第七十話 偶然の産物
沙耶を探して三千里。
なんて距離は走っていないが、それでもかなり探し回っただろう。
本当に、片っ端からいろんな道を行ったり来たりして、そこにあったすべての部屋を開けて調べた。
だがどこにも沙耶はおらず、かなり焦っていた。
先程から出会うのは、この組織の人間か、魔物くらいのものである。
「くそ、まじで広いんだよここ!」
俺はずっと走っていた。
もう本当に、最初の分かれ道を見たときに膝をついたときから、ずっと走っていた。
途中途中で破壊音が聞こえてきたりはしたが、そんなことは気にせず走り続けた。
「千里眼使っても、道が多くてわからん!」
一応沙耶を見つけようとしてこの辺りを千里眼で捜索したのだ。
したのだが、どうしても沙耶がいる場所が見当たらず、そして魔法を使うよりは走って探したほうが早いと結論を出した。
ぶっちゃけ、俺はもう静かに行動するということを忘れて無我夢中で走り回った。
「ここかぁ!?」
そのため、このように一つ一つ扉を蹴破って確認している。
「だ、誰だ貴様!?」
「こいつ、例の侵入者だ!」
そして大体はこのように、敵が複数人待機しているのだ。
敵はこちらを見た瞬間に、魔法を発動しようと構える。
「沙耶ぁぁぁぁぁぁ!」
だがそんなもの、沙耶を血眼になって探している俺には全く視界に入らない。
というか、攻撃を食らっても傷一つつかないため、気にしないで探しているのだ。
「お、おいこいつ、攻撃が効かないぞ!」
「ど、どうにか殺せっ!」
しかし見つかってしまったのならば、どうせ戦うことになってしまうことは目に見えている。
ならば、適当に高火力の魔法を一発撃ちこんでしまえば、それで敵を倒すことが出来る。
「邪魔だどけぇぇぇ!」
「ぐっ……!」
「か、身体が……!」
ただの電気ショックを周囲にお見舞いし、敵の動きを強制的に止める。
意識が残っている者もいるが、殆どが気を失っていた。
一応は手加減をして魔法を放っているが、それでも死んでいないか心配になってしまう。
「くそっ、ここも違う!」
もう手加減ってどうやるんだっけとか、そんなことを思いながらもこの部屋を後にした。
しっかりと確認はしていないが、全員息はあるだろうから死んではいないだろう。
それならば、沙耶を探すことを念頭に置いて行動することが先決である。
「ここかぁ!?」
再び見つけた扉を蹴破り、中へと侵入する。
先程から同じようなことをしているので、段々と扉を蹴る威力が強くなっていっている気がしているが、まぁ気のせいだろう。
「なんか、研究所っぽいところだな」
侵入して辺りを見渡すと、そこは薄暗く明らかに非合法と思われるような薬品が散乱していた。
そしてそこに人はおらず、あるのは足元に転がっている薬品と、見たこともないような機器類と……。
「生体感知魔法に反応はあるが……」
足元から視線を上げて、そこに広がっている光景を目の当たりにする。
目の前には、巨大な円柱型の水槽がいくつも存在していた。
「それは全部こいつらだな」
そしてその中には、今まで見たこともない魔物が何種類も入っていた。
その姿は、まるで魔物をいろいろとくっつけた様であった。
明らかに原形をとどめていないものから、原形のままのものも存在していることから、恐らくはここで実験をしていたのだろう。
そしてこいつらは、モルモットというわけだ。
「いやしかし、なんというか……」
その姿を見て、あからさまに顔を顰める。
本音を言うならば、キモいの一言である。
なんというか、生理的に受け付けない姿をしているものが多くいるのだ。
「いや出てくるんかーい」
そしてその心の声が聞こえたのか、呼応するようにしてその水槽のガラスを割ってでてきた。
それも、すべての水槽から。
「はぁ、だからよぉ……」
しかしそんなことにも動じず、呆れた表情で構える。
「俺は急いでんだからぁ……」
敵をすべて視界に収め、構えた右手から青い電気が迸り、その光は徐々に大きくなっていく。
「邪魔すんじゃねぇって言ってんだろうがぁぁぁ!」
頂点に達したその時、その電撃が迸る拳を思い切り振り被った。
あとには何も残らず、敵はおろか足元に転がっていた薬品や機器類も、無残にも消し飛ばしてしまったようだった。
まぁ、敵組織のやつだし別にいいか。
「次だぁ!」
そして再び部屋を後にする。
「隣にお邪魔しまぁす!」
そしてその直後、何度目かわからない部屋をすぐに見つけ、蹴破る。
もう扉という概念を無視しすぎて、これからしっかりと開けて入ることが出来るか不安だな……。
「おいおいおいおい、まじか……」
だがそんなことを考えて入ると、そこにはどこかで見かけたことのある物があった。
「これはぁ……破壊したほうがいいかな?」
スライムの様に半透明で、しかし触ってみるとしっかりと硬さがあるそれは、とある人物を象っていたのだ。
「まるで、あのクソ女神みたいだな……」
そう、何時ぞやのくそったれな女神様を象ったような姿をしていたのだ。
生体感知魔法にその像は反応しなく、これは生物ではないことは理解できる。
「なんだろう、この心から湧き上がってくる気持ちは?」
だがこの像を見ていると、動悸が荒くなっていく。
「こいつしか見えなくなるような、この気持ち……」
魔法の類ではなく、これは俺自身の感情であった。
「あぁそうか、わかったぞ……」
そして理解したその感情は。
「こりゃあ、怒りだ」
今まで、この世界にきてからずっと抱いていた気持ち。
忘れようとしても忘れることが出来なかったその気持ちは。
今沸々と沸き上がってきていた。
「まぁ本当は本人を殴りたいが、今回は仕方がない」
右手を引き絞り、そこに魔力を集中させる。
「これで我慢しよう」
今まで抱いていたこの気持ちをぶつけるため、魔法ともいえないような、何時ぞやの結奈が纏っていたようなどす黒い魔力を込める。
そして……。
「死ねやくそ女神がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手加減しなきゃと思いつつも、感情は別のようで。
本日最大の威力を発揮して、その像を思い切りぶん殴った。
そしてぶん殴った瞬間に、その像は木っ端微塵に消し飛んでしまった。
「ふーっ、清々しい気持ちだ!」
先程まで部屋としてあった場所が、もう見る影もなくなってしまっていた。
「おっと、沙耶を探さないと」
砂ぼこりが晴れて奥を見ると、なんと隣の部屋に穴をあけてしまっていた。
一応、隣といっても十数メートル先にあるので、その威力がどれほどのものなのか、己のことながら改めて理解させられてしまう。
もう少し、威力を絞って殴ればよかったかなぁ……。
「後悔など全くないな!」
まぁせっかくなので、沙耶もそこから探すことにしようかね!
