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第六十七話 実力差


 結奈は漆黒の魔力を右手に纏った結奈は、その禍々しい拳で相手の女を殴りにかかった。


 いったいどんな効果を発揮するのだろうか、そう警戒してうかつに近づくことが出来ない相手。


 怜もそうなのだが、あの拳を受けてしまったらどうなるのか、この場にいる結奈以外の者はわからない。


 いったい、その拳で殴られたらどうなってしまうのか、味方である怜も多少恐怖していた。


「あっち、よろしくね」


「そっちもね」


 お互いに同姓の相手をすることにした二人は、それぞれの相手と対峙した。


 怜は男を、結奈は憎き女を相手取ることになった。


 そして先手必勝ということなのか、結奈は敵の懐へと瞬時に入り込み攻撃を繰り出した。


「はっ!」


「うっ……!」


 敵の女は体を後方へと逸らすことによって、結奈の怒りの拳を躱すことができた。


 結奈もある程度は手加減をしているとはいえ、それでもその拳は普通のものよりも鋭く重いことは確か。


 今までよく躱していられたなと、神の使徒の力を知っている者ならば感心して感嘆しまうほどだ。


「ん?」


 だが、どうしてこれまでも相手の女は躱すことが出来ているのか。


 怜の方も戦っているが、そちらは禍々しい魔力を気にせずに戦うことが出来ているので、戦いらしい戦いをしていた。


 もちろん、それでも怜の一方的な攻撃には変わりはないのだが。


「攻撃が当たらないね……」


 攻撃をしている本人が一番気になっている事。


 なぜ自分の攻撃はこうも躱されてしまっているのかと。


「どうして?」


 戦っている相手に問う。


 なぜ、今までの攻撃を躱すことが出来ているのか。


 しかしそれは手練れならば、躱せることは必然だったのかもしれない。




「胸への執着、怖い……」




 そう、右手に纏わせている禍々しい拳は、すべて胸へと攻撃していたのだ。


 躱すたびに揺れるその二つの山を見て、さらに怒りを増す結奈が胸以外に攻撃することなど、出来るはずがなかった。


「それを抜きにしても、僕たちの攻撃が当たらないのはおかしいね」


「それって?」


「なんでもないです……」


 一旦結奈の元に来た怜は、しかし結奈のその鋭い視線に怯えてしまっていた。


 怜は、胸へと執着しているということを抜きしても……と、言葉に表さなくてよかったと自分を内心褒め讃えていた。


 だがそれはそれとして。


「当たらない理由は思い当たる?」


「まぁ、一応は」


 自分たちの攻撃が当たらないのはなにかカラクリがあるのだろう。


 そう考えて、先程よりも冷静に相手を観察し始める。


 相手は疲労と攻撃が当たらない焦燥感のためか、額に汗をにじませている。


「同じ魔法?」


「いや、そんなはずはない」


 相手は相手で何かを話し合っているが、それが何を意味していることなのか二人にはわからない。


 では、自分たちのすることは決まった。


 いや、元より決まっていたことを様々な方向で試すだけだった。


「『紫電槍』」


 結奈は敵の方向へと広範囲に紫電の槍を降り注がせ、普通であれば躱すことのできないものをお見舞いした。


 だが、その攻撃までも敵は躱し続けている。


 それでも紫電槍の方が早いか、多少は傷を負うことになってしまっていた。


「かすり傷だけ……」


 傷といっても、腕や足を掠めただけであったため、その魔法でも有効打には程遠い。


 広範囲攻撃でもかわされてしまうのであれば、次は違う手を試すまで。


「ねむ———」


 当たらないのであれば眠らせてしまえばいいと結奈は思い、『眠れ』と、そう一言言おうとした。


 しかし、敵のナイフの投擲により口を閉ざさざるを得なかった。


「くそっ」


 これには『胸』以外のことであれば冷静でいた結奈でも、悪態をつかずにはいられなかった。


「まるで僕たちの攻撃を予測しているみたいだね」


「それって……」


 あまり考えたくはなかったが、二人には思い当たる魔法があった。



「未来視、みたいな魔法かな」



 記憶のなくなる以前の翔夜が使っていた魔法、未来視である。


 だがその魔法には、使えるものだからこそわかる少しの欠点が存在していた。


「でもあれって僕たちでもかなり疲れるよね」


 そう、怜の言っている通りこの魔法は物凄く疲れるのだ。


「それを戦っている途中にやれる?」


「普通は無理」


 流石の結奈でも、戦いながら未来視を使うことなど難しいだろう。


 神の使徒であり、魔力操作に長けているからこそわかる。


