第九十四話 敵地侵入
「とにかく!」
このままでは進まないと考え、俺は大きな声を出して無理やり話を進める。
二人とも、周りを気にしないで思い切り大きな声で罵詈雑言を言うんだもん。主に校長が。
「メンバーは全員揃ったことですし、本拠地へと向かいましょう!」
「……それもそうだな」
「そうだねぇ」
俺の発言に言い争っていた二人も納得してくれたようで、校長は睨みさえするも落ち着いてくれた。
「じゃあこのままぁ、本拠地まで跳ぼぉ」
「チッ……」
跳べるけどさ、校長がすんごい形相で睨んでくるからやめてほしいんですけど。
というか、どうしてそんなに怒っているんだよ、怖いわ!
「観月先生、生徒を助けてください」
「いやぁ、ちょっと私には……」
「誰か……目も合わせてくれませんねぇ!」
観月先生は俺の担任ということで、生徒思いだと信じて助けを求めたが無理だった。
ならばと俺のことを助けてくれそうな人がいないかあたりを見渡した。しかし、誰も俺と目を合わそうともしなかった。
「誰も逆鱗に触れたくないんだよ」
「俺だって触れたくないんだよ!」
陸は笑顔でいないで俺のことを助けてくれよ!
「はぁ、もう知らん……。千里眼」
火の粉が俺へと飛んで来ないことを祈りつつ、そしてもうどうでもいいやと投げやりになりながら、俺は千里眼でこれから跳ぶ場所を視る。
転移魔法で飛ぶことができるといっても、それは一度行ったことがあるか視たことのある場所のみ。
シストメンバーがいる前で気にせずやってしまっているが、どうせ俺が千里眼を使えることくらい知っているだろうし、まぁ問題ないだろう。
「翔夜君って本拠地まで千里眼で視れたんだね」
「やっぱり翔夜……さんはすごいですね」
「あー、普通は本拠地まで見れないんですよね」
「魔力が足らないからね~」
そういえば、普通はそんな長距離を視ることができる人はいないんだった。
周りが俺のことを知っているから、これくらいやっても問題ないと思っていたけど、これから気を付けていこう。
「翔夜、千里眼で本拠地を見たと思うが、直接は向かうなよ」
「わかってるよ。俺は直接的にこの作戦にかかわってはいけないと思っているから、近くに転移するよ」
「できればこの辺りな」
「うっす」
地図上で本拠地がある場所の近くを指さし、俺もその場所を千里眼で視る。
「じゃあ皆さん、俺につかまってください。そうしないと跳べないので」
そういうと、この場にいる全員が俺の体のどこかにつかまっていく。
そんな中、校長だけはちょっとおかしな場所につかまった。
「……あの、俺の体に触れていればいいから、後ろからそんな抱き着かなくてもいいんだぞ?」
「自分の師に向かってずいぶんな物言いだな」
「俺いつあんたの弟子になった!?」
俺の腰に抱き着いているこの人も大概だが、校長も校長で密着しすぎではないだろうか。神長原さんへの対抗心か?
そして俺はあんたの弟子ではない!
「いつって、この世に誕生する前から」
「なってねぇよ!」
前世では恩師ではあるけどさ!
「じゃあ今からでもいいだろ」
「よくねぇよ!」
「ったく我儘な奴だなぁ」
「何俺が聞き分けのない奴みたいに言ってんだ! 絶対俺が悪いわけじゃないぞ!」
こいつは俺に何か恨みでもあるのか? どうしてそこまで俺のことを大事に扱ってくれないのだろうか?
いや、これも腰に抱き着いているこの人への対抗心かな?
そんなことを考えている俺に、校長は耳元でささやく。
「ほら、あいつと関係をよくしてやったり、デートプランとか考えてやってもいいぞ……?」
「よろしくお願いします、師匠!」
「おう、よきにはからえ」
「今何を言われたんだろう……」
ペストさん、何を言われたかなんて気にしちゃあいけませんよ。
ただ俺がこいつの弟子となることで、得るものがでかいんですよ。
こいつは曲がりなりにも女性である。前世と今世を合わせればこの場で一番の年上である。
つまりだ、恋愛とかいろいろ経験豊富だろうということだ。それに女性としての意見とかも聞けるし、どうせ行動とかバレているなら校長のほうが都合がいいだろうしな!
