第七十四話 神の御業
腕を先生の目の前へと落として、思ったことがある。
こんな汚い、というかグロいものを沙耶とエリーに見せてしまってはいけなかったのではないかと。
いやね、確かに『観念しろ』という意味を込めて投げたけどさ、思い返してみるとやっぱり考えが浅はかだったかなって思ってしまうわけで。
もう少し配慮したほうがよかったかな?
『分が悪いですが……』
俺が内心頭を抱えて悩んでいると、先生は目の前に落ちている腕を拾って、元々腕があった場所へと持っていく。
『それがどうした?』
くっつけている腕と腕の接地面を視ていると、うねうねと動き出して再生していった。
「えっ、きもっ……」
「あれ、もう人間やめているでしょ」
恐らく凄まじい再生能力を秘めているんだろうけども、しっかりとこの目で見ると気持ち悪いな。
いや、別にくっついたこととかじゃなくて、腕が再生していくさまが気持ち悪いって思ったんだよ。
だから別に、先生のことを気持ち悪いなんて思っていないからね?
……何に対してのフォローなんだろう。
『この状態の私に深手を負わせることなど、普通は不可能なのですよ』
切れてしまっていた方の手を握ったり開いたりして感覚を確かめて、しっかりと再生されているか確認する。
痛みに苦悶していた表情が一変して、再び笑みを浮かべ始める。
それは直ぐに再生する体があるからこその余裕か、それとも俺たちの底を知った気になっている傲慢か。
まぁどちらにしても、厄介であることに変わりはないな。
「まぁ翔夜は普通じゃないしね」
「おいコラちょっと待て、アレを斬ったのは鈴だからな?」
「へぇ~、使い魔のせいにするんだぁ~」
「ぐっ……!」
俺が折角真面目に考察していたのに、どうして結奈は俺に突っかかってくるかな?
というかそれ以前に、俺が鈴に対して咎められないのをいいことにそんなことを言ってくるのは正確ひん曲がっているぞ!
「俺のせいでいい……!」
「うむ」
うむ、じゃねぇよ。
「申し訳ありません……」
「いや、鈴のせいじゃない。悪いのは俺をフォローしない怜のせいだから……」
「おっとまさか僕に飛び火するとは思ってなかったよ」
おい結奈のせいで鈴が申し訳なさそうな表情をしているじゃないか!
俺はいいけど、鈴にまで迷惑をかけるんじゃないよ!
え、怜に対しての迷惑?
……知らん。
「そんなことより、とりあえずあのすさまじい魔力をどうにかしないといけないよね」
「まぁ再生能力があるのは厄介だからな」
「あぁもう僕を無視するのは恒例なんだね、そうですか……」
茶番は置いておいて、俺たちは日本刀を構えてこちらの隙を伺っている先生を見据える。
確保しようとしても転移魔法で逃げられるし、かといって普通に攻撃してもあの尋常じゃない再生能力で元通りだし、いったいどうしたものかね?
あと怜、そんな捻くれないでくれ。今は戦っているときなんだから、ちゃんと意識していないと攻撃を食らうぞ?
……いやホントごめんて。
「翔夜、これはちょっとまずいね」
「そうだな……」
正直に言うと、殺すという行為以外成す術がない。
「だけど、沙耶とエリーはお前のお守りで守られているから、そこは問題ないな」
「まぁね」
不幸中の幸いと言うべきか、それは攻撃対象が沙耶とエリーに向かないことだった。
攻撃を加えられるのは俺たち三人だけなので、先生は二人には攻撃しない。
いやまぁ、俺たちにも物理的に攻撃は通らないんだけどね……。
「だけど、どうやって倒す?」
「転移魔法に再生を使える相手に有効な手段……」
改めて考えてみると厄介すぎる相手だな。
そんな相手と今まで戦ったことがなかったから考えて来なかったけど、マジでどうやって倒す?
魔力切れを待つか、それとも……。
「———って、考えているのに攻撃してくんなぁ!」
『何を言っているんですか?私はあなたの敵なのですから、攻撃することは当然でしょう』
「そうだけども!」
俺がどうしたものかと考えていると、転移して俺の後ろから袈裟斬りをしてきた。
それを俺は横へと跳ぶことで躱したが、しかし嫌なタイミングで攻撃してくるんじゃないよ!
