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闇堕ちのエルフ  作者: 綾部 響
第1章 闇の女王
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それぞれの課題

ドラゴンを無事に倒し、まずはエルナーシャ達がシェキーナの元へと戻って来たのだった。

 シェキーナの待つ所へと真っ先に戻って来たのは、やはりと言おうかエルナーシャ達であった。

 まだまだ未熟だったとはいえ、初戦で下位龍(ロウアー・ドラゴン)を相手に見事な連携で倒したのだ。

 共闘には程遠いジェルマ達よりも早く戻って来れるのも当たり前と言うものなのだが。


「……ただいま戻りました……シェキーナ母様(かあさま)……」


 そう報告したエルナーシャの表情は暗かった。


「……どうしたのだ? 怪我でもしたのか?」


 シェキーナが見る限りではエルナーシャも、レヴィアもアエッタも、何処も怪我をしている様には伺えない。

 更に言えば、暗い表情をしているのはエルナーシャだけであったのだ。

 シェキーナがレヴィアとアエッタに視線を送り問い質してみるも、2人にも心当たりが無いのか互いに顔を見合わせて首を傾げるだけであった。


「いえ……怪我はしておりません……。でも……」


 そう答えるエルナーシャは、やはり沈鬱な表情をしていた。

 何が彼女の心に暗い影を落としているのか分からないシェキーナは、エルナーシャがゆっくりと、それでいて心苦しそうに紡ぎ出す言葉を待った。


「でも……母様の様には……父様(とうさま)の様には戦えませんでした……すみません……」


 その言葉を聞いて、シェキーナは……いや、レヴィアとアエッタも呆気に取られていた。

 そして。


「……くくく……ふふふふ……あっはははははっ!」


 シェキーナは笑いを抑える事も出来ずに、その場で大笑いしたのだった。

 突然声を上げて笑い出したシェキーナに、今度はエルナーシャが目を丸くしてその姿を見つめるしかなかった。


「……いや、済まない。別にお前の事を笑った訳では無いんだ」


 一頻り笑い終えたシェキーナは、目に浮かんだ涙を拭いながらエルナーシャにそう謝罪した。

 もっとも、シェキーナの言葉は若干の語弊があり、彼女が笑った原因は明らかにエルナーシャの発言に依るものなのだが。

 自分の言で笑った訳では無いと言われたエルナーシャだが、そう言われる事が正しく彼女自身の言葉を笑ったと言っている様なものだ。


「……そんなにおかしい事を言いましたか?」


 生まれてより未だ2年と立っていないエルナーシャであっても、流石にその事に気付き不機嫌な表情となる。


「違うんだ、エルナ。私は嬉しくなって、思わず笑ってしまったんだ。それと同時に、お前もまだまだ子供だと痛感させられてな」


 そう答えるシェキーナの眼は、優しく慈愛に満ちている。

 そしてそんな視線を受けたエルナーシャは、顔を真っ赤にして俯くしかなかったのだった。


「お前が私や、エルスの様になりたい……戦いたいと思う事は嬉しく思う。そして、エルスの様な戦い方を目標とするのは悪くない事だ。……ただ、思うように戦えなかったと言うのは仕方の無い事なんだ」


 シェキーナの話は、まるで師が弟子に指南している様でもある。

 そしてその言葉はエルナーシャだけではなく、彼女の後ろに控えるレヴィアとアエッタにも掛けている様であった。


「相手は下位とは言えドラゴンの眷属。強敵であったに違いない。そんな魔獣を相手取って生きて帰って来れたんだ。今日の教訓を確りと後に活かせるよう、今後も訓練に励めばいい」