 未来を見るという行為は、途轍もない集中力を要するのだ。


 それを、神の使徒と対峙しながら使えることなど、それは不可能と言っても過言ではないだろう。


 だが、問題はそこではない。


「しかも、二人とも身体強化魔法以外は全然魔力を使っていないんだよね」


「そう、そこなんだよ」


 敵の二人は、身体強化魔法以外の魔法を一切使っていないのだ。


 魔法を行使する際には、確実に魔力が使われる。


 魔力が使われているかなど、神の使徒が見ようと思えば見れないものではない。


 そのため、二人は余計に混乱していた。


「じゃあ、ただ()がいいのかな?」


 相手の動き、表情、視線……それら諸々を見る観察眼が優れているのではないかと。


 怜はそう予想した。


 というより、それ以外の可能性が低いのだ。


「わからないけど、まぁとりあえず……」


 予測を立てることは大事だ。だが……。


「ぶん殴ればいいんだよね?」


「手加減をしてね?」


「そっちもね」


 とりあえずと、自分たちは負けることなんてない。


 そういう神の使徒であるからこその自負があるため、二人は相手を倒してしまえばいいと、根本的なことを告げ、そして行動を開始しようとした。


「兄さん、二人での複合魔法なら……」


「そう、だな……」


 しかし、二人の魔力が今までのものとは違うということがわかり、攻撃することを中断した。


「兄妹だったんだ……って、複合魔法?」


「なにそれ?」


 目の前の男女が兄妹だったことがわかり、だがそれ以前に複合魔法というものを初めて聞いた。


 その魔法はいったい何なのか、神の使徒の二人が知らない魔法というものも珍しいため、そちらの方が気になってしまっていた。


 だがそれは、二人が想像していないものだった。


 敵の二人の魔力が混ざり合っていき、そしてその中心に凝縮されて一つの魔法を作り出した。




「「『ケルベロス!』」」




 そこに現れたのは、名前の通り三つ首の、身体が炎で出来ている番犬であった。


「うわぁ、翔夜が喜びそうだね……」


「あぁ、だから複合魔法ね」


 怜はここにいない友人を思い浮かべて、結奈は先程敵が言っていたことに納得して、それぞれの反応を示していた。


「くらえ!」


「死ね!」


 二人の声に応えるように、炎のケルベロスは二人に突っ込んできた。


 その、自分たちよりも大きな炎の塊を前にして……二人は呆れた表情をしていた。


「確かにすごい技術だけど……そんなこと、二人でする必要ある?」


「ないね。というか、僕たちにはそんな大層な魔法は必要ない」


 常人では絶望してしまうような状態でも、だが二人はいつも通りの調子でいた。


「『消滅』」


 そう一言、結奈が呟いた。


 たったそれだけで、二人が作り上げた合成魔法を消し飛ばしてしまった。


 いや、元からそこには何もなかったかのような状態になっていた。


「なっ……!」


「そんな……!」


 消滅魔法なんて使える人間はいない。


 そのためか、それともその魔法によほどの自信があったのか、二人は驚きを隠せず行動と思考が止まってしまった。


「さて、芸はそれで終わりかな?」


 煽るように、しかし自分たちには敵わないぞと言外に言っているように、結奈と怜は敵に近づいて行く。


「くそっ……」


「もう、あれしか残っていない」


「あれ?」


 まるで、もうそれが最後の手段であるかのように。


「だが……」


「攻撃は当たらないし、それにあの魔力に魔法……」


「もう、後がないということか……」


 まるで、それが最善で最悪な手であると言わんばかりに。


 敵の二人の表情は覚悟を決めたような、諦めてしまっているような、複雑な表情をしていた。


「まぁ、攻撃が当たらないのはお互い様なんだけどね」


「怜は当てたじゃん」


「頑張った」


「代わりに殴っていい?」


「ダメだよ!?」


 先程よりは怒りが収まっているのか、二人とも軽口を言えるほどには落ち着いていた。


 そんな二人とは対照的に、敵の二人は余裕を持ち合わせていなかった。


「行くぞ……!」


「うん……!」


 敵の二人……兄妹はお互いに手を取り、少々躊躇いながらも力強くある言葉を紡ぐ。




「「『ユナイト!』」」




 突如として部屋いっぱいに光が覆われていく。


 敵の二人が何かを唱えたと思った途端、輝きだしたのだ。


 最初は目くらましかと思ったが、二人はそれを否定する。


 目くらましをするにしては、使われている魔力が多すぎるのだ。


