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闇堕ちのエルフ  作者: 綾部 響
第二章 猛火、渦巻く
57/73

エルフ郷 ―決然のエルナ―

動きを止めてしまったエルナーシャと、そんな彼女を抱えて防戦一方のレヴィア。

そんな彼女達に、更なる追撃が加えられる。

風遊ぶ(ベント)自由なる(フリーヤ)精霊(ラウフ)我等の(ウマノ)呼びかけに(カロ)応えよ(フォニ)風を(ヴァン)刃と化し(クスィフォス)彼の者を(アドゥ)切り刻め(マタル)!」


 2人のエルフ族の男性が、殆ど同時に同じ魔法を詠唱する。

 その魔法はエルフ語で紡がれた精霊魔法。

 そして呼び出したのはシルフであり、その精霊が得意としている風の攻撃魔法を行使するためである。


 シェキーナやラフィーネが高位の精霊魔法使いである為に勘違いされがちかも知れないのだが、元来精霊魔法を行使するにも呪文は必要となる。

 精霊魔法における呪文とは、精霊に対しての懇願でありまた……協力を強制する為の呪言でもあるのだ。

 任意の精霊の名を読んだだけでその精霊を従える事が出来るのは、かなり力ある精霊魔法使いでなければならないのだった。


「……しっ!」


「ギャッ!」


 レヴィアは咄嗟に、腰のポーチより小刀を取りだすとそれを投擲した。

 放たれた刃は、1人のエルフの肩口に命中し魔法の詠唱を妨げる事に成功する。

 だがもう一人の魔法発動を止める事が出来ずに、造られた2つの風刃が彼女達に襲い掛かった。

 即座の動きで、レヴィアはエルナーシャを抱き上げるとその場より飛び退き、その精霊魔法攻撃を回避する事に成功する。

 だが残念ながら、攻撃を躱したとて事態が好転する訳では無い。


「……エルナーシャ様! エルナーシャ様!」


 レヴィアの再度の呼びかけでも、エルナーシャに変化は訪れなかった。

 それほどまでに、目の前で人が殺されて(・・・・)死んでゆく様(・・・・・・)は、エルナーシャには衝撃的な出来事であったのだ。


 エルナーシャとて、“人の死”と言うものに無縁であった訳では無い。

 先の魔界を統率していたアスタル、べべブル、リリスの死は未だ記憶に新しい処だ。

 もっともその頃エルナーシャはまだ幼子であり、実際の処記憶は余りないのだが。

 それよりも更に鮮烈に残っているのは、言うまでもなく彼女の父親であるエルス、そしてもう一人の母親であったメルル、剣の師匠であるカナンの戦死だろう。

 ほんの1年前の出来事であり、エルナーシャの肉親とも言える者の死である。

 身近に感じない訳では無いし、何よりも悲しい思い出として未だ彼女の脳裏に刻まれ続けているのだ。


 ただしそれも、あくまで伝聞の類でしかない。


 実際にエルスやメルルやカナン、アスタルにべべブルにリリスが殺されるシーンを目の当たりにした訳では無いのだ。

 更に彼等の往生で、遺体の残っていた事はただの1度として無かった。

 これでは死を悼む事は出来ても、死を実感する事など出来やしない。

 エルナーシャは正しく、今初めて本当の(・・・)「死」と言うものを実感していたのだ。


「エルナーシャ様! ……エルナッ!」


 そうこうしている間にも、防戦一方の2人に魔法攻撃と弓矢での攻撃は続いている。

 レヴィアとしてはこのまま逃げる事も不可能では無いのだが、そうするにもエルナーシャの了承を得る必要がある。

 故にレヴィアは、今までにないやや強い口調でエルナーシャを……愛称を使って呼んだのだった。

 それまで呆けて意識を手放していたエルナーシャであったが、此れには流石に身体をビクリと振るわせて覚醒する。


「……レヴィア?」


 それでもやや呆然とした感は否めず、本来の彼女には程遠い状態であった。

 しかしレヴィアにとっては、話せる状態にまで戻ってくれてホッとした心境であった。


「……エルナーシャ様。……戦えますか?」


 そしてレヴィアは、端的にこの質問だけを投げ掛けた。

 今はエルナーシャの体調や心情を気にしている場合ではない。

 防戦一方と言う事は、このままでは勝機など望めないと言う事でもある。

 時間を掛け過ぎれば、その後にどの様な展開が待っているのか、さしものレヴィアでも分からないのだから。

 この様な状況で、更に多くの集団が加勢にでも来たならば目も当てられない。

 ここは魔界の魔王城訓練場などでは無く、敵地深く入り込んだ戦場であり、周囲にはエルフ族の方が圧倒的に多いのだ。


「……分からない」


 そう答えるエルナーシャの唇は……震えている。

 それどころかレヴィアの抱く彼女の身体も、僅かばかり戦慄(わなな)いていたのだった。


「……それでは……」


母様(かあさま)は!」


 それを察したレヴィアが撤退を進言しようとして、エルナーシャが強めの語調でその言葉を途中で遮った。


「……母様は……父様(とうさま)は、こ……こんな経験(・・・・・)をして来たのかな……?」


 突然シェキーナやエルスの経験を聞かれて、レヴィアは返答に窮してしまっていた。

 ただし突発的な質問では無かったとしても、レヴィアに正確な返答が出来たかどうかは定かでは無いのだが。


 エルスやシェキーナ、メルルやカナンが人命を刈っていたのかと問われれば答えは……YESである。

 カナンが人界へと赴き、その精兵3000人を屠った事は記憶に新しい処だが、それ以前にもエルス達は人族や魔族を問わず、様々な種族の者と剣を交えて……これに打ち勝ってきたのだ。

