第六十五話 適材適所
結奈たちと別れて、俺たちは一本道の通路を走っている。
ここで別れてしまったことは痛手だったかもしれないが、あそこで時間を取られてしまってはいけなかったので仕方がない。
それに結奈も怜も神の使徒だから問題はないだろう。
寧ろ過剰戦力と言ってもいいくらいだし。
「あの、今更なんですけど……」
「どうした?」
隣を走るエリーが不安そうにこちらを見て尋ねてきた。
「二人に任せてしまってよかったのでしょうか?」
「……やっぱ、不安か?」
俺は二人が神の使徒であるということを知っているからこそ、あそこで別れてしまっても問題はないと思っている。
「このような場所で分断されてしまっては、やはり危険ではないのかと……」
「まぁ、確かにな」
だが、その事実を知らないエリーからすれば、友人が危険な目に合っているかもしれないと不安になることが普通の反応なのだろう。
どんな魔法も使えて、しかも体の方も丈夫に出来ているという事実を知らなければ、こんな危険な組織の敵にやられてしまうのではないかと考える。
それが普通なのだ。
「大丈夫だよ、あの二人なら」
しかし俺は、その事実を隠しつつエリーを安心させようとした。
転移魔法を使えると知られても、神の使徒であるということは一応伏せておかないとな。
「どうして、そう信じられるんですか?」
神の使徒ですから。
そう言えたら楽なんだけどなぁ……。
「まぁ、確かに危険ってのはわかる」
それでも流石にそんなこと言えないので、
「というか、エリーみたいに反応するのが普通だしな」
ぶっちゃけ、俺だって神の使徒うんぬんを抜きにしても、それが結奈や怜以外だったら確かに不安に思っていたかもしれない。
では、どうして俺が大して二人のことを心配していないのか。それは……。
「だけど、俺らの知っている結奈と怜が、たかが敵組織の二人に負けるとは到底思えないんだよ」
「たかが……」
どれだけ魔法の腕が立つのか、どれだけ臨機応変に行動できるのか、どれだけ冷静でいることが出来るのか、そういうファクターをしっかりと認識しているからこそ、俺はあの二人を信頼しているのだ。
いやでも、敵のことを少し観察したけど……女性の胸部が、ちょっとなぁ……。
結奈、冷静でいられないかもしれない……。
「そうですね、あの二人が負けるわけないですよね!」
二人を信頼していると言ったが、先程より俺は不安に感じてしまっている。
主に、結奈が暴走してしまわないか不安に思っている……。
「お、おう!」
しかし、エリーが多少なりとも不安を拭うことが出来たのだから、これ以上俺が何かを言うことはないだろう。
沙耶のことに頭を切り替えて、さっさと救出に向かおう。
「それよりも、回避しなければいけないことがあったな……」
だが切り替えたら切り替えたで、今まで考えないようにしていたことが脳裏を横切った。
「えっと、沙耶さんが傷つけられること、ですか?」
「確かにそれもあるが……いや、それが一番なんだけど……」
事実、沙耶が傷を負っていた場合、俺はこの地下施設に向かって『カタストロフィ』をお見舞いするつもりでいる。
いや、もしかしたら地下施設だけではなく、ここら一帯が消し飛んでしまうかもしれないのだが、問題はそこではないのだ。
「それ以外に、母さんがな……」
「お母さん?」
不思議そうな顔を浮かべて俺の顔を覗き込んでくるエリーは、しかし今俺の顔はとても悲惨な状態になっていることだろう……。
「沙耶に何かあったって知ったら、俺は……どうなってしまうんだろうか……?」
あの人は俺よりも沙耶を優先して考えるからなぁ。
俺の母親なのに……。
「誘拐されている時点で『何かあった』に当てはまらないでしょうか?」
「ぐっ!」
そうだった……。
誘拐されてしまっている時点で、沙耶の心に傷を負わせてしまっている。
「怖ぇよ、くっそ怖ぇよ!!!」
「しょ、翔夜さん……」
走っているのに、足が震えてきそうだった。
エリーが複雑そうな目でこちらを見てくるが、怒った母さんはマジで怖いんだよ……!
