第六十九話 秘密事
「しっかし、いったいどこにいるんだ?」
辺りを見渡し、敵を探る。
しかし、エリーが海霧で見つけられなかった存在を、エリーの体を乗っ取った存在は見つけることが出来ていない。
「まぁ、視ていたし……」
話し方から判断し、エリーの体を乗っ取った存在を彼とするならば。
「恐らく普通の攻撃だと当たらないんだろうなぁ」
彼は、敵を見つけ出し、倒すことが出来るのだろうか。
「だが……」
しかしながら、態々体を乗っ取ってまで現れたのだ。
「俺は関係ないなぁ!」
倒せないということはないのだろう。
自信満々に彼は、ある方向へと右手を掲げ、そして……。
「吹っ飛べ!」
瞬時に水球を作り出し、銃弾の如く目にもとまらぬ速さで放った。
放ったそこには何も見えていない。
放った本人がそれを理解している。
だが彼はそれを承知で放ったのだ。
「そこにいるのはわかっているぜ?」
彼はそこから目を逸らすことなく、まるで敵がそこにいるような口ぶりで話している。
いや、敵はそこにいるのだろう。
そして彼は、その敵を見ることが出来ているのだろう。
「なぁ、『なりそこない』よぉ……」
チラッと、透明化が解けて姿を見せるそれに、嘲笑うように侮蔑の目を向ける。
彼は敵の存在を分かっているのか。
それとも心当たりがあるのか。
「俺はお前の上位互換みてぇな存在だからなぁ、見ることも攻撃することも出来るんだよ」
だがそれは、本人にしかわからないことであった。
「なんだぁ、話し方を忘れたのかぁ?」
一応は警戒して敵へは近づかず、しかし相手を嘲る様子は変えずに話しかける。
「俺なんて、いつだって主と話したくてうずうずしているってのによぉ」
彼は自分が今その主の体を乗っ取って、その主の声で話していることを覚えているのか。
「まぁ、主は俺のことを嫌っているがなぁ……」
エリーの声で、普段では絶対に使わない言葉づかいで話していることに、気が付いているのだろうか。
「やべっ……泣きそう……」
理解したうえで話しているのであれば、理解出来ることであろう。
「……勝手に体を乗っ取ったこと、絶対怒っているよなぁ」
嫌われていることが、自分の行いのせいであるということを。
「はっ!」
ふと、とある心当たりが彼の脳裏をよぎった。
「これが嫌われる原因か!?」
ここでようやく、そのことへ思い至った。
体を乗っ取った状態で、好き勝手にやってきていたのだ。
それはエリーに殆ど友達もいないはずである。
「そっかそっか、勝手に乗っ取るのはダメだったのか……!」
ここに思い至るまで、かなりの年月が経っている。
つまり、ようやく……。
「ははっ……マジかよ……」
ようやく、エリーから嫌われている理由に気が付いたのだ。
「さっきからドンドン結界を叩くんじゃねぇ!」
ずっと張っている水の結界に攻撃をしている敵に向かって、再び攻撃を仕掛けた。
「俺が真剣に悩んでいるってのに、うるせぇんだよ!」
真剣に悩んでいることは、悲しげに笑っていた表情を見れば明らかだった。
だがそれで八つ当たり気味に攻撃をされた敵は、たまったものではないだろう。
「声を上げないってのはっ!」
感情に任せて次々と水球を弾丸の如く飛ばしていく。
「それは真正のっ!」
壁や床に当たっていないことから、敵に攻撃が当たっていることがわかる。
「ドМってことかっ!?」
つまり、彼ならば敵を倒すことが可能ということだ。
性格はこの際置いておくとして。
「ようやく姿を現したな」
透明化が解けて、敵の隠していた姿が現れる。
「うわっ、実際に見るとキモいな……」
そこにいたのは、ベースは人間であるにもかかわらず、肌が変色していたり片腕が歪んでいたり片足が異常に筋肉質だったりしていた。
白目をむいてよだれを垂らして、如何にも近づきがたい危ない感じを醸し出している。
