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第七十二話 抱えてきたもの


 沙耶を誘拐した理由はいったいどんなふざけた理由なのかと思っていた。


 だがそれは、先生からしたらとてもふざけてなどおらず、寧ろ真面目な理由であった。


「娘?」


「えぇ」


 乾いた笑みを見せ、先生は語っていく。


「元々私は研究者でした。自分でいうのもなんですが、魔法技術に関してはかなり優秀だったと自負しています」


 授業を受けていただけでは、確かに他の教師陣よりは優秀であった。


 いやまぁ実技担当はこの人だったから他を知らないんだけどね。


 それでも、この人の魔法技術が他の人よりも秀でているということは俺でも理解出来た。


 あれでも、先生で優秀なら俺は……。


「……俺は優秀どころか天才?」


「翔夜はただの馬鹿」


「馬鹿だね」


「二人とも、ちょっと表に出ようか?」


 そんな即答しなくてもいいと思うんだ。


 俺だって曲がりなりにも神の使徒なわけだし、ただ事実を言っただけなんだから……。


 だがそんな俺たちを無視して、先生は話を進める。


「ですが、もう研究発表という時期に娘を事故で亡くしてしまったんです」


「そう、ですか……」


「ご冥福をお祈りいたします……」


 心優しい沙耶とエリーは同情をしているが、俺たち三人はそんな気持ちにはなれない。


 たとえどんな理由があろうとも、この人が敵であることに変わりはないうえに、沙耶を誘拐したという事実があるのだから。


「その数日後でした。この組織の方々は私に声をかけてきたんです」


 そんな人の同情など、真に受けられるわけがない。


「『君の娘を生き返らせるために協力してくれ』と……」


「それはなんとも……」


「あからさまというか……」


「はい、私も娘の事故は故意的に起こされたのではないかと疑いました」


 この話自体が嘘という可能性もあるのだが、先生の表情を見る限りでは嘘は言っていなさそうである。


 沙耶もエリーも、それをわかっているから同情しているのだろうな。


「ですが、それで娘が生き返るならと、彼らに協力することにしました」


「自分で研究をしようとは思わなかったのですか?」


 ここで少し疑問に思って、俺は先生の言葉を遮って尋ねた。


 元々研究者であったのならば、自分で蘇生魔法について調べればよかったのではないか?


