第五十五話 お守り
「さて、作戦会議をする時間が設けられたわけだが……」
あれから俺たちは、学校近くの森林へと連れてこられた。
なんでも、今いるこの森林は学校が管理している、演習用の魔物を管理している場所なのだという。
その入り口付近で、俺たち学生はグループごとに作戦会議を行っているわけなのだが……。
「必要とは思えないな」
俺たちのグループには不必要な時間である。
どんな敵が現れようとも、俺たち神の使徒や成績上位者がいれば問題はない。
シルバーアントも女王アリだって結果的には問題なかったし、それに学校の、それも最初の演習で相手をする魔物である。
確実に、俺たちが各々で行動しても楽々演習を終わらせる相手であることは想像に難くない。
つまり、このメンバーならば今回の演習は余裕で終わらせることが出来るのだ!
「それは傲慢というものですよ?ちゃんと考えているのとそうでないのとでは全然違いますから」
「そうだよ。どれだけ翔夜が強くても、いちご狩りで危ない目にあったんだから」
「そんなこと知らない」
しかしそんなことを考えていても、一般の人にはわかってもらうことが出来ないのは当たり前のことなのは明白であった。
みんなには俺たちが神の使徒であることは黙っている。
主に結奈が目立ちたくないという理由で言っていないのだが、そのためエリーや沙耶にも俺たちはただ魔法の技術が優れている学生としか思われていない。
俺たちがどんなことを思っていたとしても、その事実を知らなければ
いや、知っていたとしても真面目な二人は注意するだろうな……。
「翔夜は学ばないよね」
「翔夜は馬鹿だなー」
「おいお前ら、一発くらい殴らせろ」
どうして怜と結奈は俺に冷たく当たるのだろうか?
流石にそれくらいじゃあメンタルはやられないけどさ、もう少し俺のことを優しく扱ってほしいんだけど……。
「だけどさ、翔夜の言う通り作戦会議って言っても話し合うことなんてないと思うんだ」
「おい、じゃあなんで今俺のことを馬鹿と言ったんだ?」
結奈だって俺と同じことを考えていたのに、どうして俺を馬鹿に出来るんだよ。
「とはいっても、演習なのですからみんなでしっかりやりましょう?」
「大丈夫、翔夜じゃないんだから演習の目的とかしっかり知っているから」
「おい無視するなよ。そしてまた俺のことを馬鹿にしないでくれない?」
今回の演習は、魔物狩りを『体験』するだけである。
なので、みんなはそれほど緊張感は持っていないように見えた。
他の学生も緊張しているというより、早く魔物狩りをしたいと思っているように見えた。
そのためか、エリーも沙耶もしっかりするように言ってはいるものの、俺たちが不真面目でいてもそこまで注意はしてこなかった。
俺のことを普通に無視して会話をするくらいには、みんなは緊張感がなかった。
「というか、今回の演習って目的は何なんだ?」
そんなことよりも、と言った感じにみんなに問いかけた。
演習が行われる前に、俺は演習内容などを聞いていない。
校長がもしかしたら話していたのかもしれないけど、そんなことは知らんな。
そのため、確実に知っているであろうみんなに聞くことにしたのだ。
「えっと、臨機応変に対応できるかとか、チームワークはしっかり行えているかとか、まぁ魔物をしっかり狩ることが出来ているかってことだよ」
「教員の方々も私たちを評価しているでしょうし、みんなでしっかり魔物を狩るようにしましょう?」
案の定、二人は知っていたので聞いておいてよかった。
二人は真面目だから教師に聞きに行ったりしていたのだろう。
怜と結奈も知っていたかもしれないが、確実に知っているであろう二人が答えてくれたのだから間違いはないだろうな。
というか。
「えっ、これって採点とかされんのか?」
「……この間言っていたじゃん」
「うん、それは僕も聞いていたよ」
「僕も~」
「マジかよ……」
なんと、以前に説明されたようだった。
朝は大抵寝ていたし、それに必要なことは殆ど沙耶に聞いていたから、全くと言っていいほど教師の話は聞いていない。
そのため、今回の演習について粗方説明されていたのだろう。
だが、どうして結奈もどうして知っているんだ?俺と同じく寝ていただろうに……。
「まぁ翔夜だけでも何とかなりそうだよねー」
「ん?まぁ、確かにな~」
なんだろう、沙耶に言われると馬鹿にされているという考えじゃなくて、逆に褒められているように感じるぞ?
