第六十六話 逆鱗
主人公がいないため、再び三人称視点になります。
至らない点があるかもしれませんが、了承くださいませ。
二手に分断されてしまった結奈と怜は、今目の前にいる男と女の二人と対峙していた。
双方どちらも相手を睨みつけ、動かずに相手の動きを窺っていた。
「あの女の方、ムカつく」
「なんなの、もうある一定の大きさがある人物は敵なの?」
いや、結奈だけは別の理由で相手を睨みつけていた。
睨みつけているというか、本当に相手を殺さんばかりにある一部を凝視していた。
「ん~何を言っているの?」
「い、いや、何でもない……」
ただの妬み嫉みではないのかと、そんな視線を怜は向けるのだが、しかし結奈はその己の眼光によって有無を言わさず怜を黙らせた。
誰だって自らドラゴンの逆鱗に触れようとは思わないだろう。
しかもそれが、並々ならぬ胸への憎悪が化身と化したような文字通り化け物に……。
「余裕でいられるのも今のうちだ」
「すぐに私たちが殺す」
だがそんな結奈の視線にも臆さず、二人は淡々とした調子で動き出した。
男が怜を、女が結奈を対象として、服の下に隠し持っていたナイフで切り付けてきた。
「あー怖い怖い」
「物騒だなぁ」
もちろんそんな攻撃、神の使徒である二人に有効なはずがない。
ナイフを持った二人は縦横無尽に、あらゆる角度から首などの急所を的確に切り裂こうとしている。
それを物ともせず、怜と結奈はお互いに邪魔にならないように立ち回っていた。
「ねぇねぇ、翔夜を先に行かせて良かったの?」
「当たり前でしょ」
ふと、疑問に思ったことを怜が結奈に尋ねた。
「沙耶は翔夜が来てくれていることを望んでる。多分エリーもそのことに気が付いているだろうしね」
「いや、そうなんだけどさ……」
普通に話しているが、今も二人は敵からの攻撃を躱し続けている。
怜は首を傾け、結奈は上体を逸らし、余裕を持って躱していた。
敵の二人にも若干の焦りはあるものの、しかしあらゆる角度から攻撃を繰り出し、普通の人間では躱せないような攻撃まである。
「君だって誰よりも助けに行きたいって思っているでしょ?」
「まぁね」
だがそこは神の使徒。例えどこからの攻撃だろうと、どの角度からの攻撃だろうと、そこに軌跡を描いているのならば躱せない道理はない。
まるで目がずっと追尾してくるように敵の二人は感じているが、それはある意味あたっているかもしれない。
怜と結奈はずっと敵の動きを見ているのだ。
どれだけ早く動こうとも、どれだけ死角になるところに移動しようとも、動体視力が常人のそれではない二人には敵の動きが丸見えなのだ。
つまり、二人のその動体視力を上回るか、見えない攻撃をする以外には二人に攻撃を当てることは出来ない。
「だけど、私が行くよりも翔夜が行ったほうが、沙耶は安心するから」
「好きな人に助けに来てもらったほうが嬉しいもんね」
攻撃をしてからずっと敵の動きを見ていた結奈は、だがそこで唐突に怜へと視線が移った。
そして敵の攻撃を躱しつつ怜へと近づいて行った。
「い、痛い!」
お互いに攻撃を躱している身であるのにも関わらず、その攻撃をかいくぐって結奈は怜の足を蹴った。
「え、ちょ、どうして蹴られているの!?」
一度では気が済まなかったのか、二度三度と続けて蹴り続けた。
「気にしないで」
「気にするよ!」
怜に攻撃が当たればいいとか、かすめたりしないかなとか、結奈は別にそんなことを考えたりはしていない。
ただちょっとムカついたから痛い目を見ればいいな、という程度に思っているだけである。
「僕が蹴られる理由がわからないんだけど!?」
だが、当の本人からすればどうして蹴られているのかわからない上に、敵の攻撃を躱しながら蹴りを入れられているため、紙一重で躱すことになってしまっている。
結奈が蹴っている理由はそれこそ、神のみぞ知ることであろう……。
「なぜ当たらないんだ?」
攻撃が当たらないことに動揺しているが、もちろん二人に見えている攻撃が当たるはずもなく。
しかし結奈と怜の二人は攻撃するにしても、どの程度の威力ならば無力化できるか考えていた。
多少は傷つけてもいいだろうが、手加減を誤ってしまうと翔夜と同じように悲惨な結果になりかねない。
そのため一旦距離を取って相手をしっかり観察する。
敵も攻撃が全く通じないとわかり、離れてくれたことを好都合と考え、攻撃が通じない理由を考えた。
「魔力を巧みに使っている」
「ただの学生ではない、ということか」
相手をしっかり観察して、そして考察して、自分たちの敵は強大なのだと再確認していた。
だが二人が思っているよりも、二人は異常なほど強大だ。
ただの学生ではなく神の使徒という、この世界を破壊しうるほどの力を有している人間が二人いるのだ。
なるほど、これほど絶望的な力の差はないだろう。
「だけど、大丈夫」
だが男の方は相手が強大だと思いつつも、あまり悲観した様子はなかった。
「さっき唯一の男は逃げた」
「……ん?」
今、怜には聞き捨てならない言葉が聞こえた。
恐らく聞き違いだと思い、相手に集中しようとした。
「女を二人置いて逃げた」
だが隣にいた女が追い打ちをかけ、それが聞き違いではないということがわかってしまった。
「……あ?」
この空間の温度が下がった。
そうとしか形容できないほど、怜の魔力が漏れでてしまっていた。
「僕はぁ、男なんだよなぁ」
「ま、まぁまぁ、落ち着こうか」
怜は今までに聞いたことのないような声色で怒りを露にしていた。