極めつけは、適当につなぎ合わせたような、背中に多くの魔物の腕が生えていたことだった。
つまり、最早人間といっていいものかわからない存在だった。
「あーいや、見た目の話じゃねぇぞ?」
しかしここで、彼は自分の発言に対して弁明しようとした。
「繋ぎ方というか、あり方というか……」
流石にキモいと言ったことによって相手を傷つけたと思ったのか、必死にフォローしようと頑張る。
「まぁ、お前の見た目のことじゃねぇから安心しろ!」
かなりいい笑顔で親指を立てて弁明したと思っている彼は、しかしいったい何を安心しろというのか。
そもそも、敵は彼の話を聞いているかすら怪しく、その行為に意味があったのかわからなかった。
いや、意味などなかったのだろう。
「おいコラ!」
敵は構わず結界に攻撃をし始めた。
「だから別にお前の見た目が悪いなんて言ってないだろ!?」
考えることをしないのか、まるで思考停止しているかの如く本能の赴くがまま攻撃している。
「なんだ、ドМって言ったことを怒っているのか!?」
だが、彼はそんなことどうでもよく。
「それは事実だろ!」
ただ敵が怒っているのだろうと思って話しかけていた。
「ったく、これは俺の体じゃねぇんだから無茶出来ないんだよ」
敵が未だに壊すことのできない結界に攻撃している事はさておき。
「俺の力を全力で出しちまうと、四肢が吹き飛んじまう……」
かなり物騒なことを言いつつも、敵をどうやって倒そうか悩んでいる。
例え敵に攻撃を当てることが出来ると言っても、それはどれも決定打には程遠く。
「仕方ない、さっきと同様に手加減をしてやるしかないよなぁ……」
倒すことが出来るのはいつになるのやら。
それほど、敵の体は頑強なものであったのだ。
「とはいっても……」
未だにその歪な拳で結界を殴っている敵を見据えて。
「例え借りものの体だとしても……」
自身は右腕を引き絞り、拳を固めて狙いを定める。
「偽物が、本物に勝てるわけないがなぁ!」
そして、拳を思い切り敵の腹部へと放った。
身体強化魔法以外何も細工などしていない、ただの拳である。
しかしそれでも、敵は後方の壁へと吹き飛び、蜘蛛の巣状のヒビを作る。
だが、それでも怯まずに立ち上がり、結界への攻撃を再開した。
「というか、胸邪魔だな!」
自身の、というよりエリーの胸を鷲掴みにし、愚痴をこぼす。
「絶対小さい方がいいって!」
戦う上では確かに邪魔な代物。
しかし、その無駄な脂肪に憎しみを抱いている者もいるため、軽くそのようなことを言ってしまってはいけない。
「うぉ、なんか、寒気が……」
今はここにいない、どこかの胸への執着が強い者からの念を受け取ってしまったのだろう。
身震いがしたため胸から手を離して、今目の前にいる敵に集中する。
「ん~、やっぱちょっと無茶するか……?」
埒が明かないと言わんばかりに、自身の魔力を高める。
「筋肉痛くらいなら、まぁセーフだろ?」
正確にはエリーではない、彼自身の魔力がエリーの周りに集まっていく。
「引導を渡してやる?楽してやる?」
なんといっていいのか彼自身がわかっていないが、とりあえず魔法を放つ準備だけは整ったようだ。
そのため、彼は右手にエリーの魔力を、もう片方に自身の魔力を乗せる。
そして、結界に攻撃している敵へとおもむろに近づき、今度は両手で軽く腹部に触れる。
「『氷水破衝』」
突如として、氷と水から成る衝撃波が敵を襲う。
その衝撃は奥の通路の方にまで及び、すべてを抉り取らんばかりに猛威を振るった。
「うっし、いっちょ上がり!」
本人は満足気にしていたが、先程まで結界を攻撃していた敵の姿はどこにもなく、壁や床、はては天井や通路にまで被害が及び、原形をとどめていなかった。
これは翔夜のカタストロフィのような威力を出していた。
「んじゃまぁ、行きますかね」
通路がある方向へ向かう、エリーの体を乗っ取った彼。
