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闇堕ちのエルフ  作者: 綾部 響
第二章 猛火、渦巻く
34/73

行く手を遮るもの

人界では魔族軍の動向にベベルが注視している一方で、シェキーナ達は精霊界へと赴いていたのだった。

 人界へと進出した魔族軍が完全にナンノ森林を抜けるその前に、シェキーナ率いる精霊界「エルフ郷」攻略部隊は、彼女の開いた異界洞を通り精霊界へと到達していた。


「ジェルマ、親衛騎士団の指揮を取りなさい! 全隊の行動を掌握後、すぐにエルフ郷へと出立します!」


「はっ!」


 親衛騎士団長ジェルマにそう命じたのは、どこか照れくさそうなエルナーシャであった。

 勿論、シェキーナもこの地に同行している。

 それどころか、シェキーナはエルフ郷攻略の要でもあるのだ。

 彼女が居らずしてエルフ郷の攻略など有り得ないのだから、これは当然と言う処だ。

 だがシェキーナは自ら命令する事をせずに、敢えてエルナーシャにその役目を任せているのだった。

 その理由は幾つかあり。


 まず第一には言うまでもない事で、次期魔王であるエルナーシャに箔を付けさせる為の経験をさせる事に他ならない。

 シェキーナが寿命でエルナーシャより先に逝去すると言う事は、少し考え難い。

 永遠に等しい時間を生きるハイエルフのシェキーナは、魔族のどんな種族よりも長命なのだ。

 いや……寿命があるかどうかも怪しい処であった。

 それを考えれば、シェキーナがエルナーシャへと王位を譲るのは禅譲(ぜんじょう)となる事は明らかだった。

 しかしある日を境に権力を得た処で、それを活かす事の出来る経験が無ければ混乱するだけである。

 それを懸念しているシェキーナは、少しずつエルナーシャにこう言った役目を任せようと考えており、これはその一環と言う訳であった。


「レヴィア。先行して様子を見て来るのです。障害となるものが出現した場合は即座に排除し、それが不可能ならばすぐに知らせに戻りなさい」


「畏まりました、エルナーシャ様」


「特にエ……エルフを逃さない様に」


 次いでエルナーシャは、レヴィアに先行偵察を命じたのだった。

 それを受けたレヴィアは殊更に恭しく礼を取ると、まるでその場から消え失せる様に立ち去ったのだった。

 彼女の役目はエルナーシャに言われた通り、進軍方向に対する威力偵察と言った処だ。

 特に、エルフの眼だけは何としてでも潰しておきたい処であった。

 精霊界の住人たるエルフの眼をいつまでも欺き続けるなど不可能だが、それでも察知されるのは遅いに越した事は無い。

 ただ、シェキーナと同じ(・・・・・・・・)エルフ族に敵対し、剰え捕縛や殺害の指示を与える事には些かの抵抗がある様ではあるのだが。


「アエッタ、全周囲に魔力による結界糸を張り巡らせ、接近する者に注意しなさい。もっとも……精霊界の住人にどれ程の効果があるかは分かりませんが」


「……はい」


 そして更にエルナーシャは、アエッタにもそう指示を与えたのだった。

 そこまでの指示を出し終えたエルナーシャは恐々とシェキーナの方へと目を向け、それを受けたシェキーナは僅かに微笑んで頷いて見せた。

 それを確認したエルナーシャは、漸く安堵の溜息を付いて相好を崩す事が出来たのだった。


 エルナーシャは、殆ど誰とでも分け隔てなく接する事が出来る。

 それもまたエルスから引き継いだ、人として魅力的な能力の一つであろう。

 ただしそれも、支配者や上に立つ者には邪魔となる事もある。

 どれほど仲が良くとも、どれだけ繋がりの深い親友であっても、上下関係は明確にしておかなければならない。

 少なくともレヴィアやアエッタ、ジェルマやレンブルム姉妹やセヘルにイラージュは弁えてはいるが、他の者まで必ずしもそうとは限らない。

 そしてその様に主従の関係が有耶無耶だった場合、必ず命令の不服従や不平不満の原因となるのだ。

 エルナーシャにはその様に支配者然とした態度などすぐには難しいのだが、こう言ったものは反復による慣れも必要なのだ。


「それでは、全軍出立します!」


 シェキーナを先頭に、エルナーシャはそう号令をかけ、それにジェルマを始めとした親衛騎士団の面々が一斉に応えたのだった。





 黄金色に輝く世界……精霊界を、異質と言って良い一団が黙々と進んで行く。

 金色……と言っても、それは本当に木々や枝葉、足元に生えた草花が黄金の発色をしている訳では無い。

 それは日常で感じる事の出来る自然な……陽射しに感じる事の出来る優しい美しさであった。

 そう……精霊界は、まるで全体が陽の光で満ちている様な、そんな温かみを持った世界なのだ。


 そんな中を、闇の女王に率いられた集団が進んで行く。

 シェキーナは今回の遠征に際し、親衛騎士団を始めとした全員に軽装での従軍を指示していた。