「じゃあ、跳びまーす」
俺は機嫌をよくして、本拠地近くに転移する。
そして魔法を発動したら、あっという間に森の中。
「これが転移魔法か……」
「初めて体験したけど、本当にすごい……」
「流石、魔力量十万越えですね」
各々転移したことに驚きをしてしていた。
誰だって転移したことはないだろうから、これが普通の反応だろう。
だが一人だけ、驚きもせずずっと引っ付いてる人がいる。
「あの、そろそろ放してほしいのですが……」
「仕方がないなぁ、それじゃあまた後でねぇ」
「次なんてねぇよ」
「ほらほら、喧嘩しないで!」
ようやく離れてくれた神長原さんは、だがまた後で密着したいと発言した。
それにまた校長が反応し、そして喧嘩が始まりそうになる。それを俺は止める。
二人ともやめてくれ、本当に心臓に悪いから……。
「さて、それじゃあ改めて説明するぞ」
ようやく緊張感漂う雰囲気になり、全員が真面目な表情になった。
「あっちに本拠地があるから、侵入して制圧する。中にいる人間は無力化するため生死は問わん。しかし情報を聞き出すため、事前に説明している数名は生かすように。以上!」
「説明になってないぞ!」
緊張感漂っていると思っていたが、どうやらそれは気のせいであった。
いつも通りの、緊張感とは程遠い雰囲気でいた。
「どうせ制圧するときはアタシが所々で指示を出すんだから別にいいだろ。今回だってそんな強い敵がいるとは聞いていないし。気負って失敗するほうが怖い」
「これで隊長なのか……」
言っていることが間違っているとは思わないが、本当に大丈夫なのか心配になってしまう。
それと同時に、俺は一つ気になったことがあった。
「そういや、荷物とか持ってこなくてもよかったのか?」
「あん? 特殊部隊とかと違ってアタシたちは魔法戦を主体としているんだぞ? 荷物は少ないに越したことはないだろう」
「……それもそうか」
確かにこの世界は科学ではなく魔法が主体であるため、銃器などよりも魔法のほうが使われるのだろう。
ならば、俺の知っている常識が当てはまらないのも納得である。
しかし、それに待ったをかける人がいた。
「翔夜君、納得しないでくださいね」
校長の弟子であり、先程から不満そうな表情を浮かべている観月先生である。
「本来は魔法師を拘束するためのものや無力化するための道具が存在します」
「ん?」
本を読んで、そういうものがあることは知っているが、それはどういう……。
「つまりですね、師匠は普通に忘れたんで———」
「忘れてない、必要ないと思って持ってこなかったんだ」
おっとマジかこいつ……。
この世界でも様々な道具を使って制圧をするのだろうな。それをこいつは忘れてきたのか……。
馬鹿を通り越して大馬鹿野郎なのでは?
「事前に説明されていた話では、催涙弾や暗視ゴーグル、無線機、魔法封じの魔法具等々、いろいろと活用していくと聞いていたのですが?」
「そんなの記憶にねぇな」
おい言い逃れをしようとしてんじゃねぇよ。議員かお前は。こっちを見て物を言え。
「俺だって使うって聞いたぞ?」
「私もぉ、聞いたんだけどなぁ」
「みんな、聞いたんですね……」
証人がこれだけいるんだから、忘れたと認めろよ。
ほとんどの人間が半眼で見ているぞ。
「違うんだよ。アタシはお前たちの力を信じているからこそ持ってこなかったんだ……!」
「師匠……」
おぉ、なるほど。そういう狙いがあってわざと持ってこなかったのか……!