一応は通路が残っているので、本人としては最善の結果だったのだろう。
他の人間が見たらなんというかわからないが。
「っとその前に……」
だが何かに気が付いたのか、後ろを振り返りそこからやってくる人物を迎える。
「エリーっ」
「よかった……」
戦いを終えて追いかけてきた怜と結奈であった。
そして会って早々に気になることを聞く。
「翔夜は?」
二人で行かせたはずなのに、どうしてエリーしかいないのか。
予想はついているが、一応結奈は聞いておくことにしたのだ。
だが……。
「先に行ったぞ。これから俺も向かうところだ」
「……エリー?」
「あ、やべっ……」
ここで自分がエリーではないということを隠さずに、普段通りに話してしまった。
口を覆っても時すでに遅し。
「誰っ?」
「おいおい、そんな好戦的になるなって」
結奈はいつでも攻撃なり回避できる状態に気を張る。
だが当の本人は、もうバレてしまってはしょうがないと思っているのだろう。
「顔がおっかないぞ~?」
隠そうともせずつらつらと思っていることを口にしていく。
「そんなんだから、愛しの人物が取られたんじゃねぇのかぁ?」
ニヤニヤした顔で、結奈の顔を窺う。
もう開き直ってしまえば彼は止まらなかった。
「なんのこと?」
「いやよぉ、お前———」
「何のことか、わからないなぁ!」
しかしそんな彼の口を、結奈は鎌鼬という脅しで無理矢理黙らせた。
エリーの体を数センチ掠める程度に攻撃をしたのだ。
「お年頃って、面倒だな……」
流石の彼も、これ以上は危険と判断して話を終わらせる。
神の使徒の逆鱗に触れようとしてしまったのだ。
命があるだけまだましなのかもしれない。
「まぁいいや、俺はもう疲れたし……」
つまらなそうにそう伝えて、彼は瞳を閉じる。
「こいつを任せるぞ」
ふっ、と糸が切れた人形のように、エリーの体が脱力する。
「「エリーっ!」」
しかし二人が咄嗟に駆け付けたため、地面に倒れるようなことにはならなかった。
「あれ……私は……」
結奈に抱きかかえられている状態のエリーは、今現在自分はいったいどうなっているのか、一番新しい記憶を思い出しながら辺りを見渡す。
そしてこの状態に思い当たり。
「あっ!」
バッと跳び起き。
「申し訳ありませんでした!」
二人に頭を九十度まで下げて、思い切り謝った。
「えっ?」
「ど、どうしたの?」
この行為には二人も困惑せざるを得ない。
「いえ、先程迷惑をかけてしまったのかと思いまして……」
自分が体を乗っ取られるまでの記憶はあるエリーは、また迷惑をかけてしまったのではないかと危惧していたのだ。
申し訳なさと、もしかしたら友達をやめるのかもしれないという不安で、押しつぶされそうになっていた。
「さっきのって……」
「あれは、なんなの?」
だがそんなエリーの気持ちを知ってか知らずか、二人は先程のエリーの状態について質問した。
「そ、それは……」
それについて答えたくないのか、エリーは口を閉じたまま答えようとしない。
しかし答えないわけにもいかないと思っているエリーは、頭を限界まで回転させていた。
「まぁ、言いたくないことならいいよ」
けれども、興味を失ったかのように、結奈はそのエリーの表情から聞くことをやめた。
怜も言わずもがな。
「……ありがとう、ございますっ」
不安はぬぐい切れないが、だが今は彼の正体について言及されなかったことに安堵し、感謝の念を述べる。
「でも、いつかは教えてほしいかな?」
「はいっ、その時が来たら、必ず……!」
結奈は別に答えなくてもいいやと思っていたのだが、エリーはその瞳に覚悟のようなものを滲ませていた。
時が来たら、必ず言うのだろう。
「とりあえず、沙耶を助けに向かおうかっ」
「そうだね」
「はい」
三人は先に続いている、通路のようなものを通って沙耶の元に向かった。