いや、多分今のは純粋な意見だから、特に何かを思っていったわけじゃないんだろうけどな……。
「沙耶さんと翔夜さんは、昔からのお知り合いなのですか?」
「うん、私と翔夜は幼馴染なんだー」
とても嬉しそうに、沙耶は俺の腕に抱き着いてきた。
あの、沙耶にとっては何気ない行動なんだろうけど、ホントに俺みたいな純粋な男の子は勘違いしちゃうから、そういう軽率な行動は慎んでくれないかな?
あと、他の人にもそんなことしてないよね?してたとしても女子だよね?俺は幼馴染だからそういうことをしているんだよね?他の男子にそんなことをしていたら、俺……何するかわかんない。
「そうでしたか、てっきりお付き合いされているのかと思っていました」
「ち、違うよ!私たちはただの幼馴染だよ!だから翔夜とは付き合ってないよ!」
「そ、そうですか……」
この行動についていろいろと考えていると、沙耶がいきなり俺から離れて全力で否定していた。
今まで腕を組んでいてたことが恥ずかしかったのか、顔を赤らめさせていた。
確かに恋人でもないのにその行為は、沙耶にとっては恥ずかしいことだろうな。
だけどさ、そこまで否定しなくてもいいんじゃないかな?
「……翔夜?」
「……あぁ……なんか、前がうまく見えないや……」
「そこまで気にする必要のないものだと思うけど……まぁ、大丈夫だよ」
怜が俺をからかおうとしていたのか、それともただ言われている本人が気になってみたのかはわからないが、何か無責任なことを言っていた。
沙耶から拒絶されることを言われたんだぞ?もう上を向いていないと何かが俺の中から溢れ出しそうだよ!
怜は好きな人から拒絶されたことがあるのか!?ないならそんな無責任で適当なことを言うんじゃないよ!
経験があったら同志って呼ぶぞ!
「とりあえず、この後どう立ち回るか決めておこうよ」
「そうだね、一応決めておかないとね」
上を見上げている俺を尻目に、結奈が話を元に戻してくれた。
俺のことを気遣ってくれたのかはわからないが、それに沙耶が同意してくれたため、俺に気が向かずに済んだ。
「翔夜、どうかしたの?」
「あぁ、大丈夫……」
「上を向きながらそんなことを言われても……」
「翔夜のことは置いておいて、話を進めよう」
沙耶が俺のことを気にしてしまっているが、大丈夫と伝えておいた。
上を向いたままの状態で言われても説得力とかは全くないんだけどさ、あまり沙耶に心配とかかけたくないんだよ。
顔を見なくても、声色でなんとなくわかるようになったのだよ!
そして普段であったら、俺だけ仲間外れにするなとか言っているのだが、今回だけは結奈の失礼極まりない行動に礼を言っておく。
マジでありがとう。
一応俺もいつまでもこうしているわけにもいかないので、何とか涙腺を引き締めて途中から会話に加わることが出来た。
沙耶とエリーには心配されてしまったけど、問題ないと伝えておいた。
結奈は無表情だからどういった意味を含めて俺を見ているのかわからないけど、怜はどうしてか俺のことを可哀想な奴を見る目で俺を見ていた。
別に前世と違って俺が嫌われたわけじゃないし、なんで怜にそんな目で見られなければいけないんだ?