 禁忌と呼ばれてはいるが、こんな組織に入るほど先生は娘さんを生き返らせたかったようだし、それくらいはしそうだと思ったのだが。


「……研究には、莫大な費用が掛かります」


「先生は奥さんもいるんだから、身勝手には出来ないでしょ」


「そっか……」


 確かに研究には莫大な費用が掛かるし、なにより自分の奥さんがいる手前、そんなことを倫理的にも道徳的にも出来るはずがなかったな。


 ちょっと軽率に聞いてしまって申し訳ない。


「私は娘を生き返らせるためならば、妻以外の誰がどうなろうとも知りません」


 俺だって今回沙耶が誘拐されたとき、他のことを無視してここに突っ込もうとした。


 大切な人が絡むと、人はこうも簡単に周りが見えなくなってしまうんだろうな。


「ですので、東雲さんには残念なことでしょうが、実験体になっていただきます」


 確かに先生のそれは可哀想だとは思うし、多少なりとも同情はする。


「ふざけんな……」


 だけど、それで沙耶を実験体にしていい理由にはならない。


「そんなことで、沙耶を誘拐するんじゃねぇよ」


「そんなこと……?」


 俺はここに来て沈着していた怒りが、沸々とこみ上がってきていた。


 だが怒りを抱えているのは、俺だけではなかったらしい。


「ふざけてなどいませんよ!」


 平静を保っていた先生も、俺の発言に怒りの感情を露にした。


「あなたたちにはわからないでしょうね、娘を事故で亡くしてしまった父親の気持ちが!」


 先生が今までため込んできたものが、濁流の如く吐き出される。


「壊れてしまった妻の介護をしている私の気持ちが!」


 どれほど楽しいことがあっても、ずっと過去に縛られた男の嘆きが吐露する。


「毎日毎日娘を事故に合わせた奴を殺してやりたいと思っている私の気持ちが!」


 順風満帆な日常を送っていたはずが、突如として奈落へと叩き落された者の抱えてきたもの。


「あなたたちにわかるはずがない!」


 だがそれは、ただのどこにでもいる、普通の父親としての叫びだった。




「わかるわけないだろうがぁ!」


 しかし俺は、そんな先生の言葉を否定する。


「俺は俺で、先生は先生だ!」


 確かに今まで辛い思いをしてきたのかもしれない。


「父親になったこともなければ、娘を持ったこともない!」


「ならば———」


 俺に先生の気持ちを理解しろと言われても、すべてを理解することなんて出来ない。


 だがそれでも。


「だけどな、それで他人の大切な人を実験に使っていい理由にはならない!」


 先生は、手を出してはいけないものに手を出したんだ。


「沙耶は俺の生きる意味だ!」


 先生の様に譲れないものがあるように、俺にだって譲れないものはある。


 そしてそれは、俺の……俺たちの逆鱗に触れることになったんだ。


「その沙耶を俺から奪おうとするあんたは、娘を失った悲しき父親なんかじゃねぇ……」


 だからこそ俺は改めて先生を否定する。


「ただの、畜生になり下がったクソ野郎だよ!」


 多少口が悪くなってしまったことは否めないが、俺が先生の言葉を、その行為を、肯定してしまってはいけない。


 何があろうとも、人を生き返らせるために、他者を犠牲にしていい理由にはならない。


「俺はあんたを一発ぶん殴らないと気が済まない」


 沙耶を誘拐した事だけではなく、先生の理念のようなものも気に食わないため、いくつかの理由によって怒りが湧いてくる。


「ぶっちゃけもっとぶん殴りたいけど、それだとあんたを殺しかねない」


「いや一発だけでも殺しそうだけどね……」


 一応は手加減する。


 ただ、顎の骨が折れるくらいは了承してくれ。


 それが、先生がしてしまったことの、今までのツケだよ。


「どうしても、東雲さんを私に譲ることはないのですね……」


「当たり前だ!」


 俺しか答えていないが、この場の先生以外の全員がそう思っていることだろう。


 誰だって、沙耶を渡そうと思うような奴はこの場にはいない。


「では、強硬手段に出たいと思います」


 そう言うや否や、沙耶の足元に魔法陣が現れた。


 それは、沙耶が連れ去られるときに見た、転移の魔法陣だった。


 だが……。


「その魔法陣はもう見た」


「なっ!?」


 俺は沙耶を巻き込まないよう最大限注意して消滅魔法を発動した。


「僕たちの大事な友達を悲しませた罪はデカいよ」


 結奈など、俺以外にもその魔法を妨害しようとしている奴はいたが、俺が一番早く行動できたのだ。


「俺たちに敵うと思うなよ……」


 ここに来てから、というか沙耶が誘拐されてから、俺たちは多少ふざけたことを言ったりはしていたが、気を緩めたことは一度もない。


 そんな俺たちから再び、沙耶を誘拐することができるなんて思わないほうがいいだろう。


「五……いや、六人ですか」


「六?」


 俺たちは五人しかいないのに、いったい誰を見ているのだと思った。


 だが先生は沙耶の隣、丁度そこにいる妖精を見ていた。


「あぁ、由乃も戦ってくれるのか」


 ただ頷くだけで言葉を発しなかったが、その瞳には強い怒りが見えた。


 つまり由乃も、沙耶が誘拐されたことに憤りを感じているのだ。


「ですが、問題ないですね」


「なんだと……?」


 先生はそう言うと、徐に背負っていた重機関銃を構え、いつでも掃射できるよう引き金に指を添える。


「流石のあなたたちでも、この重機関銃には———」


「悪いけど、そんな如何にもな怪しいものは、早々に壊させてもらいますね」


「なんと……!」


 先生が持っていた重機関銃は、銃身の途中から滑り落ちるように切断された。


 俺が再び消滅魔法で消してやろうと思ったのだが、俺よりもなんと怜が風魔法で破壊したのだ。


「怜もやるときはやるんだな」


「あれ僕いつも役立たず!?」


 そういうわけではないのだが、こういう時は大抵俺か結奈が行動していたから、何だが意外だったと思っただけだ。


 だからそこまで悲しそうにするんじゃないよ。


 いやホントゴメンって……。


「これほどの切れ味とは……」


 そんな怜とは対照的に、先生は驚いているというよりは嬉しそうな表情をして、切られた部分を眺めていた。


「どうやら、厄介なのは纐纈君だけではないようだね」


「……なんか翔夜だけ強者扱いされてるのはムカつく」


「結奈は俺に一々突っかかってこないと気が済まないのか!?」


 切られた重機関銃を捨てて、腰に差していた刀と脇差しを抜く。


 しかしそんなときでも結奈は俺に突っかかってくることを忘れない。


 なんというか、流石だね……。


「でも、どうして翔夜だけ?」


「あぁ、東雲さんは知りませんでしたね」


 武器を持ってはいるものの、先程とは違いただ持っているように、ぶらんと垂れ下げているだけだった。


 攻撃する様子はなく、今は沙耶の疑問に答えるだけだった。


「纐纈君は、転移魔法が使えるんですよ」


「転移、魔法……?」


「えぇ、あらゆる場所に瞬時に移動することが出来る、あの転移魔法です」


 驚きの表情の後に、納得したかのような表情をした。


 だが沙耶にはこの魔法のことは知られたくなかった。


「つまり、東雲さんを簡単に助けられるのに助けに来なかったということになります」


「えっ……」


 ほら絶対こういうこと言われるんだもん。


 転移魔法って言うのは、視認した場所にしか行けないんだよ。


 つまり、この場所のことがわからないと移動できないの。


 それを省いて説明すると、俺の印象滅茶苦茶悪いじゃん!


