第九十話 怪しい誘い
入ってきた者が観月先生だと知るや否や、校長は先程までしていた威厳ある態度はなくなり、俺と話しているときと同じような状態に戻った。
俺の担任である観月先生は、少なくとも校長とある程度交友があるんだろうな。
でなければ、校長が素で話すことはないからなぁ。
「あの、どうして纐纈君がここに?」
そんな観月先生は校長室へと入ってきて、俺を見てどうしてここにいるのかわからず驚いていた。
「あ、説教中でしたか?」
「違います」
まぁ、誰しも強面のやつが校長室にいたら、そりゃあ怒られているのかと思ってしまうのも仕方がない。
だけども、俺はただこの校長に勉強を教わっていただけなんだよ。さっきまでな。
「では、どうして?」
「それは———」
テストへ向けて勉強を教わっていた、と言おうとしたのだが。
「アタシのことが大好きなんだよ」
「んなわけねぇだろ!」
俺の言葉を遮って校長は胸を張って答えるが、全力で否定させていただく。
大好きなのではなく、信用することができるだけだ。
何度でも言うが、俺が好きなのは沙耶だけだ。
「信じないでくださいね? ただ勉強を教えて貰っているだけっすから」
わかっていると思うが、俺は一応表向きには何も問題は起こしていない。
つまり、怒られることが何一つないのである!
だからどうしてここにいるのかわからなかったのだろうから、俺は先生へと信じてくれというまなざしを向けて答える。
しかし先生は、その発言を聞いて顔を暗くしてしまった。
「あの、私では力不足でしたか……?」
「あー、そういうわけじゃないんですけど……」
そういうことか。
別に先生が力不足ということではない。
ただ、前世から知っている校長のことが真っ先に思い浮かんでしまったのだ。
決して、ちょっと頼りないかなとか思っていませんからね?
「てめぇアタシのりほを泣かせやがったな!?」
「泣いていません!」
俺に怒る校長を止める担任は、しかし今にも泣きそうにしていた。
罪悪感が俺を蝕み始めてきたので、明日以降に少し聞こうかなと思う。
というか。
「いや、お前のではねぇだろ!」
「あぁん? こいつはアタシのだ!」
なに観月先生を自分のものだと言っているんだ?
一触即発な雰囲気を醸し出しているが、しかしそれはいつものことなので観月先生はオロオロしなくていいですよ。
そんでもって、あなたも否定しないのは何故です?
何か理由があるのだろうか?
「あの、私はこの柊校長の、弟子なんです」
「えっ……」
目を見開いて、二人を交互に見てしまった。
なぜならば、どうしたらこんな奴の弟子になろうと思ったのだろうか。
いや、自らこんな乱暴で口の悪い人の下にいようとは思わないわな。
何か交友関係があるとは思っていたが、まさか師弟関係だったとは。
俺は観月先生へと向き直り。
「苦労されているんですね」
「おいコラ、それはどういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ」
俺にされたようなことをされているのかと思うと、自然と胸が痛んでくるよ。
いろいろとパシられているんだろうな、と。
なんだろうな、理解者というか、同志というか。
「お気遣い、痛み入ります」
「そっちもどうしてそんな顔をする」
ほらやっぱり。
観月先生はスタイルいいから、校長の餌食になってしまってそうだ。主に胸部。
「だってなぁ……なんか、修行とか言ってセクハラとかしてそう」
「まさにその通りです」
「やっぱり……」
「……アタシ、そんなことしてないぞ?」
校長は不思議そうな顔をしているが、先生はとても苦労した表情をしているぞ。
被害者がそんなこと言っているのに、言い逃れはできないぞ。
「ちょっと癒しが欲しくて抱き着いたりはしたけど……」
「その度に胸を触ってきたのはどこの誰でしたか?」
「ソンナコトシテナイヨー」
「うっわこの犯罪者!」
目をそらしているが、俺たち二人は訝し気に校長を見やる。
これ女同士だからって、犯罪にならないわけじゃないんだからな?
「早く捕まってしまえ。俺のテスト勉強を教え終わった後にでも」
「ちょっと待て、言い訳をさせてくれ」
疑心な目を向けている俺たちに対して、慌てたように校長は口早に答える。
「目の前にこんなおっぱいがあったら、誰でも触りたくなるじゃん?」
「残念ながら俺はならねぇな! そして俺に同意を求めるな!」
男である俺に同意を求めようとしたが俺は全力で否定する。
俺は沙耶にご執心なもんでな、そんな大きなメロンに興味なんて……興味なんてないんだからね!
