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闇堕ちのエルフ  作者: 綾部 響
第二章 猛火、渦巻く
28/73

アルナの影

魔界では着々と精霊界侵攻、そしてそれに伴う人界侵攻作戦が立案、準備されていた。

シェキーナの元には、連日のように人界の情報が齎されていた。

 人界を含む、精霊界への攻略が決定された。

 着々と準備を進めるシェキーナ達の元へは、頻繁に人界の情報が齎されている。

 それを行っているのは、言うまでもなくチェーニ達“影”の存在だった。


「俺達の知らない処で、これだけの“影”が動いていたんだなぁ……」


 そんな隠密の実態を肌で感じたのだろうジェルマが、どうにも感慨深げにそう呟いた。

 それを聞いたエルナーシャやアエッタは苦笑いを浮かべ、セヘルやレンブルム姉妹は白けた視線を彼へと送っていた。


 武門の出であるジェルマは世俗に疎い処があるが、この言葉はその事を如実に物語っていたのだ。

 当たり前の話で、組織を形成するには単純な構造では成り立たない。

 いや、本来ならばその方が望ましいのだが、そうはいかないのが現実だ。

 所謂「表の仕事」を行う者の裏側では、違法すれすれの行為やそれこそ手を汚す仕事が横行している。

 シェキーナの性格から殊更にその様な事を望まないであろうが、それでも必要であれば容認するしかない事を彼女も心得ている。

 だからチェーニ達の様な役柄は暗黙の了解で知られていたし、公然の秘密として詮索しない事が礼儀とも言えた。

 ジェルマとしても、その様な存在がいる……と言う事は何となく感じていただろうが、それでもこれ程の人数が暗躍していたとは想像も出来ないでいたのだった。


「人界軍の総編成規模は、3個軍団(10万人)程だと思われます。ただし、実際に召集の掛かっているのは2、3個師団(2、3万人)の様です。実戦に耐えうる人員となれば、その程度が限界かと」