と、こいつを表面上しか知らないやつならそう思うだろうな。
「忘れてしまったことを認めてください」
観月先生も校長の中身を知っているからこそ、その発言を信じようとはしなかった。
「よし、それじゃあ侵入するぞ!」
「無理やり話を終わらせやがった!」
校長はこちらを見ようともせず、本拠地のほうへと向かっていく。
そんな奴がいて全員から不満とかないのか?
「もう慣れました……」
「慣れちゃってるよ……」
まだ侵入をしていないにもかかわらず疲れ切った顔をしている観月先生。
本当にこれでいいのか、シストは……。
観月先生とかのほうが絶対隊長として相応しいのでは?
「まぁ忘れたというより、用意するのを忘れたんだけどなぁ……」
「今とんでもないことが聞こえたぞ!? あんた本当に隊長か!?」
ボソッと小声でつぶやいた声を、俺の……神の使徒の超聴力が聴き取った。
ほんっとうに、こいつは隊長から降格させるべきだと思います。
「うるせぇ、埋めるぞ?」
「めっちゃ理不尽ッ!」
ここへきて何度も思うが、本当に、どうしてこいつが隊長をやっているのだろうか……?
「あーそうだ校長。一つ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
俺は一つだけ確認しておかなければいけないことを思い出した。
そのため校長を追いかけ、声を潜めて問う。
「ここで俺はみんなが返ってくるのを待っていればいいんだよな?」
「そうだ。大体一時間ほどで戻るつもりだが、それまで待っていろ」
「それなんだけどさ、待っている間は暇だから……」
態々俺がこんな危険なこと、「母さんとの約束を破るということ」を犯してまでついてきたのだ。
それはつまり……。
「何していても、俺の勝手だよな?」
俺自らがたとえ手を下したいという思いで来たのだ。
「……ふっ、そうだな、お前の勝手だな」
俺の意図を理解したのか、不敵に笑い俺の問いもとい願いを了承した。
そして校長は他の隊員とともに、颯爽と本拠地へと向かっていった。
「さてと……」
シスト隊員がいなくなったため、俺は心強い味方を呼ぶことにした。
「鈴、未桜、来てくれ」
「はい」
「ひさしぶり~」
俺が呼びかけると、金と銀の魔方陣より二人の少女が現れる。
巫女服を着た九尾の少女と、ゴスロリである竜の少女。そう、俺の使い魔だ。
「これから俺は、沙耶を誘拐した馬鹿野郎どもに怒りの鉄槌を下しに行く」
「おー」
短く、これから行うことを説明し、二人に理解を求める。
「質問があるのですが?」
「なんだ?」
しかし鈴は未桜に比べ頭が回るため、気が付いてしまったのだろう。
「私たちが関わってしまってもよろしいのでしょうか?」
俺が危険なことに首を突っ込んではいけないということに。
だがしかし、今更行かないという選択肢はない。
「男にはな、たとえ危険なことであろうとも、やらなきゃいけないことがあるんだよ……」
「そうなのかー」
「なるほど、わかりました」
例え母親と約束をしたとしても、やらなければいけないということを訴える。
その訴えが通じたのか、二人とも了承してくれた。
「では私は、一応この事をお母様へと———」
「やめてくださいお願いします何でもしますから!」
まさか使い魔に対して土下座をすることになるとは思わなかった。
母さんにした時以来だな、土下座をすることになるなんてな。
でもそんなことを逐一我が母上に伝えなくてもいいと思うんですよ。
……あれ、もしかして俺身近な女性に弱いのでは?
「ん? 今、何でもするとおっしゃいましたか?」
「……俺にできることなら」
おっと俺は何かとんでもないことを言ってしまった気がするぞ?
無理難題でなければ聞いておかなければ、ばらされてしまうからなぁ……。
「では、この殲滅が終わった後でお願いしたいと思います」
「あーずるい、わたしもわたしもー」
「わかったわかった」
安請け合いをしてしまったけども、どんなことをお願いしてくるのだろうか……。
だが今はそんなことを気にしていても仕方がないため、切り替えていく。
「それじゃあ、行くぞ」
俺たちも、シスト隊員にバレることがないように静かに本拠地へと向かう。