いや敵としては当たり前なんだけどさ、もう少し考える時間をくれても良くない!?
「あるじ、あれはてき?」
「ん? あぁ、そうだ」
先生に不満を物理的にぶつけようかと考えていると、未桜が袖をくいくいと引っ張ってきた。
仕草は可愛いのだが、いったい何を考えているかわからない。
結奈以上の無表情で、俺に問いかけるがいったいどういった意図があって聞いたのだろうか?
「そっか」
そう言うや否や、未桜は俺たちにしか見えないほどの速さで先生の目の前まで行き、その無防備な喉を引き裂いた。
未桜が俺に尋ねたのは、倒してしまっての構わないかということだったらしいな。
「ぶっ……かはっ!?」
「「おっと……」」
「「えっ……」」
未桜の手を見てみると、ひじから先が竜の手の様になっており、その鋭い爪で斬りつけたのだった。
その攻撃は素晴らしいとは思うのだが、やはりグロテスクなことに変わりはないわけで。
俺と結奈は沙耶とエリーそれぞれの目を手で覆った。
二人とも困惑しているが、流石に見せるわけにはいかないだろう。
「未桜、ちょっと」
「なにー?」
未桜を呼び出して、俺は言わないといけないことがある。
ついでに鈴にも言っておこう。
「鈴にも言おうとしてたけど、グロいの禁止な!」
「「うっわブーメラン」」
「おいそこ、うるさいぞ」
確かに俺が言えたことじゃないけど、一応は主なんだから言っておかないといけないだろう。
「俺たちだけならともかく、ここには沙耶とエリーがいるんだから、そんな気持ち悪いものを見せないようにっ!」
「も、申し訳ありません!」
「ごめんなさい……」
「あぁいや、別にそこまで謝らなくてもいいよ……俺だってやっちゃっていたんだから……」
そこまで悲しそうにすると罪悪感がすんごいんだけど……。
頼むから、そこまで思いつめたような反応を示さないでくれ!
「あ~女の子泣かした~」
「いーけないんだーいけないんだー」
「小学生かてめぇら!?」
一々俺たちの問題に反応してくんなよ!
「というか、よく攻撃当てたよね」
「ま、まぁ俺の使い魔だからな!」
「えへへ」
誤魔化す意味も込めていつも通りに頭を撫でてやったのだが、未桜は嬉しそうに喜んでくれた。
……もう少し頑張れ、未桜の表情筋!
「翔夜もこれくらい出来たらねぇ……」
「俺だってできるわ! ただ、それをやったら殺しちゃうからやらないだけだ!」
「出来るんですね……」
「翔夜だしね~」
「そんな、褒めんなよ……」
「今のを褒められたと思っているんだ……」
よく異世界に行った主人公が手加減をしているけどさ、俺は手加減をしないと相手を殺しちゃうからしているんだよ。
この世界は殺人罪があるから、異世界物の創作物の様に無駄に手加減をしているわけじゃない。
あと、人を殺して沙耶に距離を取られたら、俺自ら命を絶ちそうなんだもん!
『その程度の攻撃、どうってことありませんねぇ』
「……再生ってクソ面倒だな」
俺が少し深刻にこれからのことを考えていると、なんと既に先生はこちらを見据えていた。
未桜が喉元を切り裂いたにもかかわらず、もう再生して日本刀を構えていたのだ。
またいつ攻撃してくるかわからないが、どうやって倒したほうがいいのだろうか。
「ねぇねぇ、ちょっと」
「なに?」
倒す方法を決めあぐねていると、怜は結奈の元へ行き耳打ちをする。
「さっき使った……あの……」
「ニヒリズム?」
「そう、それ。それでどうにかならないかな?」
あらあらまぁまぁ、こんな場所でそんな接近しちゃって……。
マジで何しとるん?
「……ちょっと難しい」
「どうして?」
何を話しているかは聞こえてこないが、結奈は少し難しい顔をしていた。
ホント何話しているの?
「発動にちょっと時間がかかる」
「あぁ……転移魔法って厄介だね」
あ、もしかして俺に内緒で付き合っていたりして!?
