第九十八話 隠密に薬物
姿を現した男は、ニマニマと俺たちのことを眺めて、そして未桜を見て言う。
「なるほど、流石は竜といったところか」
別に未桜が竜だと答えたことに驚きはしない。先程の資料室に情報があっただろうし、知っていてもおかしなことはない。
だが俺は、相手が竜だと知ってもなお余裕の笑みを浮かべる彼に、より警戒心を強める。
「どちらさんですか?」
「俺か? 俺はこの組織幹部の、まぁ最強の人間だ!」
俺の問いに彼が堂々と胸を張って答えたが、しかしその答えを聞いて疑問が浮かんだ。
「なぁ先生方、こいつは強いのか?」
自分を最強と自称するものは、そろってそこまで強くないと思っている俺だ。
ならこいつは、ただ相手の力量を把握していないだけなのではないかと。
自分より強いものと対峙したことがないだけなのではないかと、そう考えた。
「強いというより、ただ隠密に優れているだけだ」
「つまりは、騙し討ちとかが得意なだけだ」
「なるほど」
二人は警戒して彼を見つめるものの、しかし先程と大して変わらず構えておらず、寧ろ侮りすら感じられる視線があった。
「まぁ、最強の定義は人それぞれだもんな」
つまりそれは、彼は隠密が得意というだけで、特段強くはないということだった。
「何憐れんでんだてめぇ……」
どうやら俺たちが彼のことを少々格下扱いしたことに怒ってしまったようだ。
「俺の隠密に気が付かなったくせによぉ!」
「確かに俺は気が付かなかったよ」
未桜が言ってくれるまで、俺たちは彼の存在に気が付くことができなかった。
「じゃあ———」
「でも、次同じ事されたら気が付く自信しかない」
先程俺は生体感知魔法を大雑把にしか張っていなかった。
恐らく先生方二人も同じくらいにしか張っていなかったのだろう。
だから彼の存在に気が付かなかったんだ。
だが現在、彼の存在を知ったならば、隠密にて巧妙に隠れることができると知ったならば、もう二度と見つけられないということはない。
これからは、より綿密に生体感知魔法を発動すればいいだけのこと。
「それにさ、もう見つけられているんだからさ……」
そして今は姿をさらしてしまっている。
それを見て、俺が何も行動を起こさないわけがない。
「ぐふっ!」
「隠れられる前に倒してしまえばいいだけだろ」
自身の身体能力のみで彼へと瞬時に近づき、腹部へと拳を叩き込む。
常人よりもかなり強い俺の拳は、思い切りめり込み彼を気絶させるまでに至った。
「お見事です」
「あるじすごーい」
彼は思い切り転がり、そして壁へと激突して止まった。
あれでも手加減はしたから、死んではいないだろう。
俺はそんな彼のことよりと、見つけてくれた未桜へと労いの言葉をかける。
「未桜が見つけてくれたからだぞ、ありがとうな」
「えへへー」
「むぅ……」
なぜだろうか、未桜は俺の手を頭へと持っていき、そしてそれを見ている鈴はうらやましそうに眺めている。
……はっ、両手に花とはこのことか!
「そいつ捕獲対象だから、あんま傷つけないでくれ」
「そういうことは先に言ってね!?」
どうして校長はそういうことを終わった後に言うかな?
いまさらそんなこと言われても、時すでに遅しなんだけども?
「んじゃまぁ、とりあえずここ出るか?」
俺が気にしているにもかかわらず、校長は大して気にした様子もなく脱出するか意見を求めていた。
アイツが傷つこうがあまり気にしていないのか? なら俺にわざわざ言う必要はなかった気がする……。
「そうですね……。捕獲対象を見つけたことですし———」
「危ねぇ!」
観月先生が校長の意見に賛同して件の男を回収に向かおうとしたその時、頭上よりナイフを持った人が襲い掛かってきた。
そのため俺は、先生を引き寄せた後あまり手加減をせずにその襲ってきた奴を蹴り飛ばした。
「あの、纐纈君……流石に私でもあれくらいの奇襲は察知できていましたよ?」
「あ、そうだったんですか……。なんかすみません」
マジか、流石はシスト隊員だな。隠密を使っている相手を認識していたのか。
危ないと思って助けたけど、気づいていたなら俺の助けはいらなかったということか。
なんか、申し訳ないな……。
「あぁいえ、助けてくれたことは嬉しいです。ありがとうございました」
「……うっす」
それでも俺が助けたことに感謝はされたので、行動に移して問題はなかったな。
普通に感謝されるのは嬉しいし。
「おっぱい魔人」
「触れてねぇわ!」
ただ肩をつかんで自分のほうへと寄せただけだよ!?
というか、状況が状況なんだから仕方がないだろうが!
考えてもいなかったっつうの!
