第六十四話 俺にかまわず先に行け
中舘さんと耀さんがいなくなってから数分後、俺たちは生体感知魔法を発動しながら追いかけた。
エリーがいるし二人に追いつくわけにはいかないから、本気で走ることはないけど、それでも俺たちはこの世界基準で考えても速い方だろう。
自動車くらいで走る高校生って何……。
それと、なんか人が転がっていた気はするが、そんなやつらは気にせず放置してきた。
近くに先生の姿も視えたし、大丈夫だろう。
「あの、追いかけて行ってバレてしまいませんか?」
隣を並走しているエリーが、二人にバレてしまわないか不安そうにしていた。
確かに相手は千里眼を使えるのだろう。
だけど、俺たちは今一定の距離を保って走っている。
「大丈夫だよ、普通の千里眼では届かない距離にいるし」
一般的な千里眼の範囲よりも距離を置いているし、それに千里眼は一度立ち止まってからではないと発動することが出来ない。
生体感知魔法で常に位置情報を知り得ている俺たちからすれば、それほど不安に思う必要もない。
あと、バレてしまっても俺は構わない。
「それに、どうせ僕たちはバレても行くしね」
「そう、ですね」
訂正だな、俺たちは構わない。
俺たちはバレてしまったところで、沙耶を助けに行くことを諦めたりはしない。
寧ろあの手この手でどうにか助けに向かうだろうな。
二人と戦うことになろうとも。
「……おい何だ、こっちを見ていないでちゃんと言ったらどうだ?」
「いや、なんでも」
俺の少し前方を走っている結奈が、俺のことをじっと見つめてきていた。
何か言いたそうだが、俺が問いかけると前を向き、俺に並走してきた。
「ただ人の話は聞かないだろうし、沙耶のためなら何でもするから止めようがないよね」
「そりゃあ、まぁ……」
結奈は呆れているのか、それとも頼もしいと思っているのか、顔の感情が乏しいため全くわからないが、言っていることは正しい。
沙耶のためであれば、俺は何だってする。
例えそれが、沙耶を悲しませる結果になってしまおうとも。
いや、悲しませたりしたら、逆に俺が死にたくなる……。
「犯罪だってしそうだよね」
「まぁな」
「否定しないんですか!?」
「前科持ちになるくらいなら別に構わない!」
「それはどうかと思うよ?」
沙耶がいなくなることに比べたら、俺は本当に犯罪を犯すことになったとしても構わない。
よく巷ではヤクザだの犯罪者だのいろいろ言われ続けているんだ。
それが本当になるくらい、どうってことはない!
でも、ヤクザって言われるのはちょっと傷つく……。
「さて、急ぐぞ!」
「急いだところで、あの二人を抜かして行けないからね?」
「ぐっ……!」
そうだった、二人の後を追っているのだから、これ以上速く走ってしまうと追いついてしまう。
それに、エリーに合わせて走らないとな。
「あ」
「どうした?」
先頭を走っていた結奈が、何かに気が付いたように急に止まった。
俺たちも結奈に倣って止まりはしたが、いったい何なのだ?
「見つけた」
「何が?」
結奈の瞳には魔法陣が描かれており、千里眼を発動していることが分かった。
つまりそれは、結奈は今どこか別の場所を見ているのだ。
というか、見つけたって何をだ?
「地下施設」
「……マジで?」
「マジで」
俺たちは今、国家機密の二人を追っている最中だ。
なのに、どうして二人が目的地についていないにもかかわらず、結奈が先に見つけることが出来たんだ?
いいやそんなことよりも……!
「どこだ……いったぁ!?」
「落ち着いて、生体感知魔法を使っているのなら、人がいるところくらいわかるでしょ?」
「落ち着かせるという言葉をなんか勘違いしてない!?」
俺が食らいつくように迫って聞こうとすると、顔面に魔力を込めた拳をぶち込んできた。
落ち着かせるためとはいえ、どうして暴力に訴えかけようとするかね?
体が丈夫だからって、心までは丈夫じゃないんだからな!
まぁ今はそんなことを気にしている暇はないので、俺は構わずに生体感知魔法の範囲を広げて、森の中で人が密集している場所を探した。
「……あぁ、わかった」
「生体感知魔法を使っていたんですか!?」
「どうやって追っていると思っていたの……」
「二人が向かった方向に行っているのかと……」
エリーは生体感知魔法を使っていることに驚いた様子だったが、これくらい誰でもできるからあとで教えてあげよう。
そして探していると、二人が向かっているかなり先に、地下に多く人がいることが分かった。
「翔夜、千里眼で目的地を見て」
「なんでだ?」
「転移魔法、だよ」
「……あぁ、なるほど」
生体感知魔法で場所がわかったのに、どうして態々千里眼で見るのかわからなかったが、そういえば俺は今転移魔法が使えるということをエリーにバレているんだよな。
なら、別に隠す必要もないな。
「地上にあるのは蔵って感じの建物だけだな」
「そうだね」
目的地には人はおらず、転移するにはもってこいであった。
「そんじゃまぁ、翔夜」
「……なんで後ろから抱き着いてきているんだ?」
突然後ろに回った結奈が、俺に抱き着いてきた。
前までだったら女子に抱き着かれたら平常ではいられなかっただろうな。
心拍数が上がって普通に会話することも困難を極めたかもしれない。
だがしかし、俺には沙耶がいるからこの程度はどうということはない!