 居並ぶ一同の前で膝を付いた“影”の少女が、玉座に着くシェキーナへ顔を伏せたままそう報告していた。

 その人数自体は人界の規模から考えれば、未だ驚く程のものではない。

 人族の一つ大きな特徴は、その人海戦術と言えるだろう。

 犬猫のようにポンポンと子供を増やせると言う事は無いが、一家族に幾人かの子供を設けて育てる事が出来ると言う点にある。

 そして何よりも、他種族と比べてその成長速度は遥かに……早い。

 毎年のように数万人が成人し徴兵に耐えうる肉体に達するのだから、他種族にしてみればそれだけで脅威と言える。

 個としては非力である感は否めないが、集団としては他の種族を凌駕していると言って良かった。


 だがそれも、近年で幾度も受けた大打撃で随分と減衰している。

 またシェキーナが玉座についてより、小規模だが何度も魔界から人界へと魔物を送り込み襲撃をかけていたのだ。

 それにより人界軍の編成は遅々として進まず、それこそが魔界側のアドバンテージとなっていたのだが。

 それでも人界では着々と人員の補充が行われ、再び10万人規模の軍団を編成しつつあるのだ。


「ふん……。兵を養うのは、一朝一夕ではいかぬだろう。実際の戦力は、数ほど伴わないと言う事か」


 それを聞いたシェキーナは、騒めく近従の者たちを鎮める意味合いも込めてやや大きめの声でそう言い捨てた。

 それは何も、動揺する部下を抑えようとしての事だけではなく真実も含まれていた。


「は……おっしゃる通りでございます。未だ練兵過程の者も多く、実戦闘で脅威となるのはその人数だけであろう考えられます」


 そしてそんなシェキーナの言葉に、跪いたままの少女が自らの考えを述べた。

 一隠密にその発言は怪訝に映るだろうが、実際はその逆である。

 ある程度の知識が無ければ、情報を集めると言う高度な任務に就く事など出来ないのだ。


「うむ……老はどう考える?」


 そんな少女の言に頷いたシェキーナは、脇に控えるアヴォー老に意見を求めた。

 それを切っ掛けに、隠密の少女が音も無くその場より退室する。


「……未だ練度は低く、実戦力は数の上でも我が軍より少ない……戦えば勝てましょうが、だからこそここは手を出さぬのが良策と心得ますじゃ」


 僅かに思案する素振りを見せたアヴォー老だが、その意見には淀みなく確固たる確信が見て取れた。

 血気に逸る……とまではいかなくとも、まだまだ若いジェルマやセヘルからはその言に反論しようとする素振りが伺えたのだが。


「決戦なれば総力を挙げて戦いましょうが、今回はそうではありますまい。なればここでこちらの損害を出すのは下策と言うものですじゃ。今回はあえてこちらの軍を動かす事無く、精霊界侵攻のみに注力するが上策でありましょう」


