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第七十八話 ご挨拶

今回は少々短いです。



「この度は、誠に申し訳ございませんでした!」


 俺は深々と、これ以上ないほど綺麗に土下座をした。


「私の監督不行き届きでありまして、沙耶さんを危険な目に合わせてしまいました」


 目の前には沙耶の両親がおり、玄関前にもかかわらず俺は土下座をしている。


 傍から見たらどういう状況なのか知らないが、頭を下げずにはいられない。


「私は如何なる処罰も受ける所存でありますので、どうか今後とも沙耶さんと交友関係を続けさせていただけないでしょうか……!」


 この後の回答で最悪なのが、今後沙耶と関わるなと言われることだ。


 俺、そんなこと言われたら泣いちゃう……!


「翔夜君」


「はい……」


 圧力の感じる声色で、お父様が口を開く。


 俺は一応リーダーだったわけだし、どんなことを言われても受け入れるつもりだ……。


 というか、それ以前に言い方間違えてはいないよな?


「まずは、頭を上げてくれないか?」


「上げる頭がございません」


 圧力を感じるが、しかしそれでも諭すように俺に土下座をやめるように言ってくる。


 だがここで頭を上げてしまってはいけない。


 そんな簡単に頭を上げてしまえば、『お前の気持ちはその程度なのか!』と言われかねないからだ。




「いやいや、私たちは全く怒っていないから!」


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、お父様は焦ったように俺に詰め寄ってきた。


「というか、こんなところを沙耶に見られたら、私が沙耶に嫌われてしまう!」


 自らも地面に膝をつき、そして俺の頭を無理矢理上げさせる。


 いやでも、今回悪いのは俺なのに、どうしてお父様が沙耶に嫌われるんだ?


「だから、早く上げてくれ!」


「は、はぁ……」


 よくわからないが、相手がそういうのであればそれに従うようにしよう。


 ホントに良くわからないけど……。




 促されるまま俺はお父様の後をついていき、居間へと案内される。


 そして机を挟んで相対するようにお互いに腰を下した。


「えー、ごほん」


 咳ばらいをし、お父様は話し始める。


「そういえば、翔夜君は記憶を無くしてしまっているんだったな」


「はい、私の初めての記憶は病院で目覚めたときになります」


 幼馴染ということもあるため、俺の事情を知っているのだろう。


 どこかのクソ女神のせいで、俺の記憶は失われてしまったのだ。


「では、改めて名乗っておくことにしよう」


 そんな俺に向かって、お父様は身だしなみを整え、威厳あるよう名乗る。


「私は沙耶の父、東雲天雀(てんじゃく)だ。以後よろしく頼む」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 厳つい男が二人、互いに頭を下げるこの光景。


 これ、傍から見たらヤクザ同士の会合ではないだろうか……。


「なんか、ヤクザの会合みたいだね」


「私もそう思っていたんだから、態々口に出さなくてもいいと思うんだ……。というか、翔夜君の前なんだからもう少し身だしなみを整えなさい」


「あら、ごめんなさいねぇ」


「まったく……」


 そんな強面二人の元へ、だらしなく服を気崩した女性が二人分のお茶を持ってやってきた。


 自分のうちの母親くらいに若く見え、そしてお父様とは違い威厳の欠片もない様子でいた。


「あ、私も名乗ったほうがいいのかな?」


「当たり前だろう、翔夜君は沙耶のこれだぞ!?」


「そうだったわね~」


 自身も挨拶をしたほうがいいのかと隣にいるお父様に聞き、そしてその隣にぴったりとくっついて座る。


 俺の両親でさえそこまでくっつくことないのに、この二人はすごいな……。


 というか……。



「親指立ててこれっていうのは、それはつまりあれって言うことですか!? もうそれ以外には思いつかないので、そう言うことだと判断していいですか!?」


 もしかして先程母さんが言っていた『みんな知っている』っていうのは、もしかしてこの二人も知っているのか!?


 いったいどこまで俺のことを知られているんだ……!?


「えっと、私は沙耶の母親の東雲千寿ちずって言います。よろしくね~」


「よ、よろしくお願いします、お母様!」


 俺が沙耶を知られているということを誰が知っているのかということを考えていたのだが、そんな俺の内心など知る由もなく、目の前の女性……もといお母様はぽやんした様子であいさつをしてくれた。


 ここで俺はずっと気になっていたことを聞こうと思った。


「その……質問してもよろしいでしょうか?」


「なんだね?」


「えっと……」


 これは聞くべきか気になっていたことなのだが、もやもやしたままでいるのは嫌なので勇気を出して聞くことにした。


「俺が沙耶のこと……いや、俺のこと、怖いと思わないんですか?」


 いや~さすがに俺が沙耶を好きなのを、沙耶の両親に聞くほどの勇気はなかった……!


