第八十四話 転生者
「校長室ってここだよな……」
俺は屋上から全力で走ってきた。
もしかしたらずっと追ってくるということも考えて、途中で転移魔法を使って直ちに校長室の前へと移動した。
「よし、心の準備はオッケー……」
つい先ほどまで問い詰めてられていて考えていなかったが、俺校長に呼び出されたんだよな。
さっきから変な汗が出てきているが、これは緊張からか疲労からかわからない。
……いつもの調子でなんとかしてやろう!
「失礼しまーす」
三回ほどノックをして、校長室の扉を開く。
本当は相手の了承を得てから入室だったかもしれないが、そんなものは知らん。
おじいちゃんならそれくらい大目に見てくれるはずだ!
いや、おばあちゃんかな?
「よく来てくれたな」
如何にもな校長が座っている椅子から立ち上がり、こちらへとゆっくり歩いてくる。
そして俺は、こちらへとやってくる人物を見て驚いた。
「ど、どうも……」
なんとこちらへと向かってきた人物が、ご年配の方ではなく、若々しい見目麗しい女性であったのだ。
「纐纈、翔夜だな?」
「う、うっす」
妖艶な雰囲気を醸し出して俺の全身を観察してくる。
手に扇子を持っていることから、余計に誘惑されそうであるな。
まぁ、俺には沙耶がいるから並大抵のことじゃあ動じないがな!
「この姿で会うのは初めてだな……」
観察に気が済んだのか、ボソッと独り言をこぼして、校長は自身が先程までいた机に腰かける。
というか、校長といえば高齢者だと思っていたが、まさかこれほど若い人が好調だとは思わなかった。
いや、もしかしたらたまたまここに居合わせただけの人かもしれないが……。
「まずは自己紹介かな」
扇子を閉じて、今度は妖艶というより捕食者のような鋭い目を向けて、笑う。
「アタシはこの柊魔法技術高等学校の校長にして、この国屈指の魔法師である『柊雪』だ。これからよろしくな」
残念ながらというか、目の前の女性はここの校長であった。
そしてまさか、この国最強の魔法師だったとは思わなかった。
普通の人間の最強って、どのくらい強いんだろうか?
「ども。俺は———」
「あぁ、お前のことは知っているぞ」
「えっ?」
一応俺も自己紹介をと思って話そうとしたが、どうやらこの柊先生は知っているようだった。
なぜ?
「纐纈翔夜。この高校の一年で、転移魔法が使えるヤクザ」
「ヤクザじゃねぇよ!」
なんだ、この人も俺のことをヤクザと言ってからかっているのか?
というか、なんで俺が転移魔法を仕えるって知っているんだ?
それを知っているのは、俺たちのグループに中舘さんたち『シスト』だけ……。
「ちょっと待て、あんたもしかして……」
「そうだぞ、アタシはシストの隊員だ」
おいおいマジか……。
「い、意外と身近に……というより、意外と立場が高いところにいた……」
シストは国家機密の部隊だったよな。
それがこの国屈指の魔法師って、それは機密にできているのか……?
だがまぁ、それほど立場が上の人がいてくれたら……もみ消しとかちょっと頼ろう。
「それで、人生初告白はどうだった?」
「……なんであんたがそれを知っているんだ?」
唐突に先程の出来事を言われて、俺はすぐに言葉が出なかった。
告白はついさっきの出来事だ。それはつまり、俺たちのずっと視ていたということだろう。
「異性と付き合うという、なんとも学生らしい学生生活を送ってほしいなって思ったんだよ」
「は?」
シストは彼ら兄妹を匿ってくれている。
常識が足らないこともあるだろうから、教育面でもいろいろお世話になっているんだろう。
ということは……。
「まぁ簡単に言うと、翔夜と付き合ったら学生生活楽しいぞってアタシが言った」
「てめぇそんなこと言ったのか!?」
まさかそんなことをシストの隊員が言っているとは思わなかった。
常識ではなく間違ったことを教えているなんて、いったい誰が予想できただろうか。
「ちょっと曲解して教えたけど、別に問題なかっただろ?」
「問題大有りだわ! よくもそんなデマを吹き込んでくれたな!?」
俺には沙耶という心に決めた人物がいるのだ。
先に告白されたからと言って、それを受け入れることはない。
というか、そのせいで俺は沙耶から執拗に質問攻めをされているんだからな!? まじでふざけんなよ!?
「ということは、恋愛感情はないんだよな?」
「全くない」
なんの悪びれた様子もなく、校長は先程の告白が嘘のものだと言ってのけた。
「通りでおかしいと思ったんだよ!」
「こんな顔面凶器で告白されるなんてってか?」
「そうだが、他人に言われるとなんか腹が立つな!」
常識がないから俺みたいなやつを好きになったのかなって思ったけど、目の前で悪い笑みを浮かべているこの女が教えたから俺に告白をしたのだ。そしてそのせいであの惨状が起こってしまったのだ。
怒られるかもしれないと不安でやってきたというのに、今では俺が怒りを覚えてしまっている。
この女ぁ、マジでぶん殴ってやろうか?
思春期の男子高校生の恋心を弄んだ罪はでかいぞ……!
