第九十九話 隠したい過去
不気味に笑う敵に向き合い、臨戦態勢をとっている俺は少し気になったことがあった。
戦う前に、一応確認しておかなければいけないことだったため、視線は敵に合わせたまま雪先生に尋ねた。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「この施設は、破壊しても大丈夫か?」
「あぁ、それなら問題ない」
今更気にすることではないと思うが、それでも何か重要なものがある可能性を考慮して聞いたが、特に問題はなかったようだ。
「別にここの兵器が破壊されても、アタシたちは痛くもかゆくもないからな」
「そうか」
それならば、俺がここで少し暴れてしまって破壊しても何ら問題はないな。
建物に気を遣わずに戦えるのは動きやすいため、正直にありがたかった。
「ただ、資料室みたいな情報がある場所は壊さないでほしいがな」
「そ、そうか……」
発言を聞いて、俺は心臓が飛び出しそうになった。
何も考えないでその目的である資料室を破壊してしまいました。というか全部燃やしてしまいましたね。
やべぇな、怒りに任せて燃やしてきちまったけど、俺こいつに殺されたりしないよな……。
「なんだ、資料室を知って———」
「そんな場所知らねぇな! それより、あいつが来るぞ!」
バレるわけにはいかないため、全力で否定する。
そして声が上ずってしまったが、敵へと意識を移すことでその話を有耶無耶にした。
敵ながら感謝するぞ!
……いやそもそも敵がいなければこんな事態にはならなかったんだよな!
『死ねぇ!』
人間ではありえないようなスピードでこちらへと突進してくる。
しかしそれでもその動きは見えているため攻撃に対処できる。
「なんだなんだ、隠密は使わなくていいのか?」
『この力を得た今、隠密なんていらねぇんだよ!』
拳に蹴りと、連続で攻撃を加えようとしてくるものの、俺と先生はその攻撃を全ていなすか躱している。
普通の人間であれば恐れ慄くような状況ではあるものの、俺は神の使徒であり見るのは二度目であるため、なんか怖くないな。
「そんな単調な攻撃で———」
「おら吹っ飛べ!」
『ぐっ、かはっ!』
反撃に出ようとして右腕を引き絞ったが、横から雪先生が蹴りを繰り出して敵を吹っ飛ばした。
「どんなもんじゃい!」
敵は倉庫においてあるヘリコプターへと激突し、そして先生はガッツポーズをして拳を掲げた。
ヘリは瓦礫と化し、敵はその下敷きとなった。
「横取りしやがって……」
俺が攻撃するタイミングを見計らっていたかのように、先生は蹴りを繰り出した。
まるで嫌がらせであるかのように……。
「ここは本来お前がいていい場所じゃないんだ」
「まぁ、そうだが……」
「だから、お前は極力戦いにかかわるな」
「すんごい今更なんだけど!?」
先に行けと送り出されて、そして一緒に戦うぞと言われた直後にこれだよ。
いったいこの人が何を考えているか俺にはわからくなってきたぞ?