これには流石の結奈も落ち着かせようとした。
怜が今まで怒ったことなんてない。
ここまで怒ってしまったことは初めてであり、そして結奈にとってもどう対処していいかわからなかった。
「落ち着いているよぉ?」
だが本人はその事実に気が付いていないのか、漏れ出ている魔力で風が発生してしまっている。
首を傾け、視線を結奈へと移したが、その顔に浮かぶ笑みには慄いてしまうようなものを感じる。
「でもさぁ、流石にこんなに女だのなんだの言われるとねぇ……」
再び敵へと視線を移して、上体を前へ倒した。
「僕も怒っちゃうからねぇ?」
「怜が怒っているところなんて初めて見た……」
今すぐに駆けだそうとしている体勢で、だがそれを結奈はどうしようもなく見ているだけだった。
これは止めていいものか、それとも放っておいていいものか、結奈にはわからなかった。
ただ、相手を殺さないようにすればいいと思っているため、判断しづらいのだ。
「魔力が高まっている……!」
「あの女は、危険……!」
ブチッ。
「だからさぁ……」
今、何かが切れるような音が聞こえた気がした。
この場の全員が聞こえた気がし、それが怜の堪忍袋の緒が切れた音だと気が付くのにそう時間はかからなかった。
「僕は男だって言ってるだろうがぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ありゃ~、どうしましょ?」
地面にクレーターを作り駆けだした怜を、結奈はお手上げといった様子で眺めていた。
一応手加減することを忘れていないため、まだ理性は残っているのだと結奈は判断し、怜が落ち着くまで待とうと思っていた。
「おっと……」
「先にお前から片付ける」
だが、そうは問屋が卸さない。
怜の相手は敵の男が相手取り、女は結奈を相手にしようとした。
神の使徒相手に一人で戦っていること自体おかしな話だが、事実敵の男は怜の攻撃を紙一重で躱し続けていた。
怜も怜で魔法を一切使わないなどの手加減をしているとはいえ、その目で追うことが出来るかわからないほどの速度について行ってるのだから、それほどの実力者ではあるのだろう。
結奈は戦っている怜を他所に、目の前の敵に集中することにした。
「そんなことできるの~?」
「可能」
お互いに一対一という状況に持ち込み、お互いに邪魔をせず、また邪魔をせずに戦うことが出来る。
神の使徒である二人が負けることなんて万に一つもない。
であれば、結奈と怜は勝ったも同然ということだった。
だが目の前の結奈の目の前の女は余裕な面持ちでいた。
「なぜなら、あなたより魔力が多いから」
「……ん?」
こいつは何を言っているんだ?
結奈の目がそう訴えているが、女は構わず続けた。
「女性は、魔力は胸に宿る」
「えっ、そんなの初耳なんだけど?」
魔力が胸に宿っていることなんて、そんなことはありえない。
確かにそう言っている研究者もいないわけではない。
だが、そんなものは迷信だともう結果が出ているのだ。
現に結奈がそれに当てはまっていない。
神の使徒である結奈は、魔力が無尽蔵だと言われてもおかしくないほどにある。
その理論ならば、翔夜たちの担任教師以上の超ボリュームのある胸部である必要があるのだ。
寧ろ結奈はその逆といわれても仕方がない容姿なわけで……。
「つまり、胸が大きい方が魔力をより多く持っている」
結奈にはなく、敵の女にはある、二つの大きな膨らみ。
そこで敵の女は前に腕を組み、胸部をより強調した体勢になり、そして勝ち誇った顔をして一言。
「ふっ……」
ブチッ!
「へぇ、そんなくだらないことを言った奴は誰なんだろう~……」
はてさて、今度は何が切れた音だろうか。
先程の怜のものより大きな音が聞こえた気がして、戦っている二人も攻撃を中断して皆が結奈の方を見つめる。
「えっ、魔力が……」
「ふふっ、うふふふふふふ……」
結奈から魔力が漏れ出ているのだが、それは先程の怜とは比べ物にならないほどの量だった。
怜の魔力を清流と例えるならば、結奈の魔力は濁流以上のものだ。
「どうやら死にたいようだね~」
普段全く表情筋が活躍してないが、今だけはフル稼働していた。
口角が上がり、先程見せた怜の様に口が弧を描いていた。
「結奈さんや、その笑顔は怖い」
「怜には言われたくないな」
少し落ち着いたのか、怜が一旦下がって結奈の隣にやってきた。
見ると、敵の男が左腕を抑えて疲弊していた。
つまり、一応は怒りをぶつけてきたということだった。
「大丈夫だよ、翔夜ほどじゃないから」
「確かに」
先に行った友人を貶しつつ、二人は敵を見据えていた。
今現在も魔力が垂れ流し状態の結奈は、だが今の怜と同じくらいには一応平静を保っていた。
しかしそれがいつまで保つのやら。
「で~も~、僕らも翔夜のことを言えなくなっちゃったよ~」
「そうだねぇ」
段々と、抑えようとしても抑えられない怒りが沸々と、結奈から湧き出てきているのだろう。
それは誰が見ても明らかであり、魔力の濁流が結奈から流れ出てきている。
「ちょっと本気でやろうかな~?」
「そうだねぇ……」
何時ぞやの、翔夜が結奈を怒らせたときに見せていた、漆黒と形容したほうがいいような魔力が、結奈の右手を肘のあたりまで覆っていく。
それを見て、相手の二人は息をのんだ。
本っ当に申し訳ございません!
これからはしっかりと週一投稿をしていきますので、今後ともよろしくお願い致します!




