第六十二話 特殊部隊
今回より主人公視点に戻ります。
この世界に来て、初めてかもしれない。
自分の力の無さを痛感したのは。
純粋な力や魔力はあって、使えない魔法もないというほどに強い俺が、不甲斐ないと自分に苛立っていた。
油断しなければよかったのではないか。
細沼を気絶させておけばよかったのではないか。
もう少し沙耶の近くにいればよかったのではないか。
そんなことを延々と考えてしまう。
だが、このように考えても沙耶は帰ってこない。
ならば、今は思考を落ち着かせて沙耶を如何に早く救出するかを考えるべきだろう。
「僕は中舘だからね、忘れないように」
「あ、はい、すんません」
よほど名前を忘れられたことがショックだったのか、こちらをじっと見て念を押してきた。
とはいっても、いつも通りペストマスクを着けているので、その顔をうかがい知ることは出来なんだけどな。
「それで、僕たちが何者か知りたいんだよね」
耀ちゃ……さんと同じ外套を羽織っているってことは、恐らく同じ隠密か何かの細工が施してあるんだろうな。
生体感知魔法をしっかり使っておこうと思う……。
結奈が気づいていたのに、俺だけが気づくことが出来なかったのが腹立たしいからな。
「う~ん、こういうことを言っていいのかな?」
生体感知魔法を誰にもバレないようにそっと発動していると、ペストさん……もとい中舘さんがいつも通りののんびりした声で悩んでいた。
マジで顔が見えないからどういう心境なのか分らないけど。
それと、結奈には魔法を発動したことに気が付いているんだろうなぁ。
「元々沙耶さんと同様に、翔夜さんも監視対象でしたし、別にこの件に無関係ということではなくなったと思うので、いいのではないですか?」
「監視対象?どうして俺を?というか沙耶も?」
突如として知らされる、自分と沙耶が監視対象だったということ。
わけが分からなかった。どうして俺と沙耶が監視されなければいけないんだろうか。
いや、確かに俺は色々とやらかしてしまっているので、まぁわからんでもない。
問題は沙耶だ。
沙耶は俺と違って、頭のいかれた宗教団体に喧嘩を吹っかけてしまったり、山一つを消し飛ばしたりしていないのに、どうして監視対象なんてものになっているのだろうか?
……俺、結構やらかしているな。
「沙耶さんと剱持君の場合は、高い魔力を持っている事です。高い魔力を持っているということは、様々な組織に狙われる原因になってしまうんです。アポストロ教など」
「あぁ、なるほど……」
そういうことか。
確かに沙耶はこの学園で俺らを抜いたら、他の追随を許さず一番に魔力が多い存在である。
それならば、沙耶の膨大な魔力を利用しようとしてくる危険な人物もいるだろう。
だから監視対象になっていたのか。
怜は言わずもがなだな。
「翔夜さんは二人とは少々違います」
「違うんですか?」
俺も二人と同じ理由だと思っていたのだが、どうやら違うようであった。
「テロリストが学校を占拠したことがあったじゃないですか」
「あぁ、ありましたね」
懐かしいな、俺が間違ってアポストロ教の人間の近くで神の悪口を言ったんだよな。
あれは俺は悪くない、あのクソ女神が悪いんだ。
「あの時、私たちもあの現場を視ていたんですよ」
「視ていた?」
「千里眼という魔法を使っていたんですよ」
「あぁ、なるほど」
俺たちは監視対象であるからか、以前より千里眼を使って視られていたようだった。
いやでも、千里眼って神の使徒でもない限り、そこまでの広い範囲を見ることは出来なかったはずだけど、耀さんは視ていたんだよな。
それってつまり、耀さんもかなりの魔力の持ち主なんじゃないかな?
比較対象が全然いないから何とも言えないけど……。
「……驚かないんですね」
「えっと、まぁ……」
神の使徒ですから、余裕で使えるんですよ!……なんて言えるはずもなく、適当に濁す感じになってしまった。
一応千里眼は、転移魔法のように使える人間が全然いないというわけではないので、別に使えることを知られても問題はないだろう。
「転移魔法も使えるし、当たり前か……」
ボソッと、俺たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で耀さんが呟いたのだが、今とんでもないこと言わなかった?
転移魔法も使えるって言わなかったか?
え、嘘。俺が使えるの知っているの?
これは遠回しに聞かなければ……!
「あのぉ……」
「あーごめんね。えっとね、その時に君は体育館でテロリストたちを制圧した後に、転移魔法を使っていたよね」
「……そこを見られていたのか」
何かを考えてこちらから意識を外している耀さんに変わって、中舘さんが間に入って説明してくれた。
だがしかし、これは説明してくれなくても良かったかなって思っちゃう。
誰一人として使えることが出来ない魔法を使うことが出来ているという事実を知られてしまった。
まさか、あの時のことを見られていたのかぁぁぁぁぁぁ……!
いやちょっと待てよ、そういえばあの時結奈は自分では使わずに俺に転移魔法を使うように言ってきたよな……。
ということは、こいつ……俺を隠れ蓑にしやがったな!?
「えっ、翔夜さんって転移魔法が使えたんですか!?」
「あー、まぁね……」
もう見られていると言われてしまっては、誤魔化したりすることは出来ないだろう。
別に俺はバレても構わないと思っているし、それにエリーならバレても問題ないと思っている。
だって、そういうことを周りに言いふらしたりしそうにない子だもん。
「それで、そんな希少な魔法を使える人が世間にバレてしまっては研究者たちにモルモットにされるのは自明の理」
「バレたらモルモットにされるんだ……」
俺たちのことを窺いつつ説明を続ける中舘さん。
しかしいやなことを聞いてしまったと、怜は落ち込んでいた。
誰が好き好んで実験体になることを喜ぶのだ。
これが普通の反応であり、そしてこの事実を知ってしまった以上、俺たちは今まで以上に周りを気にしていかなければいけないな。
俺たちを狙ってくる組織を蹴散らすことは出来るんだろうけど、わざわざ自ら危地に飛び込む必要はないよな。
俺たちはこの世界を悠々自適に過ごしたいだけだし。
あとクソ女神に復讐したいかな!