「つーか、対象どこかに連れていかれてんじゃねぇか」
「くっそあの野郎!」
俺たちが今しがた襲ってきた奴へと意識が向いている間に、仲間と思しき者たちが担いでどこかへと連れて行っていた。
「直ぐに追いかけ……させてくれねぇかな?」
俺たちが対象を追いかけようとすると、直後に前後に繋がる通路の先々から完全武装したやつらが現れた。
隠密を使っておらず、俺たちを足止めすることが目的だろう。
いったいいつ集まったのか、彼らはそれぞれ構えて俺たちの行方を阻んでいた。
「邪魔だなこいつら」
いや、近づいてくる存在自体は知っていた。
知ってはいたが、まさかこれほど武装しているとは思ってもみなかった。
そのため俺たちは、足を止めざるを得なかった。
「主様、先に行ってください」
「師匠も先に行ってください」
「えっ?」
鈴は前の敵を、そして鈴は後ろの敵を瞬時に風魔法で吹っ飛ばす。
だがどうして二人がそのような発言をしたか俺にはわからなかった。
「わかった」
「えっ?」
そして校長もどうしてそれに了承しているのかわからなかった。
ここは俺が魔法をぶっ放したら直ぐに解決しそうだと思ったため、観月先生と使い魔に任せて先に行くということが考えられなかった。
「あの隠密は危険です。ここで逃げられると後々面倒になってきます」
「主様は私たちに気にせずに行ってください」
「わたしもだいじょうぶだよー」
観月先生はいつでも魔法を発動できるように構え、鈴は自身の周りに火の玉を出し、未桜は腕に風を纏わせ、臨戦態勢をとっていた。
三人とも戦う準備を整えているところ申し訳ないんだけど、そうじゃないんだ。
いやね、違うんだよ。俺だけでもこいつらを一掃できるんだよ……。
だから一緒に行こう! なんて、三人の表情を見て言えるわけないよなぁ。
「わかった、ここは任せるぞ!」
「りほ、危なくなったら逃げろよ」
俺たちが件の男を追いかけると同時に、後ろのほうで爆発音が鳴った。
不安になりつつも、俺は振り返ることはせずに走る。
「お前、使い魔がどうして先に行かせたか気が付いていないだろ」
「どうしてって、あいつを追わせるために……」
「んなわけあるか」
俺は逃げられないために先に行かせてくれたのだと思っていたが、どうやら俺は思い違いをしていたようだ。
「あそこでアタシたちを囲んでいたやつらの中で後ろにいた奴、これを持っていたんだ」
「それはっ!」
校長は懐より取り出したもの。
それは、いつぞやの先生が所持及び使用していた『青色の液体』が入った注射器であった。
「校長がどうしてそれを?」
「ここに来る途中で勝手に拝借した」
この注射器をさした先生は、魔力が桁違いなほど増え、そして転移魔法でさえ使用していた。
そのような代物を、あの武装した者たちが持っていたというのなら、それこそ俺が相手したほうがいいものだと思うが。
しかしそれでも俺の使い魔は優秀であり、そんじょそこらの奴らよりは強い。
つまりは、自分の使い魔を信じることにするしかないだろう。
それが俺にできる唯一のことだろうからな。
「そういや翔夜は、アタシのことずっと校長って呼んでいるよな」
「そうだな」
薬を再び懐へと仕舞い、校長は現在の状況に全く関係のない話をする。
「前世でも名前で呼んでいたし、今から普通に名前で呼べ」
どうしてか校長は名前で呼んでほしいらしく、前世と同じようにしろと言ってきた。
別にはねのけることでもないため、俺は特段気にもせずに名前で呼ぶことにした。
「柊先生」
「そっちじゃねぇよ」
「そっちじゃねぇって……。前世で下の名前で呼んでいたのは、名字が被るっつう理由だったんだけど?」
「うるせぇんなこと知らねぇ、下の名前で呼べ」
普通は名字で呼ぶだろうに、そんなに名前で呼ぶほうがいいのか?
いや別に前世でも呼んでいたから別にいいんだけどさ、なんか恥ずかしさがあるな。
「……雪先生」
「よし」
わけがわからない……。
師匠呼びをからかう命知らずがいるから、訂正させたいのかね?
よくはわからないが、期限は悪くなるわけじゃないし別にいいか。
そうこうしているうちに、俺たちはだだっ広い倉庫へとたどり着いた。
そこは戦車やジェット機、そしてミサイルなどが置いてある場所であった。
「さっきはよくもやってくれたなぁ」
そんな倉庫の奥に、彼は腹部を抑えて立っていた。
連れて行った者たちはいなくなっており、この場には俺たち三人しかいなくなっていた。
「敵が目の前にいるんだから当たり前だろう」
俺たちを待ち受けて、いったい何をしたいんだ?
また隠密を発動する前に攻撃するだけだぞ?
「走ってきたようだが、もう遅い」
「ん? お前、まさか……」
彼をよく注視してみてみると、その右手には空の注射器が握られていた。
それが意味するところは……。
「これか……。これが、力か……!」
突如として彼の魔力が膨大に膨れ上がっていき、そして体中の血管が浮き出て目が充血していき、またそれに呼応するかのように髪の毛が赤黒く染まっていく。
あの時と、全く同じことが起こってしまっていた。
「発言が中二臭いな」
「緊張感持てよ……」
「翔夜みたいだな」
「なんだとぉ!?」
俺はまた同じことが起こってしまって嫌な気分になっているというのに、雪先生は緊張感の欠片もなく眺めていた。
だがまぁ、緊張感を持てないのはお互い様だ。
俺は一度、あの薬物を使った敵と相対している。そして俺は勝利を収めている。
神の使徒ということもあるだろう。俺は全く自分が危険にさらされているだなんて思っていない。危機的状況にあるとは思っていない。
『はっはっは! これが、今の俺の力だ!』
濁流のごとく魔力が流れてくるのが伝わってくるが、自分の中に秘められている魔力に比べれば大したことはない。
つまりは、どうにでも対処することができると思っている。
「なぁ、あれを捕獲するのか?」
「いや、ああなったらアタシたちにはどうしようもできない」
しかし今は神の使徒は一人で、才能はあれど常人の域を出ない校長がいる。
つまりは、前回よりも周りに気を配りながら行う必要があることだ。
「捕獲はなしで行くぞ」
「うっす」
本人には伝えないが、俺は雪先生を守りながら戦わなくてはいけない。
これは、かなり緊張感をもっていかなければいけないな。