いやホントだよ? 興味ないからね? 俺、沙耶にしか興味ないから。見ようとも思っていないよ? 俺、嘘ついていないよ?
「というわけで、このおっぱいはアタシのもんだ!」
「それは別にあんたのものってわけじゃないだろ! そんでいいわけにもなってねぇよ!」
「あの、生徒の前で揉むのはちょっと……」
言い訳を終えたのか、俺の前にもかかわらずその大きなものを鷲掴みにする。
咄嗟に目をそらすことで、なんとか理性を保っている。
あ、いや、興味ないなら目をそらすこともないな。
でも、そっちは見ないようにしよう。
「まぁそんなことはどうでもいい」
「どうでもよくはねぇ」
鷲掴みにすることを止め、校長は自身の椅子へと深く座り、話題を変えようとする。
自分に非があると認めるようなものだが、まぁ先生が来た理由をまだ聞いていないので仕方がなく話題を変えよう。
あとで問い詰めればいいし。
「それで、ここに来た要件は何だ?」
「そ、そうでした! このことで……」
チラッと、こちらを見る観月先生。
言いたそうにしているが、しかし口に出そうとはしなかった。
「あ、俺お邪魔ですかね?」
生徒である俺には聞かせたくないことなのだろう。
ということは、俺はここにいたら話ができないな。
ならば、俺はもう帰ったほうがいいな。
教科書等、勉強道具を片付けていると、校長が俺を呼び止めた。
「ちょっと翔夜待て。どうせあのことだろう?」
「はい……」
「ふむ……」
なんのことかわからないが、二人は話の内容を理解しているようだった。
ならば詳しく話さなくとも俺には理解することはできない。
だがそれで、俺を引き留めるのはいったいなぜなんだ?
「おい翔夜、今日は暇か?」
「えっ、ちょ、師匠!」
「まぁ、暇ですけど……」
どうしてか俺の暇を聞いてきた。
この後何か用事があるからそう聞いてきたのだろうが、どうして先生はそんな慌てているんだ。
まぁ、なんとなく察するけど。
「学校では校長と呼べと言っているだろうが」
「そんなことより、もしかして纐纈君を連れて行こうなんて思っていませんよね!?」
「そのつもりだが、いけないか?」
話に割り込みはしないが、いったいどこへ連れて行こうとしているんだこの校長は。
危険なところへは、母さんにばれたら怖いから行けないぞ。
「保護対象を連れていくなんて、何を考えているんですか!?」
「保護、対象?」
「あっ……」
その保護対象という単語に反応してしまったが、先生は失言をしてしまったと口を覆っていた。
もしかして聞かなかったふりをしたほうがよかったかな?
俺には無理だけど。
というか、俺が保護をしているのはシストという組織。
そしてそれを知っているのはその隊員くらいのものだろう。
「もしかして、観月先生もシストの隊員なんですか?」
「はぁ、もう隠すことはできそうにありませんね……」
諦めたように、しかし先生は姿勢を正して答える。
「私は『国家機密諜報制圧部隊』、通称シストに所属している教師兼隊員です」
「正式名称そんな長いんだ……」
確かサットが特殊急襲部隊だったかな? そんでサットも以前は隠されていたんだよな?
そんな感じで、この国お抱えのすごい組織なのだろう。
知らんけど。
「というか、観月先生って意外とすごい人だったんですね」
「アタシの弟子だからな!」
サットみたいな組織にいると考えれば、本当にすごいことだ。
どうしてこんな奴の下にいるのか理解に苦しむが、それでも見た目からはわからないほどの破壊力を持っているのだろう。
……見た目、破壊力はあったわ。
「いや、すごいのは多分観月先生の努力———」
「アタシの、おかげ!」
「わ、わかったよ……」
何をそこまでムキになっているんだよ。
まぁ一応、修行とか付けたんだろうから校長のおかげとは言えなくもないけど……。
どうしてだろうか、素直に認めたくなかった。
「しっかし……」
「世の中、案外狭いな」
「それ俺のセリフ」
俺が言いたかったセリフをとり、感慨深くしている。
「それで、俺をどこへ連れて行く気なんだ?」
先生が落胆した様子で、校長の誘いを止めないでいた。
止めはしないでいたけど、さっき慌てていたし危険なのでは?
「ん? あぁ、ただのハイキングだよ」
「嘘つけ」
これ絶対危ない場所だ。
俺の勘がそう囁いている。
シスト……国家機密諜報制圧部隊は、CIST(Confidential Intelligence Suppression Team)機密諜報制圧部隊)の頭文字をとりました。多分あっていると思います。