こぶしを握り締めて、俺はこいつを殴る準備をするが。
「いやぁしかし、こうやって話せる日を楽しみにしていたよ……」
「楽しみにしていた?」
「あぁ。お前の存在を知った時から、ずっとな」
なぜか目の前の女は、俺の姿を見て、先程とは違った笑みを浮かべていた。
その笑みは、今にも泣きそうな、そして懐かしんでいるようなもの。
「これも、何かの因果かと思っちまうな……」
「何一人で感慨深くなってんだよ?」
なぜ彼女がそのような表情ないし笑みを浮かべているのか、俺には全く見当もつかない。
しかしその笑みを見た今では、怒りがどこかへと消えてしまっていた。
「なぁ、翔夜」
「いきなり馴れ馴れしいな」
「てめぇとか言っていたやつの言葉じゃねぇだろ……」
急に下の名前で呼ばれると反応に困るが、しかしなぜだろうか。
違和感というか、不快感というか、そういったものが一切感じられなかった。
「お前の将来の夢は、魔法師か?」
「まぁ、両親がそうだし、この高校に来ているし、いずれは……」
「そうか」
なぜそのようなことを今聞くのか、俺にはわからない。
その笑みが意味するところは、俺にはわからない。
それでも彼女は俺のことを、本当の意味で知っている気がした。
「どうして……」
どうしてそのような笑みでそのようなことを聞くのかと、俺は尋ねようとした。
しかし彼女の口から、聞き捨てられない言葉が発せられた。
「アタシはてっきり、また医療の世界に行くのかと思ったよ」
「また……?」
まてまてまて、俺が前世で医療の世界へ行ったことを知っているのは、この世界にはいないはずだ。
だが事実として目の前の女はそのことを知っている。
ということは、前世の記憶を持っているものということ。
そして付け加えるなら、俺が医療の世界へと進んだことを知っている人物。
「おいおいおいおい、嘘だろ……? あんた、まさか……!」
間違いない、前世で女性らしくなく男のようなぶっきら棒な口調で話す人物は一人しかいない。
「高校ん時の、クソ———」
「誰がクソババアだ! 先生と呼べとあれほど言ってただろうがぁ!」
「まだ言ってねぇだろうがぁ!」
手に持っていた扇子を、いや……鉄扇を思い切り俺へとぶっ叩いてきた。
「再開が台無しだわ!」
「お前がアタシを敬っていればこんなことにはならなかっただろうが!」
今度は胸ぐらをつかんできて、一触即発といった様子だった。
仮にも高校生の時にお世話になった恩師にこの対応はいかがなものかと思われるかもしれない。
しかしだ、俺はこのクソババアからいったい今まで何度ひどい目に遭わされたか数えられないくらいあるのだ。
「前世でも俺のことをぶっ叩いていた暴力教師を、どうやって敬えっていうんだよ!」
「愛の鞭と言え!」
「ただの体罰だろうが!」
今頬を拳で殴られたように、こいつはなぜか俺に対してすんごい暴力をふるうのだ。
こんな、神の使徒ではなければ流血沙汰になりそうな行為をしているというのに、なぜこいつは通報されないのだ!?
「うるせぇ、いうこと聞かねぇ奴は苦しめ!」
「教師としてあるまじき行為!」
本来であれば、前世の人物と出会えたことに喜び合うものだろう。
しかしだ、後ろから俺の首を嬉々として絞めているこいつと出会えたからと言って、いったい誰が喜ぶというのだ。
「だがなぁ、今の俺がお前に首を絞められて苦しむと思っているのか!?」
前世では苦しんだかもしれないが、今はこの世界最強と言ってもいいほどの力を俺は持っている。
神の使徒をなめるなよ!?
「こいつ……アタシのおっぱいの感触を堪能して、痛覚がマヒしているのか?」
「んなわけあるかっ! というか邪魔だからこれどけろ!」
別にな、二つのお山があるから俺は拘束を解かなかったんじゃなくてな、ただこいつが疲れてあきらめてくれないかなって思っていたんだよ。
だが、不名誉なレッテルを張られてしまった俺は、無理やり拘束を解こうともがき、誤ってその柔らかなものに触れてしまう。
「あっ……」
「ワザとだろ、お前ワザと変な声出しているだろ! やめろマジでそういうの!」
「お前ホントこういうの弱いよなぁ」
ニマニマして、俺の反応を面白そうに見ていた。
その表情を見るからに、俺は今弄ばれているということはわかった。
その反応がムカつき腹を立てたので、俺は掴むようにしてその二つのお山を押しのけた。
こいつに対して全く色欲がわいていないのと、怒りが再発していたためにこのようなことをしてしまったのだろうが、それがいけなかった。
「翔夜!?」
放送で校長室へと呼ばれたのは沙耶にも聞こえていた。
であれば、その沙耶が乗り込んできてしまってもおかしくないのだ。
「「あっ……」」
今俺たちは……というか俺は、この女の豊満な二つのお山を鷲掴みにしている。
実年齢は知らないが、俺よりは年上であろうとも若い女性の胸を俺がもんでいる状況だ。
「いや、これはだな……」
何を意味するのかは火を見るより明らかである。
「なに、しているの……?」
「ん~ちょっと待ってほしいかなぁ!?」
口角が上がっているにもかかわらず、沙耶の目は全く笑っていなかった。
というかそれよりも、なんか結奈と同じような魔力が漏れ出ていない!? そして右腕に集約されて行ってない!?
一旦その魔力をどうにかしてほしいな!? 俺死んじゃうかもしれないから!