 それはエルナーシャは勿論、レヴィアやアエッタでさえ知らなかった事実である。

 もっともアエッタに関しては、メルルより受け継いだ「知識の宝珠」のお蔭でその事実のみを知ってはいるのだが。


 エルスとて、品行方正清廉潔白のみで勇者を続けて来た訳では無い。

 魔界へと乗り込み多くの魔族を斬り伏せて、終には魔王を打ち倒しているのだ。

 これだけ見ても、エルスの手が真っ白である等とは到底言えたものではない。

 そしてそれに追随して来たシェキーナやメルルもまた、多くの命を消し去って来たのだった。

 また敢えて言うならば、エルスは同族である人族でさえもその手に掛けている。

 勿論、殊更にエルスが望んで殺人を犯していた訳では無く。

 クエストとして村を脅かす盗賊団の討伐を求められたり、勇者エルスを疎ましく考えていた国から送られた刺客を返り討ちにした事もあった。

 エルスの実力を考えまた結果論で言うならば、敢えて殺す様な事はせずに無力化出来たであろう。

 しかしそうした時に、その後に更なる非道が行われる事は往々にしてあるのだ。

 メルルを始めとした仲間達の助言により、エルスは自らを襲って来たり「悪人」だと断じた者にはその剣を振るったのだった。


「……ええ。きっと……あると思います」


 そんな事を知っている筈の無いレヴィアだったが、エルナーシャの問い掛けにこう答えたのだった。

 結果として彼女の答えは的を射ていたのだったが、この時のレヴィアは恐らくはエルナーシャが望んでいる答えを口にしただけである。

 そしてそれは、今の彼女にとっては正しく効果覿面(こうかてきめん)と言った処であった。

 その答えを聞いたエルナーシャの瞳が徐々に力を得て行き、そして強い光が灯る。

 蒼白だった顔には、だんだんと赤みが差して来ていた。

 エルナーシャの変化を具に察したレヴィアは、抱きかかえていた彼女の身体を地面へと下ろした。

 レヴィアから解き放たれて自らの足で立つエルナーシャに、先程のような震えは見られない。

 それどころか、普段の彼女が発する気勢まで戻って来ていた。

 そこへ再び、エルフ族の放った矢が飛来して来たのだが。


「はぁっ!」


 気合い一閃、エルナーシャはその矢を2本の剣にて叩き斬ったのだった。

 完全復調した様に見えるエルナーシャはそのまま走り出し、目の前のエルフ戦士に肉薄する。


「レヴィアッ!」


「……はっ!」


 エルナーシャの呼びかけに、何をすればよいのか即座に理解したレヴィアが応え動き出した。

 そんな彼女に目をくれる事も無く、左手の剣で大上段から斬り下ろしたエルナーシャの攻撃だが、待ち構えていたエルフ戦士の小剣によって受け止められた。

 だがそれにより、致命的な隙を晒す事になったのだ。


「グハッ!?」


 上からの攻撃を防ぐために腕を上方へと掲げては、胴ががら空きになるのは道理。

 そこへすかさず、エルナーシャの右手に持つ剣が通り過ぎた。

 その剣筋には躊躇いも、そして迷いさえ感じられる事は出来ない。

 切れ味も申し分ない「エルナの剣」の一撃は、あっさりとエルフ戦士の命を……戦闘力を奪い去った。


「ギャアッ」


「グワッ!」


 それと殆ど同時に、更に奥では2人のエルフがレヴィアに斬り伏せられていた。

 恐らくは魔法を得意としていたのだろうそのエルフ達は、レヴィアの素早い接近戦闘に成す術無く倒されたのだった

 しかしエルナーシャはそうなる事を察していたのか今度もそちらへとは目を向けず、中2階で矢を番えているエルフへと標的を定め飛び上がった。

 その迅速な行動に、残された2人のエルフ達も若干の狼狽を見せたのだが、即座に理性を取り戻していた。

 無闇に空中へと飛び上がれば、矢を射かける方としては申し分ない標的だと言える。

 その様に絶好の機会が訪れては、呆けている場合では無い。

 何せ、空中には足場など無いのだ。

 放たれた矢を躱す事も出来ずに防ぐか、斬り落とすしかない。

 それも、足元のおぼつかない中空で行わねばならず、正に矢継ぎ早な連射であれば攻撃を当てる事もそう難しくない……筈だった。


 流石はエルフ、弓矢の扱いは見事であり、常人では成し得ないような矢の速射を見せた。

 空を舞い盾を持たないエルナーシャに、この矢を無傷で躱すのは難しいと……そう思われたのだが。


「なっ!?」


「なんだとっ!?」


 真っ直ぐに中2階のエルフ達へと軌道を取っていたエルナーシャが、突然その方向を変えた。

 しかも僅かに軌道を変えた……と言うレベルではない。

 まるで空中で足場を得たかのように、中2階から大きく離れるような動きを見せたのだ。

 その本来ではありえない動きに、エルフ達は絶句し今度は本当にその動きを止めてしまう。

 そんな呆けたエルフ達が立ち直るまで待ってやるエルナーシャでは無かった。

 彼女は再び、その飛翔方向を変える。

 今度は、中2階へと水平方向に……まるで見えない地面を駆けてエルフ達に肉薄するかのような軌道を取ったのだ。

 有り得ない方向からの有り得ない攻撃に、エルフ達の迎撃は間に合わず。


「……あ……」


 1人は声を上げる間もなく、もう一人も恍けた様な声を出し、エルナーシャの剣に首を斬られて……絶命していたのだった。


切っ掛けを得たエルナーシャは何とか立ち直った。

エルフの戦士達を退けた彼女達の前には……。

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