨戦士のそれであった。

 しかし一般的な骸骨(スケルトン)と、目の前のそれを同列視する事など絶対に出来ない事をシェキーナは察していた。

 それは戦士として培ってきた彼女の勘と、何よりもただ見ているだけで察する事の出来る恐るべき威圧感から来ていたのだ。


「ガアアアアァァッ!」


 それはラフィーネの悲鳴なのか……それとも、生まれ出る事の出来たヴェーレスの歓喜なのか。

 一際大きい声を発した骸骨の戦士は、それを以て完全なる変態を終えたのだった。


「……ふっ!」


 ここまでの経緯をただ見つめていたシェキーナであったが、敵に先制攻撃まで許すつもりなど到底なかった。

 軽く息を吐くと同時に一足飛びでラフィーネだったものとの距離を詰め、一気に剣を振るったのだが。


「なにっ!?」


 シェキーナの素早い斬撃は、骸骨戦士の持つ盾であっさりと防がれてしまったのだった。

 攻撃を防ぐと言う動作は、戦闘では至極当たり前に繰り広げられる行為だ。

 だが、シェキーナが瞠目するに値する事実が此処にはある。


 並のモンスターならば、シェキーナの斬撃を防ぐ事など出来ない。

 凡そ人界や魔界に生きる生物ならば、一部を除いてその殆どがシェキーナの攻撃を躱す事など出来やしないのだ。

 そして今シェキーナは、自らの内にある「抑圧の封壺」の蓋を、僅かとは言え開けているのだ。

 今のシェキーナは、数年前の自分よりも遥かに強い力を引き出している。

 それにも拘らず目の前の骸骨戦士は、そんな彼女の一撃を苦も無く防いだのだった。

 それも……「エルスの剣」の一撃を……。


「……なるほど……。ラフィーネ、喜べ……。本当に、お前の望み通りになるやもしれないわよ……」


 剣を振りかぶる骸骨戦士の前より飛び退き、シェキーナは再び大きく距離を取った。

 幸い……と言って良いのか、それとも未だにその動きを制御しきれていないのか。

 骸骨戦士からは、シェキーナへ追撃はこなかった。


「……あなたが呼び出したのは……幽鬼の聖騎士(ファントム・ロード)よ……。私も、本で読んだだけの……伝説の悪霊騎士……」


 そしてシェキーナの方は、目の前の重武装の骸骨を目にしてそう呟いていたのだった。





 その場にいる誰もが、例外なく絶句していた。

 それもただ声が出せない……言葉を失っただけではない。

 纏わりつく恐怖に晒され、怯えから指一本動かせないでいたのだった。


「……こ……」


 永遠にその様な状況が続くと思われる最中、言葉とも吐息ともつかない声を発したのは……エルナーシャであった。


「……この……この嫌な気配は……何!?」


 絞り出すような声音で、誰ともなくそう問いかけたシェキーナに、何処からも返事の声は上がらなかった。

 誰にも分からなかった……と言うのは間違いでは無い。

 シェキーナさえ、それ(・・)を見るのは初めてなのだ。

 この面子の中で、シェキーナよりも精霊魔法や精霊に精通している者など居りはしない。

 しかし、憶測ならば出来る。

 そして全員の答えは、概ねで一致していた。


 ―――敵の精霊魔法……または召喚した精霊であろうと。


 だが、その事を口にする事が誰にも出来なかったのだ。

 遠方より漂って来るその気配に呑まれて、誰一人自分の身体を満足の行くように動かす事が出来ないでいたのだから。

 寧ろ、声を出す事の出来たエルナーシャの精神力が並外れていた……と言う事になる。


「レヴィア……もう少し近づけないかな……?」


 誰からも言葉が発せられない理由を、エルナーシャも良く分かっていた。

 だから彼女は、そのまま自身の考えを続けたのだ。

 それにより、止まっていた一同の時間が……動き出す。


「き……危険です……エルナーシャ様! この気配は……尋常では……ありません!」


「そ……そうです、エルナーシャ様っ! こんな恐ろしく気味の悪い気配を俺は……今までに感じた事はありませんっ! 危険ですっ!」


「それにはウチらも―――」


「同意ですえ―――」


「もしも襲われたら―――」


「まず助からんかと―――」


 エルナーシャの突飛と言える提案には、流石に彼女達も一様に反対意見を口にした。

 勿論、敵の正体など誰にも分からない。

 その姿、特性……何一つ判明していないのだから、彼等の反論は怵惕(じゅってき)から来ている事に間違いはない。

 もっともそれは、見事に的を射ていたのだが。


「それでも……いえ、だからこそ……私は母様(かあさま)の元へ……母様の戦いをこの目で見届けたいの……」


 自身も疲弊の極致にあるにも関わらず、エルナーシャは気丈にもそう主張した。


「……仕方ありませんね……」


「……はぁ―――……。分かりました。エルナーシャ様は俺が全力で守ります!」


「ほんにウチらは―――」


「行きとうありまへんが―――」


「しかたおまへんなぁ―――」


 そして今にも泣きそうな程悲しい顔で懇願されては、この場の誰にも彼女の望みを無視出来る者など居なかったのだ。


「みんな……ありがとう……」


 涙を薄っすらと浮かべたエルナーシャの言葉に、いつの間にか一同の中で芽生えていた恐怖は鳴りを潜めていた。

 そして、彼等の不安は……幸いなことに外れる事となったのだった。


シェキーナとラフィーネの戦いは終わらず。

エルナーシャ達はそれを見届ける為に、更に近づく事を決断する。


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