それなら聞かれたくないこともあるものか。
「……あれ絶対勘違いしているよね」
「ぶん殴ろうかな?」
「おっと顔に出ていたのか」
俺ってよく表情に出ちゃんだよね~。
だからさ、俺にプライバシーとかなくなっていると思うんだ。
というわけで、結奈よ……。
一旦その握りこぶしを降ろそうか?
「あっぶねぇなこの野郎!」
俺が余所見をしていると、先生は落ちていた脇差しを拾い、二つの刃物で俺に斬りかかってきた。
『私も本気でやりましょうかね?』
二本の大小の刀を構え、そして再び転移して斬りつけてくる。
「先生は毎度後ろに転移してから攻撃しているからわかりやすいんですよ!」
どこへ跳んだかわからないと思われる転移魔法だが、先生が跳んだ先は俺にはわかった。
毎度の如く後ろへ来るので、俺は振り返って掴みかかった。
『そんなことで、私が掴まるはずないだろうが!』
「あんたさっき言ってただろう?」
だが先生も馬鹿ではない。
俺が掴みかかろうとすると、先生は転移魔法で別の場所へと移動する。
「転移魔法は俺も使えるんだぜ?」
しかし俺はそうなることを予想していたため、先生が跳んだ先へと……正確にはその後ろへと跳んだ。
『なっ!?』
「捕まえたぁ!」
『ぐへぁっ!』
「「「あっ……」」」
逃げられないようにするため思い切り掴みかかり、というか抱き着いてしまった。
そのため勢い余って、圧殺してしまった。
いや殺してないけど、腕力で先生をつぶしてしまった。
「あの、えっと、すんません……」
一応謝って、俺はやり直すかのように再生している先生を羽交い締めにした。
「よいしょっと……」
『は、離せ!』
「やなこったぁ!」
「あ、殺しかけたことは無視して進むんだ……」
「気にしたら負けじゃない?」
本人たちが気にしなければいいのだよ、怜。
「これで攻撃が確実に当てられるな!」
圧殺しかけたことは頭の片隅へと追いやり、俺はようやく先生を捕まえたことに喜び、感情を露にする。
「結奈、俺の向いている方向に人はいるかっ!」
「……あー、いないよー」
「よっしゃあ!」
俺はこれからドデカイ魔法を放つため、その方向に人がいてはダメなのだ。
そのため被害が他に及ばないように、結奈に聞いた。
わざわざ千里眼を使わせてしまって申し訳ないな。
『何をするつもりだ!?』
「再生できるなら、多少火力を強めても問題ないよなぁ?」
『な、なに!?』
「普通は人に使うもんじゃないんだが、あんたなら問題ないだろう!」
本音を言うならば、この魔法は魔物以外には使いたくない手段だ。
だけど、これほどの再生能力を持っている先生ならば、多分耐えられるだろう。
「え、それってもしかして……」
『ま、まさか……!』
「そのまさかだ!」
一応手加減はするし、大丈夫なはず!
「いくぜぇ……」
魔力をある程度込めて、前回の様にならないためにも比較的規模は小さくして……。
羽交い締めしている体勢だから、俺の胸のあたりから発動することになるから、うまく手加減できるかわからない。
だがまぁ、大丈夫だろ?
もしもの時は結奈が何とかしてくれる……はず!
「『カタストロフィ!』」
『お、おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
俺がその魔法を発動すると、次に起こる現象は知っている。
この場にいる全員が知っている。
「えっ……」
「なに、これ……?」
「時間が、止まってる……?」
しかし、カタストロフィが発動しなかった。
しかも、俺と結奈、それに怜以外の動きが止まっていたのだ。
結奈の言う通り、時間が止まっているのか?
神の使徒以外が動きを止めているこの現状は、もしかして……。
「ホントに何やっているんですか~?」
突如として聞こえてきたその声は、懐かしさすら覚える声だった。
「あ、あんたは……」
神々しい光と主に表れたその人は、俺たち三人が知る人だった。
「全く……」
夢にまで見た、ずっと会いたくて感情が爆発しそうな時だってあった。
それほどまでに会いたかったその人が今、目の前に現れたのだった。
「私が止めていなければ、その人は死んでいましたよ~?」
今目の前に、その人……いや、女神が降臨してきたのだ。