シルバーアントの一件以来、俺は母さんを絶対に怒らせないようにしようと思っているんだ。
あの時に感じたものは、神の使徒である俺が唯一恐れ戦く人かもしれないほどに、強烈なものであったからな。
腕力や魔力と言ったものではなく、もっと違う、別の恐怖だった。
母親、マジで怖い……。
「あ、翔夜さん、あれ!」
「……ん?」
恐らくこれから怒られるかもしれないと様々なことを考えてしまっていたのだが、突然エリーが俺たちの走っている先を指さして減速した。
「魔物……か?」
「グ、グリフォンです!」
見ると、鷹の翼と上半身にライオンの下半身をした、俺の知っているグリフォンそのものがいた。
時折鷹の部分が金色に輝いて見えるが、これは気のせいではなく魔力が漏れ出ているものであろう。
こういう状況で無ければ、俺は滅茶苦茶興奮して喜んでいただろうなぁ。
「立ち止まらなくていいぞ!」
「え、ですが!」
しかし、俺たちは沙耶を助け出すために一分一秒でも惜しいのだ。
減速しているエリーには悪いが、俺は逆にスピードを上げてグリフォン目がけて跳んだ。
「どけやこの野郎ぉぉぉぉ!」
俺はグリフォンの顔目がけて蹴りを叩き込んだ。
威力を少々誤って首だけがちょっとお見せできないようなグロテスクな状態になってしまったが、まぁ問題はないだろう。
俺とエリーは汚れていないからな!
「ま、まだまだやってきています!」
エリーは俺の後ろからそう言ってきて、緊迫感が漂っていた。
確かに見ると、通路の奥が見えないほどにグリフォンが密集しており、あれを突破するにはかなりの時間がかかってしまいそうだった。
「邪魔じゃあ!」
だが、俺たちはこんなところで時間を取られてしまってはいけない。
そのため俺はあまり手加減をせずに、走るスピードをそのままに蹴ったり殴ったりして突き進んでいった。
エリーも水魔法で参戦し、肉片が飛び散ったり通路をデコボコにしたりして突き進んでいっていたのだが、ただどうしてもなかなか数が減らず、立ち止まりそうになってしまっていた。
「くそっ、『消滅!』」
しかし俺たちはここで立ち止まるわけにはいかない。
そのためにも、俺はエリーに隠していた消滅魔法を使った。
もう転移魔法を知られてしまっているのだ、他に見られてはいけない魔法を見られるくらいどうでもいい。
寧ろここで時間を食ってしまうことの方が避けるべきことだった。
「す、すごい……!」
「俺たちの時間を奪うんじゃねぇ!」
俺が通路に蔓延っていたグリフォンを殆ど消し去って、エリーは俺に感嘆していた。
あとで黙っているように言わなければいけないが、エリーが他人にひけらかしたりするようなタイプではないから大丈夫だろう。
というか、雑魚を一掃するときには消滅魔法って結構便利だな!
「あっという間に……」
「あんな奴らに時間を取られるのは惜しいからな!」
奥の方にいた数匹のグリフォンを最後に殴り飛ばし、俺たちは沙耶を探しに通路を先程よりも少々早く走った。
「あのグリフォンが、こんなあっさりと……」
「ちょっとした時間で遅れて沙耶に傷がついてしまったら、俺は……!」
「翔夜さん……っ」
「ブチ切れるか……怖くて泣くか……」
「翔夜さん……」
あれぇ、エリーは俺の名前を呼んでいるだけなのに、どうしてこんなに悲しい気持ちになるんだろう……。
「おっと、またこの場所に出たな」
そうこうしているうちに、俺たちは先程結奈たちを別れたときと同じような大きな空間に出た。
何もない、ただ明るいだけの空間に。
「ということは、また奥の壁が開いて敵が現れるんですかね?」
「だろうな……」
そう思っていると、奥の壁が開いた。
そして、ただ開いただけだった。
「……開いたが、敵がいないな」
「どういうことでしょうか?」
壁、というか扉は開きはしたが、敵が一向にやってこない。
俺たちは身構えて待っているのだが、緊張の糸が緩んでしまう。
まさか、ただ開いただけなのかな?