「一緒に戦うなって一言も言っていないから、文句は受け付けないぞ」
「ホントいい性格しているな!」
怒りによって体を震わせるような状態であるが、しかし恐らく俺が連れてこられた理由はただの保険なのだろう。
絶対的な力を持っている俺がいれば、最悪の事態は回避できる。
あと転移魔法もあるし、逃げる手段として先生は連れてきたのだろうな。
「とにかく、お前は出しゃばってくるなよ?」
「へいへい」
先生の真意はわからないが、それでも手を出すなということなので俺は下がることにした。
「さぁて、そろそろ出てきたらどうだ?」
本来は俺が相手をする必要があると思っていたが、意外と問題なく対応していた。
転移魔法も使ってくる様子もないし、これならば先生に任せてしまっても問題はないだろう。
それにもし先生が危険な状態になれば、俺が手を出せばいいだけだしな。
『へっへ、やっぱり俺と同族の攻撃は迷いがないからキツイなぁ』
「同族?」
何やら意味深長なことをつぶやきながら瓦礫より姿を現した敵に、俺は思わずその意味するところを聞いた。
『なんだ、お前知らないのか?』
「いったい、なんのことだ?」
先生とあの敵は同族というのはいったいどういうことなのか。
化け物じみているというのであれば同族ではあるが、そうではないのだろう。
『おいおい、教え子に何も教えてないのかぁ?』
首を鳴らしながら近づいてくる敵は、余裕綽々といった様子に加えて口角をさらに上げて語りだした。
『こいつはなぁ———』
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
雪先生の、心からの叫びが木霊した。
気になって聞いていたが、突如として先生が敵へと突っ込んでいったのだ。
『おーおー、攻撃が単調とか言っていたくせにお手本を見せてくれるとはなぁ』
「単調って言ったのは俺だった気が……」
先程はしっかりと相手を見て攻撃をかわしていた先生は、しかし今度は自分が同じことをされてしまっている。
まるで相手を見ておらず、隙の多い攻撃ばかりをしている。
『つーか、そんなんで俺が言うのをやめるかよ!』
「くそったれ!」
『うぉっと!』
まるで今から言われることを俺に聞いてほしくないような、いや事実そうなのだろう。
それほどまでに隠したいことをバラされぬよう、先生は全力で攻撃を仕掛けるもすべて躱されてしまっている。
炎・氷・雷・風といった様々な魔法を多用するも、それでも相手はここにきて隠密を使い、うまく躱して見せた。
『いいか纐纈翔夜! こいつはなぁ!』
「その口を閉じろぉぉぉぉぉ!!」
まるで目の前で災害が起こっているかのように、倉庫内にあるものを破壊しながら先生は雄たけびを上げる。
それでも敵はその口を閉ざそうとはせず、嬉々として語っていく。
『こいつはなぁ! 私利私欲のために!』
そしてその敵の口から、俺に衝撃を与える言葉が出る。
『人を殺したんだよぉ!』
その瞬間だけ、まるで時が止まったようだった。
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『ははっ、人殺しだと教え子に知られた気持ちはどんなものだ!?』
目の前では未だに争いが行われているが、俺の意識はそこにはない。
先生が人殺しをした? 私利私欲のために? なぜそのようなことをした?
考えが俺の頭をめぐって思考が定まらなくなっていた。
敵がなぜそれを知っているのかということより、俺はなぜ先生が私利私欲で人を殺したのかということの方が気になっていた。
『くたばれやぁ!』
「ぐっ!」
何もないところより攻撃を仕掛けた敵は、先生の腹部へとクリーンヒットして俺のいる方へと飛ばされた。
「くそっ……」
腹部を抑えて恨めしそうに敵を眺めている。
俺はそんな雪先生の元へと行き、その真偽を尋ねる。
「なぁ、理由を聞いてもいいか?」
「……聞かないでほしい」
その一言で、敵が言っていることが嘘ではないという事が証明された。
「そうか」
そしてそこには、俺の知っている雪先生はいなくなっていた。
そこにいるのは、ただのか弱い女性だった。
『はっはっは! 見るも無残だな。これがあのレジェンドと言われる柊雪かよ』
俺たちの前へと移動した敵は笑いながら近づいてくる。
『どうした、先程までの威勢はよぉ!』
敵は足を高々と上げて、そして先生の頭へと思い切り振り下ろした。
先生に躱す余裕がないのか、全く動こうともしなかった。
『あ?』
だが、俺がその足を同じく足で止めた。
手出しはするつもりはなかったが、危険だと俺が判断して勝手に介入させてもらった。