 即座に付け加えられたアヴォー老の言葉に、彼等は出端を挫かれて何も言えなくなってしまっていたのだった。

 アヴォー老の言うように、人命を無下に散らす必要は無いと言い切られてしまえば反論は難しい。

 それに対案も無くただ反対するのは、単なる無能の証明でしかない。

 それが分かるだけでも、ジェルマとセヘルはまだ冷静であり単なる猪武者で無い事を物語っていた。


「老の申す事は至極もっともだ。だが……今回はあえて、全軍で打って出る」


 そんなアヴォー老の意見に、シェキーナは認めつつも正反対の論で返したのだった。

 この言葉には、玉座の間に集う殆どの者が色めき立った。

 僅かに3人を除いて。


 エルナーシャは、シェキーナの言葉に反意など微塵も見せていない。

 シェキーナがどれ程突飛な意見を口にしたとしても、きっとエルナーシャはそれに準ずるだろう。

 レヴィアは、エルナーシャがシェキーナに従う意志を感じ取って、それに随伴する事を己に課している。

 勿論シェキーナの事は敬い慕っているものの、やはり彼女の主はエルナーシャなのだ。

 そしてアエッタだが。


「軍の……殆どを動員して……囮に使う……のですね……?」


 シェキーナの意図を正確に読み取った上で、賛同していたのだった。

 アエッタの言葉を聞いて、シェキーナはその口角を吊り上げて満足そうに頷いて見せた。


「そう……その通りだ、アエッタ。奴らの主力前面にこちらの全軍をぶつける。ただしこれは……囮だ。戦う事が目的ではない」


 シェキーナとアエッタによる種明かしを聞いて、アヴォー老は掌を拳で打って深く納得していた。


「なるほど。人界軍の動きをけん制すると同時に、その目をそちらに釘付けとする策ですな。合点がいきましたですじゃ」


 アヴォー老が更に詳しく説明した事により、周囲には深く感銘した声が溢れ返った。

 ただ彼が口にした次の言葉により、一部の者(・・・・)が血相を変える事になる。


「流石は、メルル様の全てを受け継いだことだけはありますな。その慧眼、恐れ入りましたじゃ」


 アヴォー老としては、他意も無く感嘆した故に出た言葉であり、アエッタもそう評されて嬉しいと感じていた。

 だがそれに納得出来なかったのは誰あろう……セヘルだ。

 明らかに気分を害していた彼は、その感情のままに言葉を発しようとしたのだが……そうは出来なった。


「そうですぅ―――っ! アエッタ様は、メルル様の全てを受け継いだただ一人の御方っ! 凄いのです―――っ!」


 あっさりと臨界を超えたイラージュが、瞳にキラキラと星を宿し、鼻息も荒くそう声を上げたのだった。

 その余りの迫力と声量に周囲の者は唖然とし、アエッタは後退る程であった。

 もっともそうはさせなかった……イラージュがそう出来なかったのは、即座に彼女を背後から羽交い絞めにして抑え込んだセヘルのファインプレーに依る処だった。

 セヘルに抑え込まれて尚もがきまくるイラージュを見ながら、アエッタは心の中で静かに呟いていた。


 ―――セヘル……グッジョブ……と。


 その様な混乱もあり、一気に緊張感が霧散した魔王の間におけるやり取りはそのままに、一旦閉幕となったのだった。





「人界の主導者達は……エルフ達への呼びかけに対して『アルナ=リリーシャ』の名を上げ……それを聞いたエルフ郷側は……逆らう事が出来なかった様です」


 “影”からさらに詳しい情報や、公表出来ない秘密などの報告を受けていたレヴィアが、シェキーナの私室で彼女にそう報じていた。

 その場には現在、シェキーナとエルナーシャ、アエッタとレヴィアのみが集っている。

 特に秘匿性の高い話し合いは、決まってこの4人で行われる事が通例となっていたのだった。

 シェキーナとしても、特に他のメンバー……ジェルマやレンブルム姉妹、セヘルやイラージュやアヴォー老を信じていないと言う訳では無い。

 ただ秘密と言うのは、知る者が増えるだけ洩れる可能性も高くなることをシェキーナは知っているのだ。

 だから出来る限り最小限に留める必要があり、その際の人選としてはこの4人が最適であり最大限だと心得ていたのだ。


「……アルナか……。本当に奴が前線に出て来るのか?」


 シェキーナのこの言葉を間近で聞いたエルナーシャ達3人は、知らず汗を浮かべる程の圧を彼女から感じていた。

 今までにもシェキーナからは様々な威圧的雰囲気を感じる事があったが、今回のものはそのどれにも当て嵌まらない異質なものだった。


「い……いえ。『アルナ』は今のところほ……殆ど動きを見せておりません。こ……今回彼女の名前が出てきたのはじ……人界側首脳陣が彼女の名を流用した結果……かと」


 だから説明を続けるレヴィアの口もスムーズな動きを見せずに、所々で詰らせていたのだが。


「……そうか。ならば今回厄介なのは、ベベルが表立って出て来るかどうかくらいだな」


 そうレヴィアの説明を聞いたシェキーナからは、それまで溢れ出ていた気配が瞬時になりを潜めたのだった。

 知らず、エルナーシャ達の口から安堵の息が吐きだされていた。


 シェキーナにとって「アルナ=リリーシャ」と言う名前は、一際特別な意味を含んでいる。

 何と言っても、シェキーナにとって特別な存在であった「エルス=センシファー」が命を落とした最大の切っ掛けを作ったのは彼女なのだ。

 ただし、シェキーナがエルスとアルナの戦闘を目の当たりにしていた訳では無い。

 だが、倒れたエルスの血にまみれたその姿を見れば、アルナがエルスに対してどの様な事をしたのかが知れようと言うものだ。

 故に今現在、アルナはエルスの仇であり……シェキーナ最大の標的とも言える。

 そんな彼女の名が出てきたのだ。シェキーナがどす黒い気勢を発するのもまた頷ける事であった。

 もっともそうと分かっていても、エルナーシャ達がシェキーナの威圧に耐えられるかと言う事は別の話なのだが。


「レヴィア、アルナの動向は引き続き監視させ、併せてベベルの行動にも目を見張らせろ。あの食わせ者が表立って動くようなら、作戦を一部変更しなければならないからな」


「心得ました……シェキーナ様」


 平静に戻ったシェキーナはレヴィアにそう指示を与え、それを受けたレヴィアもその様に返答した。

 話が終わり退室するエルナーシャは、今や人界軍全軍指令となった「ベベル=スタンフォード」が前線に出てこない様に祈らずにはいられなかった。


シェキーナが最も無視できない者の名が上がったものの、今回はその人物による懸念はない様だった。

作戦の成功を思う一同は、予期せぬ「アルナ」の介入がない事を祈らすには居られなかったのだった……。

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