 ちゃんと詳しく説明してくれないかな!?


「これは纐纈君が助けに来なかったのは、東雲さんのことを大事に思っていないという———」


「んなこと思っているわけないだろうがっ!!!」


 俺が黙っていりゃあ、好き放題言いやがって……。


「アホかバーカ!」


 俺が沙耶に対してそんなことするはずがないだろうが!


「俺が沙耶を優先して動かないことなんてないわボケぇ!」


「ですが、事実これほどまでに遅れていきましたし———」


「そんなこと、翔夜はしないっ!」


 ちょっと物理的に黙らしてやろうかと思ったのだが、ここで沙耶から否定の言葉が出た。


「翔夜は絶対にそんなことしないって、断言できるっ」


「沙耶……!」


 一度先生をぶん殴ろうかと思ったのだが、沙耶からの信頼により心が満たされたのでやめました。


 いやすんごい嬉しいな!


「揺さぶりは効きませんか……」


 先生は残念そうに、しかしわかっていたかのような表情をしていた。


「見たかこの野郎、俺と沙耶は長い付き合いなんだから、その程度で揺さぶられると思うんじゃねぇぞ!」


「ふむ……」


 沙耶がそんなことを言われて俺のことを疑わなかったことがこんなにも嬉しいとは思いもよらなかった。


 やっぱり幼馴染って最強だな!


 だが先生はまだ何か企んでいるのか、少し考えて、そして考えた末に発言する。


「先程、東雲さんは纐纈君のことを気持ち悪いと言っていましたね」


「えっ……」


「そんなこと言っていません!」


「言ってるそばから揺さぶられてるじゃん……」


「はっ、嘘かよこんちくしょー!」


「よく今のに騙されたね……」


 俺何か嫌われるようなことしたっけってすんごい焦ったぞ!


 やめろよマジでそういうこと言うの!


 でも嘘でよかったぁ……。



「では、本当に強硬手段に出たいと思います」


 そう言うと、左手に持っている脇差しを放り捨て、ポケットから何やら青色の液体が入った注射器を取り出した。


「あ、おいあんた!」


「私は何も、あなた方の対抗手段を複数持たずに来たわけではありません」


 そして自身の首筋へと持っていき、注射した。


「ちゃんと、奥の手を用意していますよ」


「いやあんた、それは……」


 先生は注射を打った瞬間から、体中の血管が浮き出て目が充血していき、そしてそれに呼応するかのように髪の毛が赤黒く染まっていく。


 そして何と言っても……。


「化け物……」


 魔力量がけた違いなほど増えていた。


『本当はこんな力使うつもりはなかったんですよ、あなたさえいなければね』


 絶対に体が悲鳴を上げているだろうが、お構いなしに先生は頬を上げて笑った。


『君のせいで、僕の計画がぐちゃぐちゃだよ』


「いや知らんがな」


 気分が高揚しているのだろうが、それにしても傍から見ればただのヤクをキメた人である。


 声も先程までとはかけ離れて、のどをつぶされたのかと思うほど雑音のようなものが混ざったような低い声になっていた。


「まぁでも、俺たちのやることは変わりないな」


「そうだね~」


 俺たちは先生が多少変貌したとしても、倒すということに変わりはない。


「まぁ俺の転移魔法で全員逃げ出すっていう手もあるんだけど……」


 全員構えて、先生の行動に注視する。


「俺はあいつを殴らないと気が済まない」


「僕も一発くらいは殴りたいかな」


「今なら、耐久力とか上がってそうだしね」


「なんというか、お三方は余裕そうですね……」


「まぁ、翔夜たちだしね」


 軽口を叩けるのは、俺たちがあんな状態でも先生に勝てると思っているからだ。


 未だに先生から流れて出てくる濁流のような魔力は健在だが、それでも俺と怜程多いわけではない。


「そんじゃまぁ……!?」


 そのため早々に片が付きそうだと思っていた。


 だがそれは、難しいと言わざるを得ないことが起こった。


「ちょっと待て、今動きが見えなかったぞ!?」


 なんと、先生の姿が突如として消えたのだ。


 そしてそれは、予想外のところから聞こえてくる。


『纐纈君、転移魔法は君だけのものじゃないんだよ』


 先生の声が後ろから聞こえてきた。


 全員が後ろを振り向くと、刀を両手で持って構えている先生の姿がそこにあった。


「嘘だろ……」


 誰もが先生の動きを見ていた。


 なのに誰も反応できなかったのは、それはつまり、先生も転移魔法が使えるということだった。


『僕も、今の状態なら使えるんだよ!』



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