「……はい……はいっ! 母様っ!」


 シェキーナの話を聞いて、エルナーシャはその表情をパァーッと明るいものへと変えて元気に返事した。

 それはエルナーシャがシェキーナの意図を正確に読み、その上で励ましてくれていると感じ取ったからに他ならなかったのだった。


 シェキーナは、今のエルナーシャ達にドラゴンの相手は荷が重い事が分かっていて、それでもあえて戦う様に仕向けたのだった。

 初陣のエルナーシャには、確かにドラゴンを相手取るにはまだ早いと言って良かった。

 力量だけで言うならば問題ない。

 事実、3人掛かりとは言え無事に倒して来たのだ。

 それでも、圧勝と言う内容では無かった。

 アエッタの魔法が無ければ(あやう)い処でもあったし、レヴィアにしてもドラゴンの一撃を喰らっている。

 またエルナーシャにおいては、ドラゴンを仕留めるチャンスがあったにも拘らず活かす事が出来なかった。

 そう言った意味では、まだまだ経験が必要なのは言うまでもない事であった。


 それでもシェキーナは、そんな彼女達の力量を正確に見抜いたうえで、ドラゴンと戦う様に指示したのだった。


 エルナーシャの力量(レベル)を考えれば、生半可な敵と戦わせる事は得策ではない。

 今の彼女でもギリギリ勝てる様な敵でなければ、戦わせる意味が無いのだ。

 しかしエルナーシャの技量を考えれば、そんな敵がその辺りに徘徊している事は稀である。

 そう言った意味で、このドラゴンとの戦いはエルナーシャに経験を積ませる良い機会だったのだ。


「アエッタ様―――っ!」


 和やかな……穏やかな雰囲気だったシェキーナ達の元に、ジェルマを筆頭としたメンバーが戻って来た。

 良い雰囲気を台無しにした張本人は、シェキーナに挨拶するよりも何よりもまず、アエッタの元へと駆け寄ったのだった。


「アエッタ様っ! どこか痛い処はありませんかっ!? お怪我がある様でしたら即座に……」


「イ……イラージュさん……。私は、大丈夫ですから」


 今にも頬擦りしそうなイラージュの顔を押しのけながら、アエッタが何とかそう返答する。

 そんなイラージュの後に続いたジェルマ達は (シェキーナの元へと到着する直前、アエッタの姿を見つけたイラージュは信じられないような速度で一行の先頭に躍り出たのだ)彼女の乱行にはとうに見切りをつけたのか、完全に彼女を居ないものとして行動している。

 そんなイラージュもアエッタやエルナーシャ、何よりもレヴィアの射す様な視線に漸く我へと返りジェルマ達の最後尾に付く。

 シェキーナの前に跪くジェルマ達を見て、シェキーナは小さく溜息をついた。


「うむ、御苦労。……ジェルマ、ドラゴンの相手はどうであった?」


 シェキーナの眼には、嗜虐的な瞳が宿っている。

 それはまるで、ジェルマに言いたくない事を無理やり言わせようとしている様である。


「……は。強敵ではありましたが、皆の力により何とか倒す事が出来ました……」


 顔を上げる事無く、ジェルマは静かにそう答えた。


 ジェルマの話した内容がその言葉通りでない……そんな事は、彼に聞くまでもなくシェキーナには分かっていた。

 更に言えば、どの様な戦いであったか……パーティとして機能していたのかと言う事まで、一同の顔つきや雰囲気を察すればまるで見ていた様に把握出来ていたのだった。


 ――全く、良い方向へと進展していない。


 シェキーナはもう一度、小さく溜息をついた。


 エルナーシャに経験を積ませたように、シェキーナはジェルマ達にもある意味で“試練”を与えたつもりであった。

 強敵との戦いともなれば、反目し合う同士であっても手を取り合わなければならない場合もある。

 それが同じ組織に所属しているならば、それ程難しい事では無いとシェキーナは考えていたのだが。

 結果としては、何ら好転している様には伺えなかったのだ。


「……そうか。今後も協力して事に当たり、私やエルナーシャの障壁を排除するよう努めてくれ」


「……はっ!」


 それに対してシェキーナは、敢えて彼等に何かを言う様な事はしなかった。

 今この場で彼女が言って聞かせた所で、余り意味は無いと知っていたからだ。


 シェキーナの……魔王の言う事である。


 ジェルマも、シルカやメルカ、セヘルやイラージュも、決して否とは言わずに耳障りの良い返事を返して来る事だろう事は想像に難くない。

 だがそれも、この場限りである。

 実際に戦闘となれば、互いにどの様な行動を採るのかは手に取るように分かる事であった。


 ―――まだまだ……彼等に時間はある……。


 経験とは、一朝一夕で身に付くものではない。

 自らの経験でそれを知っているシェキーナは、自身にそう言い聞かせて納得する事にした。


「では、早速進む事とする。この先には老竜(エルダー・ドラゴン)と……他に魔獣も生息しているかもしれない。皆、気を抜く事の無いようにな」


 対照的な両陣営……エルナーシャ達とジェルマ達にそう声を掛けたシェキーナがやはり先頭を切って歩き出し、その後に一同も付き従ったのだった。


課題は多いものの、それをシェキーナは性急に解決しようとは考えていなかった。

それよりも彼女達の前にはまだ、無数の難敵が控えているのだから。

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