第八十九話 秘めた思い
はい、今回もちょっと少なめです。ご了承ください。
俺はあの校長と約束して、次の日の放課後から校長室へと出向くことになっていた。
本来であれば沙耶と楽しく下校をするはずだった放課後。
しかし俺は近々行われる試験にて、沙耶に勝たなければいけない。
そのためには、今から必死にこの足りない頭に知識を目一杯詰め込まなければいけない。
なので、俺は今校長室でマンツーマンで勉強を教えてもらっている。
「そういや、お前あの子のこと好きなんだろ?」
「……ノーコメントで」
そして今、校長に出されている問題を解いているところなのだが、暇なのかちょっかいをかけたいのか、先程から俺に話しかけてくる。
「隠さなくても、翔夜のことは調べているから大体知っているぞ」
「えっ、怖っ!」
問題をしっかり解いていたが、そんなプライバシーの欠片もない発言をされると指が止まってしまう。
この世界にプライバシーの保護はないんでしょうかね?
「それで、どうなんだ?」
「……好きですよ」
観念したように、そして視線をそらすように勉強を再開して答える。
「ほぅ? どういうところに惚れたんだ?」
「あんた楽しんでんだろ!?」
俺は今試験へ向けて勉強をしているのだ。
なのに、どうしてこの人はちょくちょく邪魔してくるのだろうか。
できればお話は勉強が終わってからにしてほしい。
「そんなことはないぞ」
「じゃあそのおもちゃを見つけたときの子供みたいな表情は何だ!」
「うるさい奴だな~。ここ間違ってるぞ」
「くっそ……!」
ちょっかいをかけているにもかかわらずしっかり俺の勉強は見ているようで、指をさして教えてくれる。
俺は間違っているところを渋々といった様子で訂正する。
「あの子が好きなら、別に伝えてもいいだろ」
校長室にある来客用の良い机でやっているのだが、対面にどっと座ってニヤニヤしている校長は勉強よりも俺と沙耶のことを話したいそうだった。
別に俺が沙耶に対しての愛を語ってもいいんだけど、告白しない理由はあまり言いたくないな。
「それは嫌だね」
「なぜだ?」
俺の指が止まり、答えていいかと悩む。
別に言ってもいいことなのだが、いざ言うとなると恥ずかしいものがある。
「……それは言わなくてもいいだろ」
「言え。さもなくばアタシが、お前の好きな人が担任ということを全校生徒に吹聴してやる」
「やめろ馬鹿! なんて恐ろしいこと企んでいやがる!」
そんな真顔であのおっぱい先生のことを好きだと言いふらすなんて、そんな恐ろしいことを言い出すものだから、俺は反射的に思い切り立ち上がってしまった。
そんなことをされては、俺はもう沙耶から嫌われてしまうだろうが。マジでやめてくれよ。
「ほれほれ、言ったら楽になれるぞ~?」
「ほんっと悪魔みてぇな奴だなあんたは!」
再びニヤニヤして俺に答えさせようとするその顔を殴りたくもなるも、しかし脅されてしまっていては仕方がない。
「じゃあ、誰にも言うなよ?」
「言わねぇ言わねぇ」
信じていいのかなぁこの笑顔……。
「この前な、勘違いかもしれないけど……俺沙耶に告白されかけたんだよ」
邪魔されてしまったけれども、あれはどう考えでも告白にしか思えなかった。
「知ってる。耀から……というよりペストから聞いたからな」
「仲間にもペストって言われているのかあの人……」
ペストさん、ちゃんと名前を呼んでもらっていなくて可哀そうだな。
「まぁそれでな、流石にこのままじゃあいけないと思ってな、その……」
あまり恥ずかしいことなので言い淀んでしまうが、意を決して言う。
「近々シチュエーションが最高なところをピックアップして、そこで俺から告白しようと思っているんだ」
沙耶からじゃない。俺から告白をしようと思っているんだ。
その決意を、校長へと告げる。
「俺からじゃないと意味がないんだ、これは」
自分の中にある朧気だった思いが、確固たるものになった。
だから、これは俺からじゃないとダメなんだ。
「なんか、お想像していた通りでつまらん」
「つまらなくて悪かったな!」
意を決して言ったのに、そんなマジでつまらなさそうにするんじゃねぇよ!