背中に感じるアレの感触も希薄だし、それに……おっと、どうしてだろうか。
なんだか抱き着いてきている腕の力がだんだん強くなっている気がするぞ?
あれ、もしかして心を読んでいるのか?
「あの、苦しいんですが?」
「……ふ~ん」
「あの……」
「今どういう感情?」
「どうって……苦しいだけなんだが……?」
後ろから抱き着いてきているため、表情をうかがい知ることは出来ないが、どうしてか禍々しい魔力が漏れ出ていることはわかった。
表情を見ても分からないから見ても仕方がないが、いったいどういった感情で俺を絞めているんだろうか……。
というか、本当に苦しくなってきたらやめてほしいな!
「……はぁ」
「え、あの……」
「謝罪は?」
「え……」
「謝罪」
「え、あの……ごめんなさい……」
「……まぁ、よろしい」
「なんだったんだ……?」
謝罪をすると緩めてくれたが、本当に今のやり取りは何だったんだ?
どうして絞められなければいけなかったんだろうか?
……あー、今度から結奈の近くで胸部については考えないようにしよう。うん、そうしよう。
「って、それでどうして抱き着いているんだよ」
思考を戻して、再びどうして抱き着ているか尋ねた。
「だって、転移魔法は翔夜しか使えないしー」
「……そうかよ」
転移魔法は今のところ、エリーには俺しか使うことが知られていない。
恐らくだけど、必要性を感じないのであればずっと隠していこうと考えているのだろうな。
別にエリーにならバレてもいいと思うんだけどなぁ。
それと、抱き着く必要性はないような……?
「じゃあ、二人は俺の手につかまってくれ」
「うん」
「あ、はい……」
両手を二人に伸ばして、各々の腕をつかんだ。
「それじゃあ、行くぞー」
事前に千里眼で見ていた場所へと、俺は転移魔法を発動した。
エリーはちょっと躊躇っていたが、俺はそんなことお構いなしに転移をした。
常人よりも遠くを見ることが出来る神の使徒ならではの合わせ技だよな。
「はい、到着」
景色は変わらず森林であるが、しかし目の前には不自然に建っている蔵のような建物があった。
「本当に出来たんですね……」
「意外とできるもんだぞ?」
「膨大な魔力を使って発動するのですから、普通は出来ないですよ」
「そういうもんか」
確かに俺たちの魔力って測定できないほどに膨大だからな。
そりゃあ常人には難しいか。
いや、沙耶ならあるいは……。
「確かこのあたりに……あった」
「ん、何をしているんだ?」
俺が考えごとをしていると、結奈は蔵の近くで何かを探していた。
本人は見つけた様子であったが、そこには何もなかった。
いったい、何を見つけたんだろうか?
「地下への入り口」
そういうと、おもむろに右手に魔力を込めて地面に触れた。
するとそこから先程までなかった、明らかに地下への入り口と言わんばかりの扉が出現した。
「……今なにしたんだ?」
俺にはただ純粋な魔力を纏った右手で触れたようにしか見えなかった。
「魔法で隠してあったから、その魔法を解いた」
なんというか、もう結奈ってチートだよな……。
いや、存在自体がチートみたいな俺が言うのもあれだけどさ、それ以上にチートな存在だな、結奈って。
「……いろいろ突っ込みたいが、それよりも勝手にやって大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない?」
楽観視しているのか、それとも早々に沙耶を助けに行くつもりでいるのか、それほど気にした様子ではなかった。
まぁもしバレても、俺が敵を蹴散らせばいいしな!
「生体感知魔法で分かっているとは思うけど、かなりの人たちがいるから見つからないように行こうね。特に翔夜」
「なんで俺だけなんだよ!」
「中では大きな声出さないでよね?」
「誰のせいだと思っていやがるっ!」
こんな状況でも俺をからかうことを忘れないのが結奈だったな。
俺はこれでも緊張しているって言うのに、もう少し気を引き締めてほしいもんだ。
これじゃあ俺も気が緩むだろうが……。
「ほらほら、早く行くよ」
「へいへい」
結奈は俺たちを急かしながら、白色をした地下への扉を無理矢理開けた。
扉を開けるとそこには階段があったため、俺たちは急ぎつつ下りて行った。
後で扉の弁償金を請求されなければいいけど……。
入ってみると、そこは電気が通っているのか、とても明るかった。
まるで、病院みたいな感じだな。
いや、ザ・地下施設と言ったほうがいいのだろうかな?