『おい、お前はどうしてそいつをかばう』
「いやぁ、なんというか……」
恨めしそうに、イライラした様子で俺に尋ねてくる。
「こいつが私利私欲のために人を殺めたということが信じられなくてだな……」
それに対して俺は、普段とあまり変わらない様子で答える。
『だがこいつは否定をしなかった。つまりだ、それが事実であるということなんだよ!』
「確かにそう捉えるのが普通のことだ。だけどさ、大事なのって現在……今じゃん?」
確かに最初は人殺しということで驚愕し動揺した。
「過去を顧みないのはダメだが、こいつはその事実とやらに胸を痛めてここまでやってきたんだ」
それでも俺は、彼女が今も傷ついていることを知った。
項垂れて、俺が知ってしまったことに悲しんでいる。
「んなら、俺がこいつを裏切る理由にはならないな」
「翔夜……」
普段であれば、『なに情けない顔をしている』のだと声をかけるだろうが、見上げるその表情を見て俺はその言葉を飲む。
「あと、なんだかんだ言っても、俺がこいつを……柊雪を、心から尊敬しているのがデカいんだけどな!」
前世から俺のことには真摯になって相談に乗ってくれたりした。
現世でも頼りになる立派な先生だ。
だから、俺は先生を見損なうこともないし、ましてや罵倒などすることもない。
「というわけで、こいつを傷つけたあんたは、俺の明確な敵となったわけだな」
『はぁ? マジ白けたわ』
先程までとても笑顔であったが、俺が全く気にした様子がないことを目にしてその表情はつまらなそうにしていた。
「だから、ちょっと本気を出していこうと思う」
敵の足をけり上げるような形で前方へと飛ばし、そして臨戦態勢を再びとる。
『先生がダメになって、生徒が俺に勝てるわけないだろう!』
レジェンドと呼ばれている者に勝る生徒はいない。
それが一般的な考えではあるが、残念ながら俺は普通の生徒ではない。
「俺さ、危険のない魔法っていうのをいろいろ考えてさ……」
あのクソ女神に仕えてはいないが、神の使徒と呼ばれる存在である。
「そんで思い至ったんだよ」
そのようなものが行う魔法は、常軌を逸している。
つまりは……。
「眠らせるのって、最強じゃねって」
普通の魔法師よりも強力な睡眠魔法を使うことで、相手が化け物であろうとも無力化できるという、とても至極簡単なことに原点回帰した。
『お前、まさか……!』
「そういうこった」
俺は臨戦態勢を解くと共に、右手を敵のほうへと突き出した。
『そうはさせるか!』
俺のしようとしていることに気が付き、敵は飛び出した。
「それじゃあ遅いな。『眠れ』」
しかし俺の魔法を発動するのには間に合わず、敵は走りながらその意識を手放した。
「俺の魔法はそんじょそこらのと違って簡単には起きれないぜ!」
目の前へと転がってくる敵に、俺はインベントリより縄を取り出して縛り上げていく。
そう、懐かしの亀甲縛りというものに!
「多分これ無駄な技術なんだろうな……」
起きないことをいいことに、乱雑に縛り上げていく。
「さてと……」
縛り終えて、俺は未だに体を小さくしている先生の元へと行く。
「なぁ、雪先生」
声をかけるとビクッと、肩を震わせる。
しかし返事を返さず目線も合わせようとしない。
「俺は別に、こいつの話を聞いてあんたのことを嫌ったりなんてしていない」
しかし、俺はそんなこと気にせず話し続ける。
「そんでも理由とか気になっているから、教えてほしいとは思ってる」
「それは……」
「あぁもちろん、先生が言いたくないなら別にいい。余裕が出てきて自ら話したくなってらでいいからさ」
正直このような場面でどのような声をかければいいのか全く分からない。
それでも俺に怯えている先生を見ているのは、生徒として辛いところがあるため何とか復活してもらいたい。
「あー、俺が言いたかったのは……」
その一心で俺の本心を伝える。
「俺もいつも通りに接するからさ、先生もいつも通り接してくれってことだ」
俺の意思を伝えて、そして手を差し出す。
「張り合いがないと、俺の調子が狂うからさ」
「……身勝手な奴だな」
そういい、俺の手を取って笑みを見せた。
まだ少々固い気はするものの、元気にはなってくれただろうから良しとしよう。
「とりあえず敵はまだまだいるから、考えるのはそれを片づけてからだな」
生体感知魔法に、多数の人間がこちらへと近づいてきているのがわかる。
そのため、俺たちはそれらの相手をしなければいけない。
「気を緩ませんじゃねぇぞ、おっぱい魔人」
「それをまだ引きずってんのか!」
鼻で笑い、俺を貶してくる。
だが、先生が笑顔になったことで戦いを再開することができる。