「アタシはてっきり、ほんとに好きな人は神の使徒のあいつっていう変化球が来るのかと思っていたからな」
「……神の使徒って知っているのか?」
校長の言っている変化球はともかく、その口から出た神の使徒という単語に驚いてしまって、答えるのが少し遅れてしまった。
だが俺たちのことを調べているうえに、同じ転生者だというのだから知っていても不思議ではない。
「昨日アイツらと話したからな」
「あぁ、なるほどな」
というか、校長は先日俺たちが去る時に『転生者』と口にしている。
そこから二人を呼んだのだから、知っていて当然ということか。
「因みに言っておくが、アタシは神の使徒じゃないからな?」
「それは、ただの転生者ってことか?」
「そうだ」
俺たちを転生させる前にも、何人か転生させたとあのクソ女神は言っていた。
そのうちの一人がたまたまこの校長なのだろう。
「才能を与えられただけの、ただの教師だよ」
「才能……あぁ、そういえばクソ女神がそんなことを言っていて気がするな」
あのクソ女神と初めて会ったとき、確かそんなことを言っていたような気がしなくもない。
殺してしまった人間は、才能を持たせて転生させているんだったか?
全く、はた迷惑な話である。
「アタシには魔法の才能があるからな、まぁこんな地位になった」
「すげぇな」
この国随一の魔法高校の校長になっているのだ。しかも見た目しかわからないが、これほど若くしてなれるというのはすごいことであろう。
そこは素直に感嘆する。
「あぁそうだ。言っておくが、結奈に恋愛感情はないぞ。俺はもうすでに沙耶しか眼中にないからな」
神の使徒に意識を持っていかれてしまったため答えていなかったが、結奈は恋愛の対象にはならない。
何度も言うが、俺には沙耶がいるからな。
「アタシにもないのか?」
そう言って髪をかき上げる校長を見やる。
長髪で長身でスタイルはいい。そして胸もあって顔も整っており、誰がどう見ても美人と答えるだろう。
そんな非の打ち所がない校長に向かって、俺は素直に答える。
「っは! 誰がこんな見た目だけの美人を好きになるか———いってぇ!?」
素直に答えたところ、校長は俺の頭を思い切り鉄扇でぶん殴ってきやがったせいで、後方へと飛ばされてしまった。
普通目の前で勉強している生徒をそんなもので殴ります? 吹っ飛んで壁が少し壊れたぞ? 俺知ーらない。
それと、教師からの暴力は体罰だろうが! 訴えてやろうかこの野郎! まぁどうせ俺痛くないしケガもしていないからそんなことしないけどさ!
「なんだアタシに殺されたかったのか」
「んなこと一言も言ってねぇよ!」
立ち上がって俺はしっかりと抗議をする。
ちゃんと美人って言っただろうに、どうして俺は殴られなければいけないんだよ。
だって、中身が伴っていないのは校長自身のせいじゃん。
「全く……アタシほど周りから好かれている奴はいないぞ?」
「嘘だっ!!!」
反射的に口から出てしまったが、誰だってこの現場を見ればそう思うだろう。
だって口が悪くてすぐに暴力をふるうような奴だぞ?
絶対好いている人は騙されているって!
「ほれ、ここ間違えているぞ」
「なんっでこいつが信頼されているんだ……!」
机に戻って修正するが、納得がいかない。
だがまぁ、多忙にもかかわらず俺に教えてくれるんだから、それはいい人といっていいのだろう。
しかしだ、唐突に俺のことを殴るような人だぞ!? それがどうして信頼されているんだ!? 絶対この人表だけはいいっていうだけの人だぞ!?
『校長先生、少々よろしいでしょうか?』
「なんだ?」
言い争いをしていると、校長室の扉をノックする音とともに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ノックがしたと同時に、俺を殴って壊れてしまった壁などを魔法により修復し、声を作って対応する。
「すげぇな……いろいろと」
「おいおい、急に褒めるなって」
「褒めてねぇよ」
何がすごいかって?
魔法を行使するスピード?
いいえ、違います。人前用の顔と声を作るスピードです。
なんだよあの威厳のある声は……。ちょっと気持ち悪いぞ?
「失礼します」
その声とともに入ってきたのは、俺のよく知る人物であった。
「あれ、観月先生?」
「こ、纐纈君?」
「なんだ、りほじゃねぇか」
そこに入ってきてのは、俺の担任であるおっぱ……観月先生であった。