「とりあえずバレないように走るか」
「そうだね」
長い階段が終わると、目の前に一直線に伸びた通路があったので、俺たちは静かに、しかし素早く走った。
「……一本道なんだけど、まさか罠だったりしないよな?」
「う~ん、罠かも」
「えぇ!?」
途中で曲がり角もあったが、ずっと別れるような道は存在していなかった。
これには罠を疑っても仕方がないだろう。
というか、寧ろその可能性の方が濃厚だな。
「でも、戻るわけにはいかないよね」
「そうだなぁ」
怜の言う通り、俺たちに戻るという選択肢はないのだ。
例え戻ったところで他に入口があるかわからないし、それにもたもたしていると中舘さんと耀さんが来てしまうからな。
そんな不安な気持ちを抱きつつ走り続けていると、奥に扉が見えてきた。
「扉だね」
「破壊するか」
「そんな簡単に!?」
言うが早いか、俺は三人をおいて先頭を走り、慣性を利用して扉を蹴破った。
派手に大きな音はなってしまったが、致し方ない。
あと破壊活動をすると、弁償金を気にしちゃう……。
しなければいいんだけどさ、今は急いでいるから仕方がないということにしよう!
「おぉ、なんか広いところに出たな」
「まるで、何かと戦うところみたいだね」
「嫌なこと言うなよ……」
扉の先には、部屋には何もない大きな空間に出た。
体育館といったら想像しやすいのだろうか、それほどに大きな空間であるので結奈がそう形容しても仕方がない気はする。
でも、本当にどうしてこんな場所があるんだろうか……。
「というか、ここで行き止まりじゃね?」
「どうしよっか?」
罠だとしか思えないような場所だが、しかしほかに出入り口のような場所はないので俺たちはどうしようか悩んでいた。
「うぉ、びっくりした」
俺たちが悩んでいると、唐突に奥の壁が開いた。
正確には扉だったのかもしれないが、金属で出来ている人工的な場所であるため全然扉だとは思わなかった。
「あれ、誰か来たな」
「誰だろう?」
壁が開いて、そこから二人ほどの男女が入ってきた。
褐色の肌に赤い瞳、そして整った顔立ち。
男の方は、敵ながら憎しみを抱いてしまうほどにイケメンだな。
あと女性の方は……結奈が嫌いそうな体形をしているな……。
いや、担任ほどではないか……。
「というか、敵に見つかったね」
「……はぁ、翔夜ぁ」
「なんで俺なんだよ!絶対俺のせいじゃないからな!?」
結奈が俺のことをジト目で見つめてくるのだが、絶対俺のせいじゃないからな!?
扉を破壊したことでバレたかもしれないけどさ……。
「対象を捕捉した」
「直ちに殲滅する」
少々不吉な言葉が聞こえてきた。
「なぁ、俺たちを見逃して———」
一応対話を試みてはみたが、しかし突如男が俺の目の前へと移動し、回し蹴りを叩き込んできた。
「———くれるわけないよなぁ」
しかし、見えているので脅威ではないため、俺はその蹴りを悠々と躱した。
一度立て直すためか、男は元いた位置へと戻った。
「死ね」
「やだよ」
いつの間に移動していたのか、今度は女性の方が結奈の背後から攻撃を仕掛けてきた。
もちろんそんな攻撃を食らうはずもなく、余裕綽々と躱して見せた。
「先に行っていいよ」
「いいのか?」
結奈らしくもないことだった。
本来であれば俺たち全員でこの二人を相手にした方がいい。
だが、急いで沙耶を助けにかなければいけないのであれば、これが正しい選択なのだろう。
「行かせると思っているのか?」
「行かせるよ」
「なっ!」
男が俺にかかと落としを見舞いしようとするも、怜が間に入ってきて防いでくれた。
躱せはしたが、しかしここで足止めをしてくれるのだろうから、あえて何も行動を起こさなかった。
なんだか、初めて怜の男らしい瞬間を見た気がする。
「なんか失礼なことを考えていない?」
「気のせい気のせい」
俺は二人が足止めしてくれているので、エリーの手を引いて奥の開いた壁に向かった。
「二人とも……」
「あざーっす!」
「なんで翔夜はそんなに軽いかな~」
軽く言いつつも、俺は内心かなり感謝していた。
ここで足止めしてしまっていては、沙耶を助けるのに時間がかかってしまうからな。
「後でケーキ奢ってね」
「なんでだよ!」
こういうところ、本当に結奈ってがめついよなぁ。
まぁ奢るけどさ。
「僕たちも倒したら向かうから」
「沙耶のこと、頼んだよー」
「おう!」
俺は二人の背中を最後に、二人が出てきた開いた壁の奥へと進んだ。