「しっかし、本当にどこに沙耶がいるんだ?」
瓦礫の中を器用に歩いて隣の部屋へと向かう。
「お?」
だが、不幸中の幸いというのか、俺はある人物を見つけることが出来た。
「沙耶!」
「しょ、翔夜!?」
そこには、今までずっと探し続けていた、俺が恋焦がれている沙耶がいた。
やべぇ、沙耶を見つけることが出来て嬉しい反面、今の攻撃で沙耶を傷つけてしまっていたかもしれないと思うと、素直に喜べない。
そんな微妙な気持ちを抱きつつ、俺たちは再会を喜んだ。
「助けに来た……ぞ?」
もうやけくそ気味に沙耶の元に行ったのだが、その沙耶の格好を見て
「なんか、くつろいでいないか?」
ブランケットを膝にかけて、先程まで紅茶を飲んでいたであろう中身の入っていないカップが置いてあった。
手には本もあるし、これ絶対くつろいでいたよな?
「そ、そんなことないよ!」
慌ててそれらを後ろへと隠す沙耶は、しかし俺はもう見てしまっている。
ジト目で沙耶を見つめると言い訳をするように答えだした。
「あの、これは由乃が持ってきてくれたのっ」
「由乃?」
いったい誰だと自身の記憶を探っていると、結奈の後ろからブランケット等をどこかへとしまい込んでいる妖精が目に入ってきた。
その姿には見覚えがあり、誰のことを指しているのか理解した。
「あぁ、沙耶の使い魔か」
ほとんど見たことはなかったが、そう言えば沙耶にも使い魔がいたんだよなぁ。
もしかして、俺と同じくインベントリみたいな魔法が使えるのだろうか。
だとしたら、かなりの魔法の使い手であることは明白だ。
なんと、心強いんだ。
もっと早く思い出していれば、とちょっと後悔……。
「あの、沙耶さん」
「ん、なに?」
しかしそんな使い魔がいる沙耶に聞いておかなければいけないことがあった。
「悲惨な状態のあれは、なんでしょうか?」
「あぁ……」
俺と沙耶が見やるその視線の先には、俺が先程拳を振るった時と同等のほどの惨状が目に入っていた。
「あれは、由乃がやったんだよ」
「由乃が?」
これほどの威力を持っているとは、かなり強いんだろうな。
……自分を棚に上げて何言っているんだろう。
「確か、風魔法で敵を空間ごと別の場所に移動させたって言ってた」
「そう、なのか……」
俺は小首をかしげて考える。
風魔法は転移魔法のように空間を移動したりすることは出来ない。
しかも、かすかに漂っているこの鉄のような臭い。
神の使徒だからこそ嗅ぎ分けることが出来る程度しか臭わないが、それはつまり。
「ど、どうしたの、そんなに由乃を見つめて」
「……いや、何でもない」
つまり、由乃は沙耶には秘密にしているのだろうが、ここにいた人間を全員原形が残らないほどに分解してしまったのだろう。
いや、切り刻んだと言えばいいのだろうか。
「まぁともかく、沙耶が無事でよかったよ!」
だがそんなことよりも、沙耶が無事でいてくれたことの方が優先されるべきことだ。
この際、敵がどうなろうが知ったことではない!
「私は、翔夜が助けに来てくれて嬉しかったよ!」
「おう!」
やっぱり、この笑顔のために俺は生きているんだろうなぁ……。
眩しくて抱き着きたい衝動に駆られてしまうよ。
まぁ、そんなことをしたら嫌われるってわかっているからしないけど。
「そういえば、結奈たちは?」
「あぁ、あいつらは———」
「———どうも、東雲さんに纐纈君」
他の三人はどうしたのか気になって聞いてきたのでそれを答えようとしたら、突如どこからともなく声が聞こえてきた。
「えっ……!」
「あんたは……!」
俺たちは声の聞こえたほうへ、視線を向ける。
そこには、俺たちの知っている、実技の授業でお世話になった先生がいた。
だが……。
「えっと……」
しかし、ここで名前が出て来なかった。
あれぇ、この人ってなんていう名前だっけ?
「沙耶、この人の名前って何だっけ……?」
「多分、高橋先生だったと思う……」
わからなかったので、隣にいる沙耶に小声で聞いてみた。
だが沙耶も、自信なさげに答えた。
まぁ恐らく、この人は高橋先生なんだろうな。
ホント、多分だけど……。
「僕のこと覚えてくれていなかったんですね……」
「「す、すみません……」」
俺たちは心から謝罪した。