「そのため、私たちの部隊で監視していたというわけです」
「ちょっと待ってください、監視していたって……私たちの部隊ってなんですか?薬剤師じゃないんですか?」
正直なところ、俺は監視されていたことについてあまり気にしていない。
怜は結構気にしている様子なのだが、それほど悲観するようなことでもないと思う。
今話している事よりも、俺にとっては沙耶のことの方が大事なことであり、仮に二人がどこかの部隊に所属していようが、薬剤師じゃなかろうが知ったことではない。
「薬剤師っていうのは表の顔。本当の顔っていうのが———」
「———私たちの部隊の名前は『国家機密諜報制圧部隊』と言い、通称『シスト』と呼ばれています」
「ちょっと、それ僕が言おうとしていたこと!」
「そんなこと知りません」
……知ったことではないのだが、どうしてだろうか。
何やら興味を引くような組織の名前だな……。
「……聞いたことない名前ですね」
「そりゃあもちろん。国家機密の部隊ですから、知られていてはそれこそ問題ですよ」
確かにそうだな。機密と言われているのに俺たちが知っていてはおかしい。
でも、そんなことを俺たちに話してしまってもいいものなのか?
「そんな重要なことを私たちに伝えてしまってよろしいんですか?」
「もちろん他言無用で頼むようになります」
俺が気になっていたことを、エリーが代わりに聞いてくれた。
恐らく組織の名前を知らせずに今回の件を解決することが出来ないと判断したんだろうな。
でなければ、ただの一介の高校生である俺たちがそんな秘密を知ることなんて出来ないだろう。
あと、俺たちが監視対象って言うのもあるのかも。
「でも、君たちはしっかりしていそうだから大丈夫だよね~」
「ペストさんは黙っていてください」
「ちょっとひどいよ!」
現在のピリピリした空気を察してなのか、少し和ませるように軽口をたたいていた。
「あなたたちがどんな組織だろうと、今はどうでもいいです」
「……そうですね。では話を戻しましょうか」
そんな様子を見てか、少々怒りを露にしている結奈は話を催促した。
確かに沙耶がいなくなってしまって焦燥感に駆られてしまうのはわからなくもないが、そこまで怒りを露にするものなのか?
沙耶がいなくなってかなり心配はしているが、でも結奈があげたお守りだってあるし、それにいざとなったら沙耶自身も戦うことが出来る。
焦ったところで現状を打開することは出来ないんだから、少しは落ち着こうぜ。
とは思いつつも、俺も内心は結構焦っているんだけどな。
「それで、沙耶はいったいどこに転移させられたんですか?」
ここは少々口長が荒くなってしまっている結奈よりも、俺が聞いた方がいいだろう。
というのは建前で、本当は今すぐにでも沙耶のいる場所を突き止めて助けに行きたいと思っていたのだ。
なんだかんだ心を落ち着かせようとしていても、やはり沙耶が絡んでしまっているとどうしても平常心ではいられないな。
「沙耶さんは、ここから数十キロ離れた山奥の地下施設にいます」
「山奥の地下施設?」
「はい」
俺たちだけで探せない範囲ではない。
しかし、それでは時間がかかってしまう。
「どうしてその場所がわかるんですか?」
ここはもう少し会話をして情報を引き出さなければ。
「私たちの組織は、この国における特殊急襲部隊では解決することが出来ない、または時間がかかってしまう事件に、秘密裏に介入して解決へと導くことが主な仕事内容です」
まぁ、理解出来た。
確かに以前の日本では特殊急襲部隊のことは秘密にされていた。
それと同じ感じなんだろう。
「もちろんそれだけではありません。名前の通り諜報も行い、情報を警察組織へと流したりします。そして、あなたのように国から目を付けられそうである人物を監視し、他の組織が介入してくるようなことがあれば、対象者を保護をすることも仕事になります」
一応、理解は出来た。
でもそれって、警察と何か変わりがあるのかな?
いや、警察の仕事をしっかり理解しているわけじゃないんだけどさ、組織を機密にする必要はないんじゃないかな?
「まぁ要するに、武装を許された国直属の何でも屋って感じ」
途中から俺の優秀な頭脳が、情報を頭に入れることを拒否していた。
だから中舘さんが簡単に訳してくれたおかげでわかりやすく理解することが出来たよ。
「翔夜君には、これの方がわかりやすいかな?」
「そうですね……ん?」
「じゃあ話を続けるね」
「あれ、怜君。今、俺軽く馬鹿にされなかった?」
「気のせいじゃない?」
気のせいなのかな?
「前置きが長くなってしまいましたが、その監視対象である沙耶さんがさらわれてしまったことと、私たちが前々より監視していた組織が絡んでいるんです」
なるほど。
まぁ無視されたことはこの際置いておいて、耀さんが言わんとしていることはなんとなくわかった。
とどのつまり、その沙耶を誘拐した組織は沙耶を使って何かしようとしているんだよな。
多分だし、そうであってほしくないんだけど。
しかし耀さんの口から放たれた言葉は、俺の予想にない言葉であった。
「その組織の目的というのが、『死者蘇生』になります」
……なるほど?