 いったいこれは何なのかと考えていると、光が段々と収まっていき敵を視界に収めることが出来た。


「え、何あれ……」


 だがそこにいたのは、人間の姿をした二人の男女などではなかった。


「魔物……?」


 まるで様々な生物を合わせたかのような、とても醜い魔物のような生き物がいた。


「いったいどういう理屈?」


「さぁ……」


 神の使徒の二人は、敵の二人が魔物に変身したか、あるいは魔物と敵の二人が入れ替わったのかと、それ以外考えられなかった。


「理屈はわからないけど……」


「でもまぁ、僕たちがやることに変わりないよね」


 なぜ魔物が現れたのか、いや恐らく魔物に成ってしまったのだろう。


 そう二人は理解し、だがそれで二人がやることに変更はない。


「口を開いたね」


 口と形容してもいいのかわからないが、現れた魔物は口のような場所を開き、そして炎を噴いた。


「『紫電・雷刀』」


 炎を吐いてきたが、怜はそれを切り裂くという芸当をして見せた。


「それじゃあ、攻撃を防ぐのよろしく」


「まぁ、僕はもう殴ったからね、いいよ」


 常人には理解しえないような現象が起こっているのだが、二人は各々がどう役割を担うか軽く話し合う。


「今度はちゃんと当ててね」


「大丈夫」


 殴るということは決定事項なのか、敵の存在が何であろうと気にした様子はなく、ただ今から殴る相手を見据えていた。


「翔夜は消滅魔法と重力魔法を使って『カタストロフィ』を発動したけど、僕のはちょっと違うよ……」


 神の使徒でも、魔力操作に長けている結奈だからこそできる技。


 いや、翔夜も怜も出来ないわけではない。


 ただ、手加減をすることはかなりの技術を要するため、何時ぞやの翔夜と同じかそれ以上の結果になってしまいかねないのだ。


「消滅魔法に重力魔法、それに空間魔法を合わせる……」


 三種類の魔法を合成させる魔法。


 いったいどれほどの技量が必要となる魔法なのか。


 膨大な魔力が、漆黒に染まっている魔力が、結奈の右手に集結していくのが見える。


 先程のものとは比べ物にならないほどに魔力が集まっていき、そして敵の目の前まで瞬時に移動した。


「うっわきも……」


 もちろん敵も動かないわけではない。


 触手のようなものを動かし、結奈の接近を阻もうとする。


「切り刻む僕の方が気持ち悪いって思うよ……」


 しかし、怜の魔法により切り刻まれてしまい、阻むことが出来ずにいた。


 そして魔物の目の前に着いた結奈は、凝縮された魔力を魔物へと文字通り叩きこんだ。




「『虚無の世界(ニヒリズム)』」




 敵に当たった瞬間、魔物は消えた。


 そこにあったもの、魔力も、何もかも、消えてしまっていた。


 正確にはその漆黒の球体に包まれたと表現するべきか。


 だが、先程からずっと叫んでいた魔物の声は聞こえなくなった。


「うわぁ……」


 その魔力に触れたものは、何の価値もないかのような、存在していたのかさえあやふやになりかねないもの。


 近くで見た怜はそのような印象を受けた。


「え、どうして?」


 漆黒に包まれていたものが晴れると、そこには魔物に成る以前の二人が横たわっていた。


「この魔法は、存在や概念そのものの価値を無くすものなの。つまり、その名の通り無へと帰す魔法なの」


「……翔夜じゃないけど、さっぱりわからない」


 いったい何を言っているのか理解は出来なかったが、目の前にいる二人を見て『時間を戻すようなもの』なのだと、怜は無理矢理理解した。


 そして怜は、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「手加減は……?」


「したよ?」


 怜は前の惨状を見て、そして再び結奈に尋ねた。


「……これで?」


「これで」


 間違っていなかったようだった。


 目の前に広がっている、人工物跡地(・・)は見間違いではないようだった。


「手加減しなかったらどうなっていたんだろう……」


 その魔法に触れたものを消し飛ばす『カタストロフィ』に対して、無へと帰す『虚無の世界(ニヒリズム)』。


 どちらも使いどころを迷う魔法であるし、いやそれ以前にそんな魔法は禁忌とされてもいいだろう。


「それよりも、先を急ごう」


「そう、だね……」


 人工物跡地の先に通路が見えたので、二人はそこへ向かって駆けだした。


 結奈は後ろを振り返らず、だが怜は後ろを振り返り、先程の結奈が起こした惨状を目に焼き付け、自分だけは破壊活動を行わないようにしようと心に決めた。



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