 咄嗟にほかのことを聞くことになったが、これはこれで気になっていたことなので別にいい。




 だがしかし、なかなか反応が返って来ず、そして唐突に二人とも笑い出した。


「あ、あの~、どうしたのですか?」


 おずおずといった様子で俺は二人に尋ねる。


 俺、そんなに面白いことを言ったつもりはないんだけどな……?


「いや、すまない。君のことは小さい頃から知っているから、怖いなんて思わないよ。それに……なぁ?」


 表情は笑顔のまま、笑いをこらえた様子でお父様は隣のお母様に同意を求める。


「えぇ、沙耶をあんなに笑顔にしてくれる人を、怖いなんて思わないわよ」


「あ、ありがとう、ございます?」


 帰ってきた答えは、今までのものとは違ったものだった。


 今まで、前世も含めて俺はずっとみんなに恐れられてきた。顔だけで……。


 それが、誰かを笑顔にしてきたのか?


 この俺が?


 しかも、俺が恋焦がれている相手を?


「ふふっ……」


 どうしてだろうか、今まで感じたことのない感情だな。


 自然と笑みがこぼれてしまう。


 あぁ、この状態がずっと続いてほしいなと思ってしまうほど、心が満たされている。


 だが、そんな状態が長く続くことはなかった。







「おかーさーん、私の抱き枕知らな……い?」


 二階から、沙耶が大きな声を出して降りてきた。


 そして、俺たちは目が合う。


「よ、よお……」


「しょ、翔夜……」


 俺たちは見つめ合って固まってしまった。


 沙耶は自分が部屋着でだらしなくしている姿を見られてしまったことに、頭が追い付いていないのだろう。


 そして俺はそんな沙耶の一面を見てしまって、言葉が見つからなかった。


「どうして翔夜が来てるの!? じゃなくて、どうして来ていることを教えてくれなかったの!?」


「い、いや……それどころじゃなかったんだ……」


「そ、そうそう……、これは俺の責任なんだよ……」


 思考が戻ってきたのか、沙耶は先程よりも大きな声を出して三人へと問い詰める。


 そしてお父様と俺は弁解するべく、どうにかなだめようとする。


 というか、だらしない格好は母親譲りってことなのか?


「だから沙耶、そんな大きな声を出すもんじゃないぞ……?」


 お父様が懸命になだめようとするも、しかし沙耶は核爆弾を投下する。




「お父さんのバカ! もう知らない!」




 その一言を残すと、急いで階段を上っていった。


「ば、バカ……!?」


 その一撃には、たとえ厳格な男性であろうとも防ぐことは適わないだろう。


「も、もう知らない……!?」


 しかもそれが父親に向けられたものならば、尚更である。


「翔夜君、私はもうだめかもしれん……」


「お気を確かに、お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 倒れこむお父様を抱え、俺はお父様の安否を確認する。


 ……死にそうな表情以外は問題ないな!


「抱き枕なら洗ったわよ~」


 この状況にも動じずに俺たちを無視するのは悲しくなるんでやめてくれませんかね?



「いや、沙耶が翔夜君と結婚するまで私は死ねん!」


「おっとそれはどういう意味でしょうか!? そのままの意味で受け取ってしまってもよろしいのでしょうか!?」


 それはつまり親公認ということですか!?


 もうゴールインしてしまってもよろしいのですか!?


 バッと飛び上がったお父様が、握りこぶしを作って叫ぶが……。


「お父さん余計なこと言わないでっ!」


「ぐふっ……!」


「お、お父様、お気を確かに……!」


 しかし二階から降りてきた沙耶から、再び言葉の攻撃を食らい倒れこんでしまう。


 先程とは違い、着替えてやってきていた。


 ……かわいい。


「ちょっと来て!」


「えっ、ちょ、沙耶?」


「いってらっしゃ~い」


 悲しんでいるお父様をおいて、そして着替えた沙耶を眺めていた俺の腕を引き、沙耶は外へと連れていく。


 あの場所にいたら、また余計なことを言われてしまうと思っての行動だろう。


 しかし、沙耶に連れていかれているが、いったいこれはどこに向かっているのだろうか?


「なぁ、沙耶……」


 ここで俺は、気になっていたことをおずおずと聞くことにした。






「抱き枕、ないと寝れないのか?」


「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



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