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第九十一話 バレなければいい


「嘘じゃあねぇぞ」


 校長の話を信じることができずに訝し気に見つめていた。


 そんな俺に、校長はいたって真面目にからかう様子もなく答える。


「行く場所は山で、自然を楽しみながら散歩をするんだから」


 これは本当なのか?


 嘘を言っているように見えないので、視線を観月先生へと移して顔を見やる。


「えっと、確かに行く場所は山ですけど……楽しんでいるのは師匠だけです」


「ほら、嘘は言ってねぇだろ?」


「その顔ムカつくな」


 腕を組んでこちらをドヤ顔で見てくる校長。


 観月先生がいる手前、その顔に一発こぶしを叩き込みたいという思いを何とか堪える。


 いなかったら絶対殴りかかっていると思う。


「あとりほ、学校では校長と呼べと言っているだろうが」


 そんなことよりもと。


 校長はどうしても観月先生に学校で師匠呼びされることが気にくわないらしく、訂正するよう校長は眉間にしわを寄せて訴える。


 でも、観月先生も頑なに師匠呼びを訂正しないのは、何か理由でもあるのかな?


「では師匠が、隙あらば私の胸を揉もうとすることを止めたら私もやめます」


「それは無理」


「なんで無理なんだよ! というか、あんた弟子にセクハラするクズ教師だったのかよ!」


 クソ野郎じゃねぇかよ。


 師匠呼びは、観月先生なりのちょっとした反抗のようなものだろう。


 だけど、このクソ野郎に何を言っても意味はないだろう。


「お前だって身近にこんなおっぱいがあったら……揉みたくなるだろ?」


「な……らねぇよ! 俺はそんなもんで屈したりはしない!」


 ほら、こんな感じで開き直って俺に同意を求めてくる始末である。


 そんな食い気味に俺に問いかけてくるが、俺にはそんなものに興味なんてないな。


 マジで、興味なんてないし~。


「おぉ~? 今の間は何だったのかなぁ? 正直に答えたほうが楽になれるぞ~?」


「誰がそんなことを言うか! 知っているだろうが、俺が好きなのは沙耶だ! こんな三十路の脂肪の塊に興味なんてない!」


「ひ、ひどい言われ様ですね……いや、私は二十代ですからね!?!?」


 精神状態が安定していないからだろうか、観月先生に対してかなりひどいことを言ってしまった気がする。


「馬鹿野郎! お前は童貞だからわからないだろうがな!」


「どどどどど童貞ちゃうし!」


 ぜ、前世では、ど、童貞じゃなかったもん!


 そりゃあ、女子との縁が少なかったけど、それでも童貞じゃないもん!


 女子といい雰囲気になることが一切なかったけど、それでも童貞じゃないもん!


 ホントだもん、童貞じゃないもん!


 嘘じゃないもん……ぐすん。


「触ったらすんごんだぞ! そりゃあもう———」


「もうやめてください!」


 これから校長があの二つのスイカの凄さを語ろうとしたのだが、流石に観月先生が止めに入った。


 これ以上喋らないように口を無理やり塞ぎ、そして……。


「二人とも、いい加減にしないと怒りますよ?」


「「はい、すんません……」」


 手を腰へと当てて、可愛らしく怒っていた。


 だがそれを言うと確実に悪化するだろうから、俺たち二人は頭を一応は下げて反省の色を醸し出す。


 それでも、やはり思っていることは同じなのだろうな。


「もうすでに怒っているよな……?」


「ぷりぷり可愛く怒っているな……」


 頭を下げながら、俺は校長へと話しかけたが校長も反省はしていなかった。


 寧ろ楽しんでいる節さえあった。


「なにか?」


「「いいえ、なんでもありません」」


 経験則として、こういうタイプはこれ以上いじって怒らせてしまってはいけない。


 それを俺たちは理解しているため、もう同じことはしない。


「謝罪も終わったし、これから行くからついてこい」


 内心はどうなのかわからないが、それでも頭を下げて謝罪をしたことなので、校長はけろっとした様子で校長室を出ていこうとする。


「ちょっと待て。俺は行くなんて一言も言っていないぞ?」


「お前に拒否権は一切ない。シスト隊員兼校長権限でお前を連れていく」


「職権乱用してんじゃねぇよ!」


 職権乱用というか、こいつ人としてホントに尊敬されているのか?