「さて、時間だ!」
途中脱線しながらもどう立ち回るかなど適当に話していると、先程の阿久津先生の声が生徒たちの耳に入ってきた。
「作戦会議の時間はここまでとする!そして話し合ったことを生かして、これからグループごとに森に入ってもらう!」
マイクなしでもここにいる人全員に聞こえる様に、声を張って話していた。
声量がすさまじいと思うが、それと同時に近くにいる俺たちはとてもうるさいと感じている。
「説明されていると思うが、他のグループと協力したり、他のグループを妨害することは禁止である!」
う~ん、どうしても以前に説明された記憶がないのだが、沙耶もエリーも、他の生徒たちもざわついていないし、恐らく事前に説明されたんだろうな……。
「それらを行った場合、今回の演習の評価は失格とみなす!」
先程よりも声を張って注意をしていた。
俺たちのグループはそんなことをする人はいないが、助けを求められた場合はどうするんだろうか?見捨てていいのかな?
いや、もし仮に俺がそんなことをすれば、沙耶から嫌われてしまいかねない。
……バレないように立ち回るか。
「そして生徒らで解決できない事態に陥った場合、火球を空目がけて飛ばすように!確認次第、そこに教師数名を派遣する!」
見捨てる見捨てない以前の問題だが、教員は何処から俺たちを見ているんだ?一緒に森林にはいるんだろうが、すべてのグループを見ることなんて出来ないだろうに。
千里眼で俺たち生徒の動向を見るにしても、この森林全体を見るほどの使い手がいるようには思えないし、かといって空を飛んで全体を見渡していても、木々に邪魔されて全員を補足することなんて出来ないだろうし……。
まぁ、俺が知っているものがすべてじゃないから、もしかしたら全員を見ることに特化した教員とかいるかもしれないしな。
「ここまでで質問はあるか!?」
そんなことを気にする前に、俺たちは俺たちのすべきことに集中しないとな。
どうせなら評価は最高得点を取りに行くべきだろう。
「ないようなので、各々で森に入るように、以上!」
「……ん?勝手に入っていっていいのか?」
言い終えたのか、教員が集まっている場所へと再び戻っていった。
最初に見たときもそうだけどさ、あの人説明少ないな。本当に説明はそれだけでいいのか疑問に思っちゃうよ。
というか、なんかあの人他の先生に怒られてないか?本当はもっと説明が必要だったのでは……?
「各々で入るようにって言っていたし、いいんじゃない?」
気にした様子もなく、結奈は森の方へと歩いて行った。怜も続いて歩いているので、俺も二人の後に続いて行った。
「あぁそうだ、森に入る前に二人にこれを渡しておくね」
何かを思い出したかのように、結奈は後方にいた二人の元に行き、ポケットに入っていたものを渡した。
今更だけど、どうして演習なのに制服なのだろうか……?
「これは?」
「お守り、ですか?」
「そっ。もし何かあったときはしっかり守ってくれる私お手製のお守り」
どうやら、渡したのはお守りだったようだ。
丁度手のひらに収まるサイズの、特にこれと言って装飾がしているわけでもないお守り。
だが、結奈が自ら作ったというのだから、普通のお守りというわけでもないんだろうがな。
「そんなの作っていたのか」
「そりゃあね。二人は一般人だし、いちご狩りで痛い目を見たし」
「あぁ、確かにそうだな」
話しから察するに、確実に二人を、文字通り守る『お守り』なのだろう。
確かに俺たちが常にそばにいるということはないから、保険として持っておくにはいい代物だろうな。
「それはそれとして、俺らのはないのか?」
「男二人はなくても問題ないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「特に翔夜は」
「なんで俺限定なんだよ!」
他のグループは、魔物の相手によってどのような陣形で、どのような魔法を放つかを改めて話し合っていた。
そんな中、俺たちのグループだけ全くの緊張感を持たずにだらだら話しているだけだった。
主に神の使徒の三人だけかもしれないが、それでもいちご狩りを行ったのだから他の生徒よりは緊張はしていないだろうな。
「わざわざ私たちのためにありがとう!」
「私もこういったものを貰うのは初めてなのですが、ありがとうございます!」
「いえいえ~」
二人は贈り物をもらったことに嬉しそうにしていた。
大事そうに二人ともポケットにしまって、再び俺たちは森に向かって歩き出した。
しかし、俺も贈り物をしたら喜んでくれるのかな?
「好きで作ったんだから気にしないでいいよ~」
「俺も作っておけばよかった……!」
そうはいっても、作り方とか全然わからないんだけどな!