しかしそこで、俺は一つの可能性が思い浮かんだ。
「透明化か———」
エリーに伝えようとしたのだが、突如見えないものに攻撃を受けて後方に飛ばされてしまった。
「ってぇなこの野郎!」
「え、今、どこから攻撃が……!?」
痛いとは言いつつも、傷は全くないので痛くはない。
ただ、見えないものに攻撃をされたことに苛立ちを覚えての発言だった。
「どこだ?」
再び攻撃されないためにも、気を引き締めて周りの様々なものを観察した。
壁の状態、空間のゆがみ、空気の揺れ。
いろいろと見てはいるのだが、しかし特に変わった様子のものは何もなかった。
「きゃ……!」
今度はエリーが攻撃されることとなった。
だが、エリーはお得意の水魔法を球体上にして自身を纏って瞬時に防いだ。
よくあの一瞬で防ぐことができたよなぁ。
俺なんてもろに攻撃されたって言うのに……。
あれ、なんだか悲しい気持ちになってきたぞ?
「そこかっ!」
しかし、エリーが攻撃を防いだということは、その防いだ場所に敵がいるということ。
俺は迷わずその場所目がけて拳を叩き込んだ。
「くっそ、どこにいやがる!」
しかし、その拳は空を切ることとなった。
どうしても、敵の場所を把握することが出来ずに焦燥感が募る一方である。
「生体感知魔法で捉えることは出来ないんですか?」
「ここに来てからずっとやっているんだけど、何故か引っかからないんだ」
エリーから敵の位置を把握できないのかと、焦り気味に聞かれた。
だが俺は、沙耶を救出するためにこの場所に来てから生体感知魔法をずっと発動している。
なのに、この場所では敵の存在が全く引っかかっていない。
たとえ隠密の魔法を用いていたとしても、透明化の魔法を使用していたとしても、神の使徒である俺の魔法から逃れることなんて不可能だ。
「生物ではないのか……?」
真っ先にその可能性が思い浮かんだ。
というよりも、その可能性以外考えられなかった。
「翔夜さん……先に行ってください」
「いや、流石にエリーを一人で置いて行くわけにはいかないだろう」
埒が明かないと考えたのか、エリーは自分だけ残って俺を行かせようとしてくれた。
だが、そんなこと俺が了承できるはずがなかった。
「侮らないでください」
そう言い、ここに来て初めて腰のホルダーから銃を取り出して構えた。
「私だって結奈さんに次いで次席なんですよ?」
「だけど……」
「それに、私にはこれもありますから」
そう言って、エリーは懐からあるものを取り出した。
それは、結奈がエリーと沙耶に渡したお守りであった。
「お守りか……」
確かにそれがあれば、万に一つも攻撃を食らうことはないだろう。
しかも今は自身の水魔法で攻撃を防いでいる。
「任せて下さい」
未だにエリーへの攻撃は続いている。
恐らくだが敵は、俺よりもエリーの方が強敵と判断して水の防壁をどうにか壊そうとしているのだろう。
「後から結奈さんたちも来るでしょうから、私は時間を稼ぐことが出来ればいいんです」
エリーに攻撃が集中している今がチャンスと言ったところか。
結奈たちも敵を倒すのにそれほど時間はかからないだろう。
「さぁ、早く行ってください!」
「……すまん、ここは任せる!」
「はい!」
俺はエリーにこの場を任せて、奥の通路へと走った。
その時エリーの表情には、どうしてか笑みが浮かんでいた。
戦うことが好きではない彼女が、いったいどうしてなのだろうか……。
「無事でいてくれよ……!」
しかしエリーに対して失礼かもしれないが、かなり不安に思っている。
次席とは言っても、俺たちとは違って一般人である。
そんなエリーを一人で置いてきてしまって、大丈夫なのだろうか……。
「というか……」
先に行かせてくれたエリーには悪いのだが、ここで膝をついてしまうほどの問題が発生してしまった。
「なんで、なんで……」
俺には、どうしようも出来ないことだった。
「何でここにきて分かれ道があるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
走っていった先には、来た道を含めれば四つの道が存在していた。