 それは偏に、進軍スピードを重視しての事であった。

 普段通りの重装備では出せない様な行軍を見せ、シェキーナに率いられた大隊規模(1000人)の一団は一路「エルフ郷」へと向かっていたのだが。

 シェキーナ達が暫く進むと、前方に彼女達を待つレヴィアの姿が見えたのだった。


「……巨大な獣が行く手を塞いでいるだと?」


 一旦全軍の動きを止めたシェキーナがレヴィアに報告を聞き、それを聞いた彼女は少なくない驚きを込めてそう反問していた。


「……はい。大きさは……ドラゴン程度だと思いますが。その姿は……巨大な鳥……鷲のようでした」


 そしてレヴィアは、その目で見た内容を更に付け加えたのだった。


「……母様(かあさま)……」


 今までエルナーシャも聞いた事の無い魔物の出現に、エルナーシャは思わず娘の顔に戻ってシェキーナへ不安気な視線を送ったのだった。


「それは恐らく……精霊獣だな……。レヴィアが姿を見た……感じたというのならば、恐らくは半精霊半物質(ファータ・マテリア)だろう」


 シェキーナにしては珍しく、その表情は険しく、そして悩んでいる様でもあった。


「母様? そのファ……ファータ……は、どう言ったものなのでしょうか?」


 彼女の口にした言葉が初めて聞く不思議な響きをしたものであったため、エルナーシャは何とか質問しようとし……失敗していた。

 考えるまでもないのだが、魔族が精霊界にやって来るなど殆ど無い事だ。

 いや……先年魔族陣営に付いたシェキーナが此処へと訪れた事が、実のところ魔族が精霊界へと足を踏み入れた初めてであった。

 ましてや生粋の魔族が此処を訪れた事など無く、だからこそこの世界に疎いのも仕方の無い事なのだ。


「ふむ……元来精霊は、その姿を確認する事は難しい。この精霊界に無数の精霊が暮らしているのだが、それでも殆どの精霊を人族や魔族、亜人族の者達が見る事は敵わないだろう。精霊界に暮らす者の姿を目にする事が出来るのは、やはり同じ精霊界の住人だけ……となる」


 そんなエルナーシャの問い掛けに、シェキーナは先程まで湛えていた難しい顔を崩し、まるで優しく言い聞かせるような表情となって説明を始めた。


「だが、例外も当然存在する。その最たるものがエルフ族な訳なのだが……。つまりはこの精霊界において、僅かでも肉体を持つ者がそれらに当たるのだ。そして“半精霊半物質(ファータ・マテリア)”とは、元来精霊として具現化する事の無い精霊が何らかの理由で体を持ちこの世界に出現したものを指すのだ」


 魔法として精霊魔法を使う者は、魔族にもごく少数存在している。

 だが精霊界に訪れる事はおろか、精霊魔法に深く精通しているものは殆ど居ないと言うのが事実だった。

 秘術として研究し一族のみで伝承しているケースもあるかもしれないが、その様な情報はまず知れ渡る事は無い。

 つまりは、魔族にとって精霊界の存在や精霊魔法の成り立ちは未知な部分が多いのだ。

 エルナーシャを始めとした魔族の者達がその様な説明を聞いても、その脅威が如何ほどのものなのかを実感出来よう筈も無い。


「精霊は元来無害なのだが、具現化した個体は別物だ。何にでも興味を示し、何よりも好戦的なのだ。そんな精霊獣が進行先で居座っているとなれば、一戦は避けられまい」


 自ら説明した後でその様な空気を感じ取ったシェキーナは、精霊獣の脅威だけを口にした。

 そしてそれを聞いたエルナーシャ達は、頷いてシェキーナの言葉に同意を示した。

 しかし。


「ただし、精霊獣は厄介だぞ。精霊の強さは、その殆どが大きさで決まると言って良い。レヴィアの話からドラゴンほどの大きさだと言う事を考えれば……実際の強さは老竜(エルダー・ドラゴン)程と考えても差し支えないだろう」


 次にシェキーナが口にした事で、その場の全員が息を呑み絶句したのだった。

 昨年の出来事とは言え、エルナーシャ達にも老竜の強さは記憶に新しい。

 何よりもその時の戦闘で、ジェルマは瀕死の深手を負ったのだ。


「兎に角、まずはその様子を確認する事としよう。精霊獣はそれと認識した者の印象を強く反映した姿になるケースが多い。そしてそれにより、攻撃方法や特性が変化するのだ。まずはその姿を確認するとしよう」


 シェキーナがそう告げると同時に、レヴィアからかみ殺した様な声が漏れたのだが、その事に気付いたのはシェキーナだけであった。

 緊張に包まれたエルナーシャ他一同は、互いに顔を見合わせて頷き合っていたのだった。


 結局、妙にソワソワとしているレヴィアの態度には、誰も最後まで気付く事は出来なかったのだった。

出現した精霊獣の元へと向かうシェキーナ達。

強い力を持つ精霊獣に、エルナーシャ達も緊張した面持ちだが、そんな中でレヴィアだけは少し違う意味で顔を強張らせていたのだった……。

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