 そんな危険があるかもしれない場所に、どうして俺を連れて行こうとするんだよ。


「そうですよ師匠。纐纈君は近々テストがあるんですよ?」


「そうだ、俺には大事な大事なテストがあるんだ!」


 忘れていたが、俺には絶対にいい点数を取らないといけないテストが控えているのだ。


 観月先生も同調してくれているんだから、校長もあきらめてくれるはずだろう。


「俺は実家に帰らせていただきます!」


「だから、お前に拒否権はないの」


「……どういうことだ?」


 荷物をまとめて出ていこうとするが、校長は扉を遮って俺を維持でも帰らせないようにした。


 諦めるどころか、校長は俺が確実にいくだろうと信じ切っていた。


「今回行く場所なんだけどな……」


 だが俺には帰らなくてはいけない理由が存在するのだ。


 強制的だろうが脅迫的だろうが、俺は何が何でも家に帰る———


「東雲沙耶を誘拐した組織の本部らしき場所なん———」


「よし、行くぞ」


「えぇ!?」


 これは帰るわけにはいかなくなったな。


「ちょ、纐纈君……どうしてそんな行く気満々なんですか!?」


「先生、俺にはテストを投げ売ってでもしなければいけないことがあるんですよ」


 沙耶を危険に合わせたやつらの本部に行くことは危険?


 そんなこと、知ったことか。


「ホントお前は操りやすいな」


「なるほど、書いてあった資料通りですね……」


 資料通りってどういうこと?


 それはつまり、考えとかそういうところも筒抜けってことなの?


 あの、プライバシーの保護とかないんですかね?



「んじゃあ、決定だな」


「あ、いや、でも……」


 覚悟は決めていざ行こうとするも、俺にはまだ行くことができない理由が存在していた。


「母親か?」


 そう、俺の母さんである。


「ちょっと……俺は危険なことに首突っ込めないっす」


「大丈夫だって」


 以前に危険なことに首を突っ込むなと、くぎを刺されていたのだ。


 それなのに、約束をしてすぐに約束を破ろうとしているのだ。


 もしバレたら、俺がどうなるかわかったものではない。


「バレなきゃ問題ないんだよ」


「それが教師としての発言か!?」


「冗談だ」


 冗談に聞こえないわ……。


 ホントに今人間性を疑ったからな?


 というか、嘘ついているように見えなかったから冗談だと思えなかった。


「今回はお前に危険なことはさせないから大丈夫だ」


 本当に大丈夫なのだろうか。


 普通に不安で行きたくないんだが……。


「危険がなければ、怒られることはないだろ?」


「まぁ、そうですけど……」


「りほにも確認してみろ」


 そう言って視線を観月先生へと向けたため、俺も同じく観月先生を見やる。


 本当に大丈夫なのかと、問いかけるように。


「はぁ……まぁ纐纈君には危険なことはさせませんよ」


 本当は連れて行きたくはないが、と言いたそうな顔をしていたが、一応は危険なことはさせないらしい。


「というか、私がさせません。監視対象以前に、私の生徒ですから」


 観月先生、かっこいい。


 ああいう生徒を思ってくれる先生なんて、俺見たことないからとても珍しい。


 意外と身近にいるもんなんだな。


「ホントりほって、教師のかがみだよなぁ」


「どっかのクソババアも見習ってほしいもんだよ」


「あ? 死にてぇのか?」


「うっわこの教師口悪ッ!」


 自分の担任がとても素晴らしい人で、自分の恩師はクソ野郎ということが理解できた。


 生徒に生死を問うというのは、教師として終わっていると思う。


「まぁいい。行くぞ」


「おう」


「直ぐ喧嘩はやめられるんですね……」


 観月先生は呆れているが、俺たちは前世から口喧嘩することは多かった。


 そのためだろうか、やめようと思えばすぐにやめられるんだ。


「んじゃあ、アタシの車で行くか」


「ん? 魔法で空飛んで行っちゃあいけないのか?」


 三人は校長室を後にして、外へと向かう。


 しかし校長は空を跳んでいくのではなく、普通に車で向かおうとしていた。


 空を飛べば早いのに、それを行わないのはなぜなのだ?


「法律で禁止されていることをするわけにはいかないだろ」


「えっ……」


 俺、何度も普通に飛んでいましたけど?


 この世界へと来てまだ半年もたっていない。


 常識などまだまだ知らないことは多いと思っていた。


 だがまさか法律を犯しているだなんて思わないだろう。


 ということはだ、今までは単に誰にもバレていなかったから大丈夫だったのか。


「どうしたの?」


「い、いえ!」


 観月先生は俺の顔を覗き込むように上目遣いで見てくるが、


 というか、それを素でやっているならやめたほうがいいだろう。


 俺じゃなかったら落ちている可能性もあるぞ? 沙耶のことが好きな俺じゃなかったらな。


「今更自分が法律を犯していることに気が付いたんだろ」


「あぁ、なるほど」


 俺の様子がおかしい理由に合点がいって、観月先生は納得していた。


 そうですよ、勝手に空を飛んでいましたよ。バレるんじゃないかと不安になりましたよ。


 というかだな……。


「ほんっともう、俺の情報は何でも筒抜けだな!」


 学校にまだ生徒が残っているにもかかわらず、俺は全力で叫んだ。




少々文量が少なく申し訳ないです。

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